第12章 富裕層の集い
その後、またあたし達はドリッテ・ゲルリッツ医療センターのジェーンの病室に集まっている。
「おーいジェーン。ちょっとそこ替わってくれ」
「え?何よいきなり」
「いいから替われよ」
ドノヴァンの無茶そうな要求にジェーンが狼狽えていた。
「ちょっと勘弁してよ。あたしまだ体を起こせるか起こせないかの状態だし、検査とかで移動するのにもまだストレッチャーに乗せてもらってるんだから。」
「確かに、リハビリで起きあがろうとするといつも悲鳴あげてるしねぇ」
療法士のミロスがクスッと笑った。
そこでミロスさんと看護師のアメリーさんがジェーンの移動を手伝う。
「じゃアメリーさん、そっちを持って」
「はい」「1、2、3」
「ままま、待って。ちょっとそこ引っ掛かってる」
実はまだジェーンには点滴とさらに数本、何かのチューブが付いているのだ。
「大丈夫。ジェーンさんはこっち側に手を置いて」
「さすが手慣れてるね」
「それにしても皆さん本当にチームワークいいですね」
マリコが相変わらず関心していた。
「むしろこんなことだからチームワーク良くなってるのかもな」
「あら?わかっちゃったかしら。うふふ」
アーウィンの言葉に看護師のアメリーが笑った。「そうだ、あとはあれを持ってくればいいのね」
「あ、そうです。アメリーさん、よろしくお願いします。」
アメリーさんはあたしが頼んだ「ある物」を取りに部屋を出た。
ジェーンはベッドを明け渡している間、ソファーに座ってもらっていた。
「これもリハビリの一つだと考えようよ。ちょっとずつお腹と背中に力を入れるんだ」
「…うー…」
そこへフィリップ先生も入ってきた。
「あ、ラングラー先生こんにちは」
(ミロスは医師達を苗字で呼んでいる)
「やあミロス、ジェーンのリハビリは順調なようだね」
「はい。ただかなり痛みが邪魔してるみたいで…」
「わかった。痛み止めを最大量で打っておくね」
「ありがとうございます」
「あのう、フィリップ先生…」
ジェーンはフィリップ医師に小声で話しかけた。
「こっそり教えてください…ヨアヒム先生、どこにいるんですか?」
プスッ!
「あー痛い痛い!痛み止めなのに痛い~!」
ジェーンは間髪入れずに注射をされてしまった。
「あっはっは、ごめんごめん。これは悪いことをしたかな。でも今はダメ。先生の行方は教えられない」
「でもあたし、どうしてもヨアヒム先生に会って、直接話したいことがあるんですよぉ」
「うん、それは分かるよ。だけどもう少し待ちなさい。今はまだ無理だ。」
「じゃ、痛み止めが効いている間に」
ジェーンはミロスさんとソファーでリハビリの続きをすることにした。
さて、ジェーンにベッドを空けてもらって何をするのかというと…
「ミリータ、これでいい?」
アメリーさんが患者用のローブを持って戻ってきた。
「え?あたし今ここで着替えるの?」
「いや、ジェーンじゃなくて、これは僕が着るの」
そう言ってアーウィンは服を脱ぐとローブに着替えた。ここで、あたしはヤニック邸で作ってきた変装マスクを取り出す。
「また変装役でごめんね。でもこれはやっぱり男の人がやった方がいいから…」
そう言いながらあたしはアーウィンに変装マスクを被せて、あちこちを整えて…
「どうですか、アメリーさん?」
「きゃあ!本物と間違えちゃいそう!」
「これで『入院中のトビアス・M』の出来上がり!」
トビアス・Mに変装したアーウィンは、色々とポーズをとってみた。
「ふっふっふ。僕もトビアス・Mのビデオとかをみっちり見て、仕草とか研究したんだよ」
あー、アーウィンがずっと部屋に引きこもってたのはそういういことだったのね。
「すごいわ!素敵!」
「アメリーさん、本当はアメリーさんも大ファンなんでしょ?トビアス・Mの」
「あら、バレちゃったかしら」
「そうだミリータ」
マリコがあたしに向かって目くばせした。ちょうどヨアヒム先生と約束していた時間だった。
「あたしからメッセージ送ってみるね」とマリコが小声で伝えた。
ヨアヒム先生はこう言っていた。
「そうか…わかった。それならこうしよう。君たちには、これからの予定を教えておく。今度の日曜日、午後3時にまた連絡してくれ」と。
--ヨアヒム先生、約束の時間なので連絡してみました マリコ--
ヨアヒム先生からはすぐに返事が来た。
--こちらからかけ直すので少し待ってほしい--
--ちなみに今、みんなでジェーンのところにいます マリコ--
予想に反して、ヨアヒム先生からの連絡が入ったのはフィリップ先生にだった。
「アーリッシュ先生?…はい。フィリップです。僕も今ジェーンの所にいますが…はい、代わります。」
フィリップ先生は電話をジェーンに渡した。
「もしもし先生?あたしです。」
「おお、ジェーンか。元気かい?」
「はい。先生がこれからの予定教えるというので…」
「…そうだったな。すまない。では改めて今後の予定の話をするが、その前に」
ヨアヒム先生は一度言葉を切った。
「ちょっと失礼するよ」と言って、誰かと話している。相手の声は聞こえなかったけど、たぶんこれは盗聴防止対策をしてるんだろう。ヨアヒム先生の受けた依頼がいかに極秘事項であるのかがわかる。
しばらくすると、先生が言った。
「よし、もう大丈夫だろう。まず、今後について話すが、君たちは全員、僕の指示に従って行動してもらう。」
「わかりました。」
「うむ。実は、君たちには今度の日曜日に、あるパーティーに出席してもらいたいのだ。」
「え?パーティーですか?」
「ああ。そしてそこで、君たちには『ドクターJ』として出席してほしい。」
「それって…ヨアヒム先生になりすませってことですか?」
「まぁ、そんなところだ。ただし、あまり目立つようなことはしないでほしい。あくまでも、目立たないように『ドクターJ』の役を演じてくれればいい。」
「あの、それは……」
アーウィンが割って入った。
「ドクターJは今ドリッテ・ゲルリッツにいない、ということを隠すためですね?」
「ご名答だ。察しがよくて助かるよ。では、フィリップと代わってくれ」
その後のヨアヒム先生は、フィリップ先生と普段の業務の引き継ぎや連絡をしているようだった。
「じゃあ、そういうことで頼むよ」
「承知しました。」
フィリップ先生は電話を切った。
「で、ヨアヒム先生はどこにいるんですか?」
「だからそれは言えないって…」
フィリップ先生も、もしかすると本当にヨアヒム先生の行方を知らないのかも…。
これは、本当に何重にもプロテクトがかけられた任務なんだ。
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ツヴァイテ・ザールブリュッケン総合病院。
打ち合わせを中座していたヨアヒム医師--ここではドクターJと呼ばれているが--が戻ってきた。
「…失礼しましたレーデル先生。他の患者のことで連絡が入って」
「いえ、気になさらないでください。ちょうどドクターJのご要望通り、脳神経外科と麻酔科の者も加わったところですから。もちろん、彼らにも他言無用との箝口令は敷いてあります。」
彼らとの軽い会釈の後で、ヨアヒム医師は話を続けた。
「トビアス・M…いやここではマーリング氏と呼ぶべきですね…彼はまだ今は脈拍や呼吸が途切れても電気ショックや人工呼吸ですぐに復活する状況なのですが、それでも危険な状態には変わりありません。今までにお聞きしたお話から、外傷性のものである可能性も低いのですが…このスキャン画像では見えにくい部分に原因が潜んでいると思われます。となると術式は…」
「やはり開頭術になりますか」レーデル医師の顔色が曇る。
「もちろん、患者の頭に大きな傷をつけたくないことは承知しています。そこで…」
さらに打ち合わせは長く続いた。
「では、これでオペの概要も固まりましたね。」
「ありがとうございます。ドクターJ。それにしてもあなたのお話は興味深いものばかりでした。ぜひ今後も私どもの病院で取り入れてみたいものです。」
「ありがとうございます。それでは、皆さんもよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
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後でヨアヒム先生からはパーティの詳細がメッセンジャーで送られてきた。
--パーティにはヤニック氏も参加する。何かあれば彼がフォローするから--
そして、ドクターJになりすますのは………マリコになった。
「あたしがぁ?」
「マリコだったらあたし達の中で年上っぽく見えるし」
「ドノヴァンだとなんだかすぐにボロが出そうだし」
「おいジェーン!それはひどいじゃないか」
「僕はすでにトビアス・Mの顔になってるしさぁ……それに、こういう話を知ってるか?」
アーウィンが言った。「……ある父親とその息子が乗っていた車が事故に遭い、父親は即死、息子は重体だった。息子が病院に運ばれて手術をするとなった時、医者が『これは私の息子だから、冷静な手術はできない』と言った。どういうことだと思う?」
「さあ……」あたしは完全にお手上げだ。
「つまり、父親は死んじゃってるんでしょ?だから…」マリコはなんとか考えてみている。
「え?死んじゃった父親は本当の父親じゃなかったとか??」ドノヴァンは…考えてるんだろうか?
「もしヨアヒム先生だったら実の息子でもそんなこと言わないと思うんだけどなぁ…で、答えは?」ジェーンも結局わからないようだ。
「……答えは、その医者は女性。つまりその息子の母親だったから、ってことだよ。」
「えー……!」
「医者だから男性に違いない、という先入観があるってこと。だからドクターJは女性だった、と思わせることもまたカムフラージュの一つだね」
「そうかー。」
(はぁー、いかにもお金持ちの世界、って感じね)
「はっはっは。君のような美人をエスコートできて嬉しいよ、マリ…じゃなかったドクターJ。」
「ヤニックさん、私こそ光栄ですわ(あたし1人だったらどうなってたかわからないわ。助かる~。)」
あたしとドノヴァンも、ドクターJの助手ということでついてきている。
アーウィンは…
「流石にこの顔でパーティに出たら目立つだろう?」
「そうねえ。休養中のトビアス・Mがパーティに来た!ってなって大騒ぎになりかねないもんね」
「だから待機しておく。まあ、夜はここで寝させてもらうよ」
と、アーウィンはジェーンの部屋のソファーを指した。
「じゃあ、留守番頼んだぞ」
「はいはいっと。気をつけて行ってきなさいよ~」
「うふ。では参りましょうか、みなさま」
「うん、行こう」
「じゃ、あとは任せたから」
「いってらっしゃい」
「いってくる」
こうして、あたし達はパーティへと繰り出していったのだ。(ただし、アーウィンとジェーンはお留守番)
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「ドクターJのお姿を見ましたか!?」
「ああ、あれが本物のドクターJなのかしら?!」
「なんて美しい方なんでしょう……」
パーティの会場はまるで舞踏会のような大きな部屋だった。
ドクターJとして現れたのはもちろんドクターJ本人ではないのだが、それでもドクターJを見た人々が興奮するのは無理もないことだった。
「ドクターJ、ようこそ」主催者がドクターJを出迎え、握手を交わした。
「このような素敵な機会を設けていただき、誠にありがとうございます。」
「いえいえ、ドクターJが来てくだされば、我が街で最高の名誉と地位を得られるというものですよ。ところで……」
「はい?」
「お連れの方々も、ご紹介いただけますかな?」
「では私が」ヤニック氏が一歩前に進んだ。
「こちらはドクターJの助手を務めるミリ……じゃない、ドクターMです」
「ほう、それは素晴らしい。」
「ドクターM、ご挨拶を」
「はい。私はドクターJの助手を務めているミリ……ドクターMです。よろしくお願いします」
ドクターJの仮面をつけたままだが、マリコも一応挨拶をした。
「こちらは?」
「ドクターJのパートナーを務めているドノ…ドクターDといいまして。
「はい。ドクターJとは古くからの友人であり相棒でもあるんですよ。」
「そうなのですか。」
「ええ、そうですとも!ドクターJは僕にとって大事な友人ですからね。」
「では皆様、ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます」
「それでは、また後ほど」
「では、また後で」
ヤニック氏は、ドクターJに扮したマリコ達を連れてその場を離れた。
「ふう……」マリコはようやく一息ついた。
「お疲れ、マリコ。うまくいったみたいだね。」
「ミリータもお疲れ様。」
ドノヴァンが言った。
「ドクターJとドクターMって、前から知り合いだったような雰囲気出しておいた方がいいと思ったんだけど、大丈夫だったかしら?」マリコは尋ねた。
「うん、特に怪しまれてはいなかったようだし、問題ないと思うよ。でもドノヴァンは喋りすぎ!あそこは一言くらいでいいの」
「わ、わかったよミリータ」
そしてあたし達はしばらく、壁際でパーティの様子を眺めていた。
「富裕層には富裕層のコミュニティというものがある。そこから有用な情報が得られることも多い」
ヤニック氏が言っていた。
「例えば、こういった場での交流やちょっとした遊びを通じて、資産を増やす方法など、いろいろな情報が入ってくるものだ。もちろん、病人に関する情報もね。」
「な、なるほど……」
そこへ1人の男性が近づいてきた。
「……ドクターJ」
「はい?」
「実はですね、最近このあたりで妙な病気が広がっているらしいのですが……何かご存知ありませんか?」
「さ、さあ……私もあまり詳しいことは知りませんが……」
「ただ、ドクターJはそういったことにもお強いはず」
「え、ええ。」
「ドクターJがパーティに参加するなら、きっとそういう話も耳にするのではないかと思いまして。」
「あ…」
「ああ、それでしたら私が」
やや返答に困ったマリコに、ヤニック氏が助け舟を出した。
「はあ~。ヤニックのおっさんのフォロー、助かるな」
「本当よね」
「病気関係の詳しい話振られたら、絶対答えられないしさ」
「ま、そうね」
と言っている間に、今度は女性2人組がマリコに話しかけてきた。
「ドクターJ!お会いしたかったです!」
「あー、ちょっとドクターJ、いま患者の1人が…」
あたしはドクターJ宛に緊急の連絡が入ったふりをして、何とかしてマリコを女性2人組から引き離した。
と思ったら今度は年配の男性がやってきた。
「ドクターJ、実は私の息子が先日…」
そこでドノヴァンが「あっすみませーん。ドクターJと僕はこの後用事があるんです。失礼します~」
と言って、マリコの手を引っ張ってその場を離れさせた。
「まったく、次から次に面倒くさい連中が来るんだから~」
「ごめんなさい、ミリータ」
「……まあいいわ。」
そうこうしているうちにパーティはお開きとなり、あたし達も会場を後にした。
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ドリッテ・ゲルリッツ医療センター ジェーンの病室。
さっきからアーウィンはソファに寝転がってブツブツ言っている。
「うーん…やっぱり僕も行くべきだったかな」
「何言ってるのアーウィン。自分からこっちに残るって言ったんじゃない」
「いや、ドノヴァンがやらかしてないかも心配だし…」
「あ、あはははは。そういうことかぁ。まあ、ミリータやマリコもいるし、それにヤニックさんがフォロー役になってくれるっていうから大丈夫でしょ」
「こんばんはジェーン」
そこへ看護師のアメリーが夕食を運んできた。
「あ!食事?僕も分けてもらおうかな」アーウィンが起き上がってきた。
「…え?こんなのでいいの?」
ジェーンがトレーを指差した。そう、全て流動食なのだ。
「…あ、い…いい…で…す……。」
アーウィンはこそこそとソファーに下がっていった。
「でもこの前の検査で内臓の出血や癒着もなかったから、普通食もすぐに食べられるようになるわよ」
「え?アメリーさん、本当に?やったぁ。」
「ちぇ~。まあいいや。マリコにパーティの食い残しでも持ってきてくれって言っとこ」
アーウィンは端末のメッセンジャーをいじり始めた。
「…それにしてもおっかしいわね。」アメリーはそんなアーウィンを見て言った。「トビアス・Mがそこでゴロゴロしてるみたい」
ミリータが戻るまで、アーウィンはトビアス・Mの変装を取らないでいるままなのだ。
「じゃ、アメリーさん。ちょっとこれで写真撮ってください!」
パシャ。「これでいいかしら?」
「ありがとうございます!」
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「はぁ~。一気に疲れたわ~」
ヤニックさんの車の中で、あたし達は完全にグッタリしていた。
「あ、ヤニックさん。本当に色々ありがとうございます。」
「いいんだよ。それにドクターJ本人に渡せそうな情報もいくつか集まったし。娘さんが望まない子を妊娠してしまったとか、父親が公表できないような病気になってしまったとか、いろいろね。」
「ははっ。それは良かった」
「結構生々しいのもあるけど…」あたしはボソリと言った。
「まあ、その通りだね。」
「でもドクターJ…ヨアヒム先生ならきっと、そういった患者を助けるでしょう。で、そのお金を使ってまた貧しい人を治療するはず。」
「そうだね。」




