14-4・トモの帰還
ホーマン屋敷を出て3日が経過をした。
夜、宿(真田さんとは別々の部屋)で「そろそろ寝よう」と思ったところで、扉がノックされる。真田さんかな?彼女が遅い時間に部屋に来ることなんて無いので、少し緊張をして「どうぞ」と声を上げる。
「よぉ、尊人」
「トモっ!」
顔を出したのは智人だった。少し顰め面をしているが元気そうだ。
「入りなよっ!遠征から帰ってきたんだ?」
「たった今、帰ってきた」
「たった今?シリーガルさんやバクニーさんと過ごさなくて良いの?」
「君の方が優先だ」
智人が部屋に入ってきて、椅子に腰を降ろす。
「ホーマン邸から出ているとは思わなかったな」
「お世話になりっぱなしで申し訳なくてね」
「冒険者の真似事をして生計を立てているんだって?」
「うん、少しくらい稼げるようになったよ。
君に言っても自慢にはならないだろうけど、ホブゴブリンを倒せたんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
智人は顰め面のまま、笑顔を見せてくれない。
「なぁ、尊人。何を考えているんだ?」
「・・・ん?」
「俺、君のこと、迷惑だなんて一言も言っていないよな?」
「・・・うん」
「だったら、何やってんだ?」
「何って・・・僕なりに自立を・・・」
「君は、そんな余計なことを考えなくて良い」
「・・・ん?どういうこと?」
智人の表情が呆れ顔になる。
「居心地が悪いなら、俺が屋敷の奴等に改善を要求する」
「あの・・・なんのこと?」
「ホーマン邸に戻って来いって言ってるんだ」
ホーマンさんの屋敷では至れり尽くせりで、不満なんて無かった。永住する気が無かったから、自力生活をする為に出ただけ。
「俺が養ってやる。俺が守ってやる。俺にはその力がある。
だから君は、自活なんて考えなくて良いって言ってるんだ」
智人の気持ちは嬉しい。でも、それは違う。トモの力ではない。トモに養われているんじゃなくて、ホーマン家に負担をかけているのだ。
それに何よりも「トモが居なきゃ生きていけない」みたいな扱いは嫌だ。
「心配してくれてありがとう。でも、僕は大丈夫だから」
僕達は現実世界に帰らなきゃならない。その為に、モンスターに怯えて小さくなっているのではなく、この世界を自由に動き回る力が欲しい。どこに移動しても最低限の生活に困らないだけの稼ぐ手段が欲しい。
「何が大丈夫なもんか!?
聞いたぞ、モンスターから奪った見窄らしい鎧を装備しているんだってな!
俺に、そんな無様な君を見過ごせって言うのか!?」
「ちょっと待ってよ。僕は無様だなんて思ってない」
「冒険者の真似事なんてやめろっ!モンスターとの戦闘なんて危険だ!
尊人には向いていない!」
智人の気持ちはありがたい。でもトモの言う何もかもが不満だ。僕はトモの所有物ではない。僕のことをトモに決めてほしくない。
「だったらトモはなんなの?
英雄って呼ばれて、危険な任務をして・・・
僕に『やめろ』っていうなら、君もやめなよ」
「人にはそれぞれ、背負うべき宿命がある!
俺は英雄を背負う宿命があった!君には、そんな物は無い!それだけなんだ!
何も背負っていないんだから、意味の無い背伸びをするな!」
つい「この世界で背負う物なんて、僕だけでなくトモにも無い」と言いそうになったけど、英雄視されて誇らしそうにする智人の笑顔を思い出して留める。
「ああ、そうか・・・。なにをそんなに焦ってるかと思ったら、織田櫻花か」
「なんで急に櫻花ちゃん?」
「会いたいんだろ?だから、無駄に動き回ってんだろ?」
櫻花ちゃんの顔が脳裏を過ぎる。ずっと「会いたい」と思っているのは事実だ。
「俺に任せろ!情報屋を雇って、見付け次第、連れてきて君に宛がってやるよ!」
「僕はそんなこと頼んでないよ」
智人は、度々、櫻花ちゃんの話題で茶化す。いつも笑って誤魔化すけど、僕はその話題が好きじゃない。むしろ禁句に近い。干渉してほしくないって思ってる。
「無理すんな。尊人には不自由はさせない。
仮に彼女が『嫌だ』って言っても関係無い。俺には黒を白に変える力が有る!」
「お、おかしいよ、トモ!」
僕は所有物で、櫻花ちゃんは僕のオマケ扱い。智人ってこんな人だったっけ?言い分が理解できない。
『アイツって、力に溺れるタイプだぞ。
丁度良い格下って思われてんの、気付けよ!
オマエ、お人好しすぎるぞ!』
柴田くんに言われたことを思い出す。
「そもそも、なんで真田と組んでいる!?いつ乗り換えた!?」
「な、なんのこと?」
「真田にそそのかされたのか!」
「違うよ!お屋敷を出たいって言ったのは僕だ!
真田さんは尊重して付いてきてくれたんだ!」
「真田の所為でオマエがおかしくなっている!」
「おかしいのはトモの方だよっ!」
「よく解った!先に説得しなきゃなのは、君ではなく元凶ってことだな!
真田の部屋はどこだ?隣か?」
智人は椅子から立って、部屋から出て行こうとする。
「待ってよトモ!」
僕は、ベッドから立ち上がって、智人の腕を掴んで止めた。
「離せよ!」
「・・・・・・え?」
振り返った智人の目を見て、僕は言葉を失った。トモは黒い目をしている。目黒くんが裏切った時、同じ黒い目で僕を見下していた。目黒くんを倒した時のトモが同じ目になったような気がした。だからあの時、怖くてトモの顔を見ることができなかった。
『上手く表現できないけど、徳川くんって、時々黒~い目をしてるの』
真田さんの智人に対する評価を思い出す。
「真田さんに何をする気?」
「安心しろ。別に、取って食いはしない。
君の為にならないから、この町から出て行ってもらう。それだけだ」
「・・・・・・・・え?」
「真田と安藤を保護してやったのは、たまたま君と一緒に居たから。
安藤みたく、俺を頼るってなら面倒を見てやる。
だけど、離れてくならどうでも良い。邪魔をするなら排除をする。
俺が守ってやりたいのは尊人だけなんだからさ」
どうでも良い話題で楽しんだり、一緒に失敗したり、喜びを分かち合ったり、合流してからずっと傍にいてくれた真田さんの様々な表情が脳内に溢れる。
「ふざけるなぁっっっっ!!!」
僕は、自分でも驚くような怒鳴り声を上げていた。
「真田さんを追い出すなら、僕もこの町から出て行くっ!」
「何言ってんだ、尊人?君は織田櫻花一筋なんだろ!?
真田なんて、どうでも良いじゃん!」
「どうでも良いわけないっ!!」
小学生の頃から櫻花ちゃんが好き。智人に会えた現状で、一番会いたいのは櫻花ちゃん。もし、まだ真田さんに会えてなかったとしても、彼女の存在は気にしてなかったと思う。
だから、なんで僕がこんなに怒っているのか、僕にも解らなかった。
「トモ・・・君にはいっぱい感謝している」
智人に会ってから、ずっと聞きたかったこと。答えが解っていて、怖くて聞けなかったこと。勇気を振り絞って聞くことにした。
「トモは・・・現実世界に戻りたい派?
それとも・・・・・・・・この世界に残りたい派?」
「モーソーワールドに残りたいに決まってるだろ」
即答だった。予想はできたけど、聞きたくない答えだった。
「お父さんやお母さんには会いたくないの?」
「会いたいけどさ・・・こうして、モーソーワールドで元気にしてる。
それで良いと思ってる。
リアルワールドは、俺の才能を発揮するには環境が悪すぎる。
周りがバカすぎる。
俺が俺らしく生きられるのは、モーソーワールドだ」
「それは違うよトモ。
・・・上手く言えないけど、僕達はこの世界の人間じゃないんだよ」
心の片隅では、智人が僕と同じ意見なら、トモに頼りながら仲間探しをするのも良いと思っていた。
僕は現実世界に戻って、この世界では失われてしまった柴田くんや力石先生と会いたい。だけど、トモは他の仲間達のことなんて何とも思ってなかった。
寂しいけど、僕の答えは決まった。
「たくさん助けてくれてありがとう。
僕・・・この町から出て行く」
「はぁ?」
「旅立つって言ったの」
「闘争心の欠片も無い尊人が?・・・正気か?」
「うん」
「あっそう。・・・君がそのつもりなら、後悔しても助けねーからな」
「僕、後悔しないように頑張るから」
「どうなっても知らねーぞ」
智人は顰め面のまま、部屋の扉を開けて通過をする。
「トモの言うこと聞けなくて本当にごめん。
でも・・・僕にとっての一番の友達はトモだから」
智人の背中にもう一度謝罪をする。トモは何も言わないまま出て行った。
ドゴォン!
僕の部屋?それとも隣(真田さん)の部屋?廊下側から、思い切り壁を叩く轟音が鳴り響いた。
売り言葉に買い言葉で、西都市から出て行くことになってしまった。真田さんには、明日の朝一番で話さなきゃならない。きっと、呆れられるだろうな。こんな無計画な僕に付いてくるわけないよね。
部屋の灯りを消して、ベッドに横になる。だけど、興奮状態で眠れそうにない。
いっぱい助けてもらったのに、5日ぶりに会えたのに、なんで喧嘩をしちゃったんだろう?もっと、穏やかにバカ話をしたかった。




