16-5・テーレベールの夜
「ねぇ、早璃ちゃん。なんか有ったの?」
「何にも無いよ」
「藤原くん達のこと避けてる?」
「別に何とも思ってない」
沼田さんが真田さんの隣に座って、不機嫌の原因を模索するんだけど、取り付く島も無い有様だ。
真田さんの親友がいるんだから僕の出る幕は無い・・・と思いたいんだけど、さすがに、この状況はどうにかしたい。
「真田さんと藤原くんって幼馴染みなんだよね?」
「そーだけどそれがなに?」
「藤原くんのことを渾名で呼ぶから、仲良いのかな~って思って・・・」
これ、僕が聞きたい質問じゃない。「仲良い」って言われたら少なからずショックを受けそうな気がする。それなのに、何でこんな余計な質問してんだろ?
「尊人くんには関係無いでしょ」
「・・・・うん・・・まぁ・・・そうだね」
想定外の答えが返ってきた。これはこれでショックです。
会話を繋ぐのが苦手な僕と自然な会話のキャッチボールをしてくれたり、険悪だった安藤さんと綿本さんをアッサリと仲直りさせた人と、今の真田さんが同一人物とは思えない。
「吉見くん達は、この状況をどう思ってんだろ?」
ちょっと怖いんだけど、藤原くん達のテーブルに視線を向ける。吉見くん&土方さん&鰐淵くんが会話をしていて、藤原くんは明後日の方を見て、僕等を完全にシカトしてる。
呆れ顔でこっちを見てる近藤くんと目が合った。いかつい顔を軽く動かして、僕に「こっちに来い」と合図をする。
「・・・マジか?メッチャ怖い」
呼ばれたんだからスルーはできないので、椅子から立ち上がる。
「ちょっと、あっちに顔出してくるね」
「いってらしゃい」
真田さんに感情の隠ってない声で送り出されて、藤原くん達のテーブルへ。近藤くんの隣の椅子しか空いていない。
「座れ」
「・・・うん」
近藤くんに催促されて椅子にかける。
「こっちは男子会ね。私、あっちで女子会してくるね~」
「ああ・・・うん・・・いってらっしゃい」
途端に土方さんが立ち上がって、真田さん達のところに行ってしまう。席を空けるなら僕が到着する前に空けて欲しかった。そうすれば、安パイな吉見くんの隣に座れたのにさ。
「注文、まだでしょ?」
「うん」
吉見くんがメニューを進めてくれる。
「何飲むんだ?酒か?ミルクか?」
鷲尾くんがドリンクを勧めてくれる。皆の飲み物を見ると、吉見くんと鷲尾くんはミルク。藤原くんはほぼ間違いなくアルコール。近藤くんの前にある透明色の液体は水かアルコールか解らない。
「近藤くんのはお酒?」
「俺はゲコだ」
今の情報で、近藤くんがお酒を飲めないことと、飲んだ経験がある(けど受け付けなかった)ことが解った。
「とりあえず、水でいいや」
イメージ的には、藤原くんはコンビニの前や公園で仲間と輪になってビールを飲んでるタイプ、近藤くんは部屋で寡黙に日本酒を飲んでるタイプ。だから、近藤くんが飲めないのはチョット意外。
「勇敢だな。驚いたぞ」
近藤くんから「勇敢」と評された。仰る通り、かなり勇気を振り絞って、この席に来ました。
「聞いたよ。トロールに突撃をしたんだってね」
近藤くんがそれきり喋らなくなったので、吉見くんが会話を繋ぐ。
「ああ・・・それね」
あれは「勇敢」ではなく「無謀」。しかも戦闘開始10秒くらいで失神しました。「トロール討伐」をクリアできたのは僕のおかげではありません。
「トロールとの戦闘経験はあるの?」
「今日が初めて」
「初見で突撃したの?」
「モンスターの本を読んだら、トロールは小技を使わないっぽいから、
大振り攻撃で隙ができると思って突っ込んだんだけどね・・・」
「源君も持ってるんだ?モンスターの本なら僕も読んだよ」
「早璃とはいつから一緒に行動しているんだ?」
トロールのことを話題にしていたのに、近藤くんが全く関係の無い質問をしてきた。
「・・・ん?」
「俺と史弥は、一緒に行動をして30日以上経つ」
今の近藤くんの発言で驚いたことが2つ。1つは近藤くんと藤原くんの転移日が僕よりも10日くらい早いこと。もしかしたら、力石先生や安藤さんより早いかも。もう1つは近藤くんが真田さんを「早璃」と呼び捨てにしていること。そう言えば真田さんは、近藤くんを「こーちゃん」と呼んでいた。仲良く話してんのを見たこと無いけど、仲良しなのかな?
「え~~~と・・・真田さんと合流して15日くらい・・・かな」
「・・・15日か」
「・・・・・・・・・・・」
「源君はいつ転移したの?」
近藤くんがそれきり話を広げないので、再び吉見くんが会話を繋ぐ。
「僕は・・・え~~と、20日くらい前かな」
「僕も同じくらいだよ」
「転移して直ぐに柴田くん達と合流してね・・・」
会話の取っ掛かりができた。吉見くんは柴田くんと仲が良い。
いいぞ、この会話の流れなら、「安藤さんも一緒だった」を経由して「安藤さんは西都市にいる」に話題を繋げられる。・・・と思った矢先、
「随分と立派になったな。・・・勇敢な色男さんよぉ」
それまで、明後日の方を見て僕をシカトしてた藤原くんが、空になったマグカップをテーブルの上に置いて、バッキバキな目で僕を睨み付ける。
「とっくに脱落してると思ったんだけどな・・・大したもんだ」
「・・・・・・・・・藤原くん?」
話し方で解る。「立派」「勇敢」「大したもの」、普通に考えれば褒め言葉なんだけど、凄く耳障りが悪い。藤原くんは嫌味を言っている。本心の言葉は「とっくに脱落してると思った」だけなんだろうけど、それにも驚いている。藤原くんの眼中に僕が入っているとは思っていなかった。
「再会の祝いだ!オマエも飲め!」
「・・・えっ?」
「酒に付き合えって言ってんだ!」
藤原くんが、近くにいた給仕さんにアルコールを注文する。
「あの・・・僕達、未成年だよ」
「それがどうした?」
アルコールなんて要らないのに、早々に2つ運ばれてきた。受け取った藤原くんが、一つを自分で確保して、もう一つを僕の前に置く。300㎖くらい入ってるかな?
「再会を祝して乾杯だ」
「・・・・・・・・・・・」
藤原くんが威嚇モードに入った途端に、吉見くんと鷲尾くんは黙ってしまう。イメージ通りでメッチャ怖い。
「俺の酒が飲めないってか?」
「史弥。悪酔いしているぞ」
近藤くんが止めるけど、藤原くんは聞く耳を持たない。
ヤバい。藤原くんの気に障るような行動したっけ?合流して早々に目の敵にされるってどんな状況?今の僕、千幸高校の次期番長に絡まれてるよね?
※早璃がイラついて、藤原が尊人に絡むバックグラウンド。
早璃と藤原(+近藤)は幼馴染み。藤原は早璃が好きだが、早璃にとって藤原は完全に恋愛対象外。「俺様系」「格好付け(大人への背伸び)」は嫌いなタイプ。
転移前、早璃が尊人に率先して話す光景、及び、修学旅行で早璃が尊人達の部屋にいたのは不満だった。転移後、藤原は「非力な早璃では野垂れ死ぬか男の欲望の捌け口にされる」「自分が守らなきゃ」と案じていた。しかし、早璃は尊人と行動を共にして生き存えていた。しかも、目の前で早璃の危機が発生した時に、自分は見ているだけで何もできず、尊人が命懸けで早璃を守った。早璃が泣く姿を見て、「好いた女子の信頼が丸々尊人に奪われてしまった」と感じる。恋敵が口だけ達者な小者なら取り戻す自信がある。しかし、尊人は陰キャだが自己研磨を続けるタイプで、藤原はある程度認めている。今まで視野の外側にいた尊人が、いきなり強敵となって出現した。これらの苛立ちを、尊人の失神中に「尊人への悪口」で表現してしまい、飯場では不味い酒を飲んでいる。
一方の早璃は、失神した尊人をディスられるのをずっと聞いていた。普段なら突っ掛かるが、泣いていたので余裕が無かった。尊人が目覚めたことでようやく気持ちが落ち着き、途端に藤原が言った悪口に腹が立ってきた。飯場に行ったら藤原は「俺様系」「格好付け(大人への背伸び)」を前面に出しており、この時点で「ムカ付くだけ」「話すことは何も無い」と無視をした。
早璃のこの行動が藤原の神経を逆撫でする。最初は気にしないフリをしていたが、最終的には渦中の尊人が割を食ってしまう。
作中で文字として表現できれば良いんだけど、藤原は内心を正直に語るタイプではなく、早璃は雄弁だが「尊人が悪口を言われて頭に来た」はさすがに言わない。それを話したら「藤原が尊人を嫌っている」と「自分は尊人が好き」を尊人に知られてしまう。尊人からすれば、知らないうちに早璃と藤原の関係が悪化しており、わけが解らない。一緒にいて状況を知っているのは、無口な近藤のみ。




