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「育ちの良さ」の理想郷はSFディストピア

今から30年前、日本の地方には「育ちの良い」という人達は非常に少数派で、良くも悪くも大らかな昭和から平成初期にかけての時代、細々とした事で騒ぎ立てる人達は、今と違って「上」という扱いではなく、どちらかというと外れもの扱いだった事を覚えてる。


今どきの「育ちの良い」などという言葉が発明される遥か昔の30年前、その人達をずっーと観察する機会ばかりがあった。


今どき言われる「育ちの良さ」というのは、マナー厨なのだが、そんなマナー厨を越えて、SFディストピアが彼らの精神文化だったのだ。


ハヤカワ文庫やスタンリー・キューブリックの作品などのいわゆる「ガチSF」ではなく、ドラえもんや21えもんなどの、アニメのライトSFしか知らない私は大変驚いたのを覚えている。


しかもハリウッドのSF映画などを見ても、遠い世界の話で、とても現代日本の日常とシームレスに繋がってる「リアル」な感じがSF作品に感じることはなかった。


私の周りにいた「育ちの良い」人達の精神文化は、SFこそ彼らの日常の肌感覚に当たり前のように馴染んだものだった。スター・ウォーズの映画の導入文句にあるような、「遠い昔、はるか彼方の銀河系」な遠い話ではなかった。


まだまだ昭和臭い価値観が残る30年前は、「育ちの良い」人々は、「細かいことにうるさいやつら」なリアクションしか日本の一般の人々にはなかった。


しかし、その当時から、昭和の時代からすると神経症に見えるような、その世界観が進むとSFディストピアもので描かれるような管理社会が実現されるような感じはしていたが、今の時代の息苦しいまでの、去勢されたネットを覆い尽くす「育ちの良い」価値観、些末な事でヒステリックに炎上する風景を見てるとあながち予想は外れてなかったなと思う。


「育ちの良い」という価値観を突き詰めるとSFディストピアのような世界になるという事がわかったのだが、誰もその関連性に気付いてはいない。


昭和末期の時代に「育ちの良い」というものに、些末な事に小うるさいやつだと思っていたおっさんに何の世界観もない。


しかし最後の審判がまだ訪れなくても人工的に起こしても到来を望む狂信者よろしく、彼らのSFディストピアの到来を「焦がれるように」熱望する彼らの絶叫が私には聞こえてくるわけなのだ。


彼らには、聖書原理主義が熱望するハルマゲドンの後の世界よろしく、自分たちの理想郷としてのSFディストピアの人間管理の社会という究極の到達点がある。


このような直線的な時間感覚は、特に禅仏教の影響が強い「世界観なし」の、田舎者には到底理解できないものだ。


このシリーズでは、「育ちの良さ」という価値観ならびに、中世以降のキリスト教文明以前の西洋文明の源流を求めて、ユーラシアをまたぐ壮大な彼らの物語を探究するものです。

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