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無音の都市(サイレント・シティ)  作者: HATENA 


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12/12

最終話 無音のあとで

 それから半年が過ぎた。


 街は普段通りに動いている。再開発工事も進み、古い商店街の一部は取り壊され、新しいビルが建ち始めた。図書館は改修のため休館。誰も時計塔のことは話さないし、地図にも載っていない。たぶん境界に近かった部分は、役目を終えて薄く消えたのだろう。


 ユウは日常へ戻った。仕事へ行き、コンビニで買い物をし、時々妙に音に敏感になる夜があるくらいで、大きくは変わらない。


 ただ一つ変わったことがある。


 彼は録音を始めた。


 特別な機材ではない。スマートフォンや小型レコーダーで十分だった。駅前の雑踏、夕方のスーパー、雨の日の高架下、家族連れの笑い声、踏切、蝉、冬の朝の吐息混じりの会話。意味のある音も、意味のない音も、片端から残していった。


 失うのが怖いからではない。

 失っても戻れるように、ではない。


 ただ、そこにあると知っていたかったからだ。


 ある日、ユウは再開発予定地の端で足を止めた。何もない更地の一角に、見覚えのある場所があった。かつて時計塔が立っていたあたりだ。今は柵で囲われ、工事資材が積まれているだけ。


 彼はポケットから銀の鈴を取り出した。鳴らす。


 ちりん、と小さな音が風に混じる。


 すると一瞬だけ、何もない空間に石造りの塔の輪郭が重なった気がした。ほんの一秒にも満たない幻。だがその最上部の窓に、白いカーディガン姿の少女が立っていたように見えた。


 ユウは笑う。


「見張ってるのか」


 返事はない。代わりに、遠くで子どもの笑い声がした。工事現場の向こうを、ランドセルの男の子が駆けていく。雨の匂いが少し混じった風が吹く。


 世界はうるさい。

 面倒で、不揃いで、整理なんてできない。

 言い残したことも、忘れたことも、きっとこれからいくらでも増える。


 それでもいい。


 音がある限り、誰かの存在は完全には消えない。


 ユウはレコーダーのスイッチを入れた。

 マイクに向かって、静かに言う。


「記録開始」


 その声の後ろで、街が鳴っている。

 車。信号。風。足音。遠い電車。人の会話。犬。自転車のベル。

 そして最後に、ごく小さく鈴の音。


 無音の都市は終わった。

 だが、音のある街はこれからも続いていく。


 誰かが忘れても、どこかで鳴り続けながら。

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