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ブラックアップル

 Bar『ブラックアップル』

 商区と工業区のちょうど境目くらいの路地裏にひっそりと店を構えている。

 最寄りの転移装置からでも20~30分ほど歩く。

 こんな場所にあるけども、なぜか生計は立てられている。


「やっほーぅ、レスト~」

「あ、リアさん。奇遇ですね。お店はどうしたんですか?」


 転移装置から出るとリアさんにばったり出会った。

 『ブラックアップル』を一人で切り盛りする、虫の亜人種だ。

 でも口から覗く鋭い牙と、腕が4本ある以外は殆ど人間と見た目が変わらない。

 小柄のふんわりとしたお姉さんだ。

 実年齢は60代前半、まぁ寿命が僕の3倍くらいらしいので、

 人間に直すと僕より少し年上という事になる。

 結構な年齢を生きてるだけあって色々と経験している。

 たまに人生相談に乗ってもらったりもするのだ。


「奇遇じゃないわバカタレぇ~。モリりんから連絡受けてきたんだよ~」

「え、そうなんですか?」

「久しぶりにウチに来るって言うからお姉さん嬉しくてねぇ~。

 お迎えにあがってあげたのよ? お店はお客さんが留守番中だよぅ」


 客に留守番をさせるとはもうそれ店としてどうなんだろう、

 と思ったが考えるのを止めた。

 そう、この人はこんな感じの人だと考えるしかない。

 リアさんはのんびり行きましょ、なんて言ってるが、

 お客さんに申し訳ないので速足で向かうことにした。


「にへへ~到着ぅ~」

「到着、じゃないですよほんと、あのなんかごめんなさい」

「あぁいやいや、構わんよ」


 ドアを開けるとちりりん、と小さな鈴の音が鳴る。

 店内は黒と赤を基調とした椅子やテーブルが並んでいる。

 ちょっと照明は暗めだが、それにより落ち着きのある空間を演出している。

 店の奥にはテーブル席が二つ、後は10人ほど座れるカウンター席。

 カウンターの中にあるドアを抜けるとリアさんの家と繋がっている。

 リアさんのお家にお邪魔したこともあるが、

 白とピンクを基調としたいかにも女の子、という感じの家で驚いた記憶がある。

 

 お店の中には常連さんが一人、ハル爺さんと呼ばれる人が座っていた。

 背は僕と変わらず、白髪にカイゼル髭がよく似合う紳士だ。

 いつも仕事終わりに来ているらしいが、何の仕事かは聞いたことがない。

 この人は頻繁にこの店に通っているらしく、僕もここでよく会う。

 世間話程度しかしないが、なんとなく気のいい人だとは分かる。


「ご~めんねぇハル爺ちゃん、一杯奢るねぇ。レストはいつもの?」

「はい、お願いします」

「儂はビッグ・アップルを頼むよ」


 この店に来るといつもブラックアップルジュースとスクランブルエッグ、

 後は鶏肉と野菜の炒めものを頼む。

 そもそもの材料からしてこの星由来のものばかりなので、 

 地球のとは味が全然違う。卵は少し酸味があって、

 鶏肉はほんのり苦みがある。ゴーヤを軽くした感じ?

 でも、これはこれで好きなのだ。

 ブラックアップルはリアさんの故郷の星の特産物らしい。店名の由来だ。

 リンゴらしからぬ濃厚な甘みが特徴。ジュースにすると見た目は黒いバナナジュースっぽい。

 実物を見たことがあるが、何とも言えない気品を持った黒光りするリンゴだ。

 

 2本の腕でハル爺さんへのカクテルを作りつつ、

 残りの腕で僕へのアップルジュースを注いでくれる。

 いつみても便利だし器用だなぁ。


「ほいほい二人とも。ささ、どぉ~ぞ」

「ほれ乾杯」

「あ、はい」


 ちん、と乾杯を交わすと僕は一気にアップルジュースを飲み下す。

 ぷっはぁ! これだよこれ!

 よく冷えてるので頭が少し痛くなるが、それでもやめられない。


「いぃ~ねえ。おかわり?」

「はい!」


 1杯目は一気飲み、それからは普通に飲む。

 なんとなくだが、僕の中でのルールみたいなものだ。

 ハル爺さんはちびちびとお酒を飲んでいる。

 リアさんは4本の腕で手際よく料理を作っている。見慣れた光景だ。

 あぁ、ひと仕事終わった感じがするね。


「ふぅ…………じゃ、儂はこれで」

「悪いわねぇ~ハル爺ちゃん~」


 ハル爺さんはグラスに添えられたリンゴを食べると一息つき、

 お会計を済ませるとお店を出ていった。

 店の中は僕とリアさんの二人きりだ。

 まずはスクランブルエッグが出てきた。ちょっと固めが僕の好み。

 何も言わないでも固めにしてくれている。

 口に含むと爽やかな酸味が広がる。

 初めは面食らったけど、今ではすっかり慣れた。


 スクランブルエッグを食べ終わるころ、炒め物が出てくる。

 特製ソースがピリッと効いているが、野菜の甘みと鶏肉の苦みによく合う。

 個人的には絶品だと思っている。

 ハル爺さんやそれ以外の客曰く、

 ブラックアップルを使ったカクテルがすごく美味しいらしいけど、

 残念ながら飲めない。おねだりしたこともあるけどダメだと言われた。

 リアさんは意外とそういうところには厳しい。 


「さて、今日はど~んなお話を聞かせてくれるのかしら~?」


 ちゃちゃっと洗い物を済ませると、こんな感じでリアさんは話を振ってくる。

 僕は炒めものを食べながら答えて、リアさんは頬杖をついて目を細めながら聞いてくれる。

 これもいつもの光景。

 リアさん、昔は宇宙廃品回収業者スペーススカベンジャーをちょっとだけやってたらしく、

 自分の経験談を交えつつ色々とアドバイスもくれる。

 何気にこの時間が楽しみなのさ。勉強にもなるし。

 ついつい話し込んで時間があっという間に経つのが難点だけど……

 と思いながら店の時計を見る。

 やば、この店に入ってから2時間以上経ってる……


「あ、あの、すみませんリアさん。お会計で!」

「おぉ~もうこんな時間かぁ~にへへへ、ナルるん怒るねぇ~」


 そう、連絡もなしにあまり待たせるとナルが怒る。

 僕の携帯にまだ連絡来てないから大丈夫とは思うけど……

 それはそうと結局僕の後に、お客さんは一人も来なかった。

 大丈夫かなこの店……?

 

「それじゃリアさん、また来ます!」

「お~う、また来いよ~」


 僕は急いで店を出る


「……さって、お片付けしますか~」



 『ブラックアップル』は商区と工業区を繋ぐ大通りから、

 横に入った路地裏の結構奥のほうにある。

 大通りに出て左手にしばらく歩くと大通り沿いに転移装置がぽつねんとあるので、

 それで船着き場まで転移すればミストラルまでそう時間はかからない。

 ナルから連絡が来るのが早いか、僕が帰るのが早いか……

 なんて考えつつ歩いてると大通りが見えてくる。


「あれ……?」


 大通りに出る直前、道端に人がうずくまっている。

 フードで顔は見えないが俯いていて、いかにも具合が悪そうだ。

 うーん、声をかけるべきか否か……

 いや待てよ、この人を病院まで送ってたら遅くなったとナルに言い訳が……

 いやいや馬鹿なこと考えてないで、とにかく声をかけてみよう。


「あの、大丈夫ですか?」

「…………」


 返事がない。し、死んで……るわけはない。息はしてる。


「あのー、おーい」


 返事無し。肩を少し叩いてみる。


「もーしもーし」


 返事無し。実はただの屍か……? 少し強めに揺さぶってみる。


「大丈夫ですかー?」

「へ、へはっ!? らい、らいじょうぶれふ! ひょっとねてまひた!」


 ……寝てただけか……こんなところで……なんだこの人。


「大丈夫、ですよね?」

「ふぁ、ふぁい……ふみまへん……」


 そう言いながら顔を上げる。よく見えないけど女の子のようだ。

 僕の顔を薄目でじいーーーーっと見てくる。

 まだ寝ぼけてるようで眼をくしくしした後、更に見てくる。


「…………?」

「え、あの僕の顔がどうかしました?」


 少し首を傾げながら口を半開きにして、怪訝そうな顔で僕の顔を見つめてくる。

 うわぁ関わらない方が良かったかな……


「あーーーっ!!!」

「うぉおわっ!? なに!?」


 急に女の子が立ち上がる。が、まだ寝ぼけているようで、

 ふらついて強かに壁で頭を打った。


「~~~~~~っ!」


 声にならない悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまる。

 これはまごうことなき変人ですね。


「さようなら~」

「ちょちょちょ、ちょっと待ったぁ!」


 クソッ、今のうちに横を通り過ぎようとしたのに立ち上がった。

 大通りまでの道を塞がれてしまったよ。


「えーっと、えとえと……」


 その子が腰のウェストポーチを指で弾くと彼女の前にメニューが出てくる。

 なにやら探しているようだがえらく時間がかかって……

 うわぁ傍から見てるだけで中身が整理されてないのが分かる……


「あった!」


 何があったんでしょうね。もう帰らせてほしい。

 彼女がようやく見つけたそれは


「レスト! 有り金全部、渡しなさい!」


 いわゆるスタンロッドだった。50cmほどの長さのロッドの周りを青白い電撃が迸る。

 そっかそっか、それを探して……


「え、えぇー!?」


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