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無音の都市(サイレント・シティ)  作者: HATENA 


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第1話 音の消えた朝

 その朝、世界から音が消えた。


 目覚ましは鳴らなかった。

 正確には、鳴っていたはずだった。


 相沢ユウはベッドの上で身を起こし、スマートフォンの画面を見た。午前六時三十分。アラーム停止の表示は残っている。履歴にも作動記録がある。だが、鳴った記憶はなく、何より部屋は異様なほど静かだった。


 耳鳴りすらない。


 窓の外では車が交差点を曲がり、通学中の学生が自転車を押して歩き、犬を連れた老人が口を開けて何かを話していた。だが何も聞こえない。ガラス越しだからではない。窓を開けても、風の音すら落ちてこなかった。


 ユウは喉を震わせてみた。


 「あ」


 声は出ている。喉の振動も、肺から空気が抜ける感覚もある。だが、自分の声が自分に届かない。


 玄関を開け、外へ出る。アスファルトを踏む感触はある。だが足音はない。向かいのアパートから飛び出してきた女性が、泣きそうな顔でスマートフォンを耳に当てていた。無音の口が激しく動いている。別の男は道路の真ん中で両耳を押さえ、周囲に向かって叫んでいるようだった。


 世界全体が、音だけを失っている。


 ユウがそれを理解しかけた瞬間、遠くのビルの谷間で何かが揺れた。


 影だった。


 だがただの影ではない。光の当たり方に逆らうように黒く、輪郭が滲み、人の形をしているのに人ではない何か。交差点の向こう、信号柱の根元、ビルの窓の内側。気づけばいくつもいる。誰もそれに気づいていない。いや、見えていないのかもしれない。


 そのうちの一つが、こちらを向いた。


 目はない。口もない。だが確かに「見られた」と分かった。


 次の瞬間、その影が目の前にいた。


 距離が消えたように。


 ユウの全身が凍りつく。逃げようとして足を引いたそのとき、世界に初めて“音”が戻った。


 『——見つけた』


 それは耳から入った音ではなかった。頭の奥、記憶に近い場所へ直接打ち込まれる声だった。


 影が手を伸ばす。黒い指先は、輪郭の途中で煙のようにほどけている。触れられる。そう思った瞬間、ユウの視界が反転した。


 空が足元に、道路が頭上にひっくり返る。


 そして世界は暗転した。

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