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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
アヴァロン島占拠事件 ~親友に恋し、初恋を愛す~
119/141

第107話:晴

 場面は琲李らが飛び出し後、魔件局が陣取る特別観客席。

 その場に室長であるタリヤの姿はなく、捜査官全員がこの事態に動揺する。

 その動揺している捜査官の中に、クリスも居た。

 そして、全員を諭すようにシュッツが声を張り上げる。

 あたしは相棒の雄姿を見る。


「お前ら、黙って聞け」


 捜査官歴の長いシュッツの言葉にあたしを含めた捜査官全員が動揺を修め、黙る。


「いいか、今からこの場は戦場になる。だが、ここに軍部はなくオジサンたち魔件局と守るべき人たちだけだ。お前らは魔件局の一捜査官として平和のため、一人でも多くの人を救え」


 シュッツは三人の人物を見た。


「紐野、全員の管理を頼む」


「了解しました」


「桜坂、護衛護送を頼む」


「了解」


「ポイーティス、お前はまぁ、何かしろ」


 魔件局捜査官内で微笑が生まれる。


「了解する。だけど、僕だけ適当じゃないか?」


「お前は適当で良いだろう」


「酷いね。でも、何かするよ」


 魔件局副局長であり捜査一課の課長でもある紐野飾音(ひもの かざね)、戦闘課の課長である桜坂惴(さくらざか すい)、捜査二課の課長であるゴーティア・ポイーティス。

 三名ともシュッツより階級は高いが、長年の捜査官歴と多くの経験をしているシュッツの言葉に全員が耳を傾け、その指示に従う。

 捜査官入りたてで、シュッツに助けられた者は疑問に思う。

 何故、彼は副局長じゃないのか? と。

 あたしも相棒として気になったので、聞いてみた。

 すると、シュッツは頬を掻きながらこう答えた。


「オジサンみたいなジジイより、若者が要職に就いた方が良いだろう? それにオジサン、現場に居る時間の方が好きだから」


 あたしはその言葉を聞いて思った

 ああ、彼は誰よりも捜査官なのだ、と。

 だからこそ、あたしは珈さん達の元に向かおうとしたシュッツを呼び止める。


「相棒、あたしは?」


「ああ、忘れていた」


 ——あっ、忘れていたやつね。

 完全に相棒、ワイの存在ログアウトしてない?wwwww

 いや草じゃない、全然草じゃないんだけど。


「忘れていた事がある。皆んな、聞いてくれ」


 シュッツは大きな声でみんなを呼び止める。

 あたしは嫌な予感がした。

 

「捜査官の中で戦えない者は魔術師たちと一緒に避難してくれ。決して、皆んなの実力を過信している訳じゃない。この状況下でまともに動けて戦えるのは2級魔術師以上だけだからだ、2級魔術師でも戦いが苦手な者は避難してくれ」


 その言葉が、ワイに言ってるわけじゃないってのは分かってる。

 皆に向けた言葉。避難指示。正論。

 でもさぁ……名指しされた感あるの、ワイだけ?

 「あーはいはい、理解しましたー」って軽口叩く余裕もなく、ワイは黙った。

 それ以上、相棒に声は掛けなかった。

 正確には——掛けられなかった。

 言われた通り、ワイは人の流れに紛れる。

 避難、開始。

 群衆。ざわめき。遠くで聞こえる戦闘音。

 あちこちでドンパチしてるの、普通に最悪案件では?

 ……ほんとに、ワイここに居ていいんか?

 捜査官やぞ? 

 相棒の相棒名乗ってて、これ?

 こんなことしてて、ワイは相棒って言えるんか?

 サブ垢扱いされてない? 

 戦力外通告、来てない?

 orz


「晴れない顔しているね、クリス」


「惴さん」


 桜坂惴。

 ワイより五つも年上の25歳。

 小柄で、初見だとかわいい人枠に入るタイプ。

 本人も陽気で明るくて、魔件局の空気清浄機みたいな人。

 ——なお、戦闘力はガチ。

 魔件局でも上澄みオブ上澄み。

 このギャップ、初見殺しすぎる。


「シュッツさんの言葉に悩んでいるのね。確かに相棒のクリスとして嫌な言葉だったかもしれないけど、あの言葉はシュッツさんなりにクリスの事を思っての言葉なのよ」


「……え?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。

 いやいやいや、あの言葉のどこに思いやり要素あった?

 あったら、kwsk教えてクレメンス。

 ——でも。

 そうだ。

 あの相棒は、そういう男だ。

 誰よりも捜査官らしくて、合理的で、冷静で。

 なのに肝心なところは、説明不足。

 感情を言葉にするのが致命的に下手で善意を全部、業務連絡みたいな形で投げてくる。

 真意が掴めない。

 分かりにくい。

 正直、クッソ面倒。

 ……でも。

 守る時は、必ず先に立つ。切り捨てる判断に見えて、実は危険から遠ざけてるだけ。

 ああ、ほんと。

 誰よりも捜査官らしい癖、人としては不器用すぎる、厄介な相棒だ。

 ワイは、無意識に拳を握りしめていた。


「惴さん、あたし行きます」


「行きな、問題になったら私も一緒に謝るし、始末書も書くから」


 惴が言い終える前にクリスの姿は彼方に向かって居た。

 濡羽と行動するシュッツの居場所は惴もクリスも知らないが、クリスの検索魔術なら簡単に会うことは出来るだろう。そして、自身の言葉を行動で示せるだろう。


***


「相棒、ずいぶんヤバい敵と戦っているわね」


「ああ、見ての通りだ」


 魔法使いヴィヴィアンによる異形化してでも発動された魔奥はクリスの固有魔術の助けが無かったら、一瞬で自分たちの体を蝕んでいただろう。


「ルナは下がっていなさい。ここからは——」


 一拍。


「相棒とワイの時間よ」


 ルナは躊躇する事なく下がる。

 だって、今まで以上にシュッツのやる気が出ていたから。


「相棒、ワイに死んでほしくなかったら」


 クリスは一歩、前に出る。


「死ぬ気で戦いな」


 軽口の皮を被った、本音。

 逃げ道はない。


「そうするよ、相変わらずオジサンの扱い方が上手いな」


「相棒だからね」


「そうだったな。それじゃ、作戦はプランAで行くか」


「了解」


「何を喋っている! どうでも良い会話をするな、あたしに幸福を、おまらに不幸を齎してやる! 『裏痛(シルヴァー・ペイン)』」


 ヴィヴィアンはそのひしゃげた両手の爪で自分の体を引っ掻き、血を流す。

 異形化による痛みと自傷の痛みが混ざり合い、その不幸が痛みを無くすという良い面を強制させるため、他者にへと痛みが移る。

 痛みは実体化し、最も効果的な形である無数の矢となってシュッツとクリスに向かう。

 しかし、シュッツとクリス。

 この二人が揃った時点で、ヴィヴィアンの敗北は決していた。


「『検索指定(クエリ)』」


 クリスの固有魔術、検索魔術は指定した情報を引っ張り出す魔術。

 そして今、検索されたのは痛みの矢を効率的に排除する方法。


「相棒、玩具屋のカゴ台車」


「『伏線回収』」


 瞬間、玩具屋のぬいぐるみが入れられていたカゴ台車のキャスターのブレーキが解除され、玩具屋の外、矢の弾道線上に出現し、そこで石にキャスターが躓き、中に入っていたぬいぐるみに矢が当たる。

 矢が当たったぬいぐるみは弾け、綿が散らばる。

 これが銀裏魔法魔奥の弱点。

 確かにより良い結果の付与は強力だが、その結果がどうなるかちゃんと決まっていないあくまで無作為で強制的なのだ。

 そのため、ヴィヴィアンが狙っていない結果を起こす事は可能。

 クリスの検索魔術とシュッツの伏線魔術の相性は最高だ。

 クリスが対策法を提示し、シュッツがそれを為す。

 この鉄壁の作戦の前にヴィヴィアンは為す術がない。

 そして相性が良いからこそ出来る協力技。


「相棒、準備出来てるわね」


「ああ」


 二人は同時に魔術を行使する。


「「検索魔術掛ける伏線魔術『銀裏(オルタナティブ・)列挙(インデックス)』」」

 

 空気が、音を立てる。

 ヴィヴィアンが知覚していた最善の兆し(全ての不幸)が、突如として番号を振られ、整然と並んだ。


「……あ、はは……なに、これ……?」


 銀裏列挙は対銀裏魔法に特化した魔術。

 銀裏魔法が作り出そうとする「より良い結果の分岐候補」を検索魔術で全件抽出し、それらを伏線として視認し、排除することで。

 全ての不幸がたちまち、消え去る。

 ヴィヴィアンの銀裏魔法は、不幸がなければ成立しない。

 不幸がなくなれば、何も出来ない。

 異形化による影響で奔っていた痛みは消え失せ、ヴィヴィアンは初めて不幸という物から解放された。


「こ、これが幸福?」


 不幸のない状態、彼女にとって幸福と言えるそれは……彼女の固まった笑顔を、自然な笑顔にすることは出来ず、彼女自身も幸福という物を感じなかった。


「あ、ああ……何もない……」


 ヴィヴィアンは思考を、回転をやめた。

 怒りも、恐怖も、希望も、どれも生まれない。

 ただ、空虚だけが残る。

 その前に、シュッツが立つ。

 憐れみも、怒りも見せず、ただ事実を告げる声で言った。


「不幸も幸福も、自らの実力で獲得する物だ」


 ヴィヴィアンの瞳が、わずかに揺れる。


「お前は、不幸だけしか見ていなかった。だから——」


 一拍、置いて。


「幸福を獲得するための努力を、最初からしてこなかった。だから、不幸を失った時点でお前には何も残らない」


 その言葉は、彼女の核心を撃ち抜いた。

 ヴィヴィアンは、何か言おうとして。

 何も言えず。

 異形の身体が、わずかに傾いた。

 銀の裏地は、もう見えない。

 雲も、空も、存在しない。

 そこに残っていたのは、晴れ晴れとした空と、空白の人間だった。

 魔奥が解除され、異形化したヴィヴィアンの体は塵となって消える。


***


 被験者ヴィヴィアンの死を三人の人物が眺めていた。

 二人はシカトリスとあの騎士だったが、もう一人は少女で学院制服を身に纏っていた。


「やっぱり、異形化の副作用が強すぎるわ。後で錬金師たちに文句言わないと」


「でも、魔奥を扱えなかった者が魔奥発動が出来るなら良い成果じゃない。特攻爆弾として使えるわ」


「特攻爆弾運用は良いんですけど、それって私が目指している姿から乖離しているのでもう少し改良しますね」


 少女とシカトリスは雑談のように話していた。


「それと、例の件、承認してくれます」


「ええ、刻み屋が死んだし、入れてあげるわ」


「ありがとうございます」


「傷跡加入、歓迎するわ。錬金師、キルケ・ケーオン」

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