第46話 ユーリルの特技
翌朝食事が済んだ私たちは、カインに向けて出発した。
リュザールはもちろん、カスム兄さんは奥さんと子供たちまで連れてきている。
「カスム兄さん賑やかですね」
「ジュトすまんね。母さんに子供たちを見せてやろうと思ってね」
「いえ気にしないでください、サチェおばさんも喜ぶでしょう」
カスム兄さんはカインを離れ、バーシで家族と暮らしている。
セムトおじさんは、行商の途中でカスム兄さんの家に寄ることもできるけど、サチェおばさんはそうもいかない。危険が身近にあるテラでは、よほどのことが無いと隣村までも行くことも無いのだ。
だから、カスム兄さんが子供を見せに実家に帰るのは、かなり珍しいことだと思う。まあ、カスム兄さんの場合は、将来セムトおじさんの跡を継いで隊商をやるかもしれないから、その時はカインに移り住むはずだ。子供たちのために、前もって見せようとしているのかもしれない。
リュザールは、カスム兄さんの3つになったばかりの息子を馬に乗せてやり、どうしたら操られるかを教えながら歩いている。子供も慣れているようだから、普段から付き合いがあるのだろう。
「ねえ、ユーリル。昨日風花に聞いても教えてもらえなかったんだけど、例の話どうなったかリュザールから聞いてない?」
昨日は日曜日だったけど、風花とはいつものように朝の散歩で一緒になった。その時にどうなったか聞いてみたんだけど、それはソルとリュザールの問題だから秘密だって言われたのだ。
「人生の一大事だから気になるのは仕方がないけど、僕も聞いてないよ。大体一緒に休んだじゃないか。リュザールも夜は自分の家に帰ったみたいで、僕たちの部屋には来なかった。会ったのは今日の朝だよ。直接本人に聞いたら」
やっぱりそうしないといけないのかな。
子供の相手をパルフィに代わって、リュザールが近づいてきた。
あ、ユーリルはそのパルフィのところに行きやがった。
『子供可愛いですね。早く欲しくなりますね』って、パルフィに言っているみたいだけど、まずはパルフィの親父さんに勝ってからだからな。間違いがないように見張ってないと、ユーリルは一生子供が持てなくなってしまう。
「リュザールお疲れ様。もうよかったの」
「うん、パルフィさんがあたいがやるって言うから任せてきた。ユーリルも行ったから大丈夫だろう」
ユーリルはああ見えて遊牧民の子供だ、それこそ4、5歳から馬を乗り回していたはずだから、乗り方を教わるのには最適かもしれない。
「ところで、バズランさんとの話し合いはどうだったの」
「昨日はごめんね。樹に言っても一緒だというのは分かっているけど、やっぱり自分の口からソルに言いたくて」
昨日テラではリュザールに会ってからずっとジュト兄たちがいたから、きちんとした確認はできてなかったけど、改めてリュザールの口から樹という言葉が出てきたら安心する。
「どうしたの? 何か変な事言ったかな」
「ううん、リュザールから樹という名前が聞けたから……」
「そっか、ソルとはまだだったね。ユーリルとはソルが料理の手伝いをしているときに確認していたんだけどね。心配かけてごめんね」
「心配ってわけじゃなかったけど、万一の時もあったから……」
あれ、なんか変な感じになってきている。いけない本題に入ろう。
「それよりも、どうだったのバズランさん」
「お前はソルと結婚したらどこに住むつもりだって、それを決めておけって言われた。あとの決め事はバズランさんがタリュフさんと話すから安心しておけって」
ああ、そうか普通は男性のところに女性が嫁ぐけど、私は工房があるからカインから動けない。でもリュザールはバーシで隊商の頭をしている。
だから私が工房をやめて、バーシのリュザールの所に行くか、リュザールがバーシの隊商をやめて、カインに来るか決めておくようにと良い事なんだろう。でも、それが決まったら話が進んで行くということなんだろうな。
「リュザールはどうするつもりなの」
「ボクは決めかねている。バーシの人たちのために隊商を無くすこともできないし、かといってテラのためには、ソルに工房をやめさせられないからね」
風花には、ソルとユーリルが地球の知識を使って、テラの生活をよくしようとしていると話している。工房はそのために必要だということも伝えてある。
それと例の4箇条の取り決めも話しているので、それは守ると言ってくれた。
特に手を繋いで寝るのは竹下、リュザールの件からしても危険だということになった。まあ、母さんやテムスとのときは大丈夫だったので、他にも条件はあるのかもしれないけれどね。
ただ、その条件がわからないので、夜一緒に寝ることが多い結婚相手とは特に気をつけないといけない。間違って相手もあちらの世界と繋がってしまったら、その影響は計り知れない。誰もがユーリルやリュザールのように納得してくれるわけではないと思う。
ん、そうなるとすでにつながっている風花やリュザールと一緒になったら気にすることはないのかな。
うぅー、だんだんと外堀が埋められていっている感じがするよ。
いろいろと考えていると、ユーリルが男の子を乗せた馬にまたがり、駆けて行くのが見えた。たぶん実技指導というやつだろう。
「本当にユーリルってうまいよね。ボクもそれなりだと思うけど、あそこまでうまく操れないかも」
操り方をやって見せて、そのあとは手綱を男の子に預けてやらせている。もちろん後ろの方では手綱を握っているので、万一の時は制御できるようにしているようだ。きっと、あの子は馬の扱いがうまくなるだろう。
パルフィもその様子を見て感心しているみたい。
「うん、私もあれほどは無理。あれだけの技を地球でも使えたらいいのにね、こっちだけじゃもったいない」
「地球では普段馬なんて使わないから、あるとしたら競馬か馬術になるのかな。竹下君は背が高いから競馬は無理だと思うけど、近くに馬術とか乗馬ができるところはないの?」
「どうかなあ、調べたことが無いからよくわからない」
あれだけの腕前なら馬術でオリンピックにでも出れるんじゃないのかな。近くで出来るところとか無かったっけ、一度探してみようかな。
そのあとはアラルクも一緒になったので、三人でとりとめもない話をしながら歩いた。
ただ……コルカからここまでの間、アラルクとはずいぶんと話して仲良くなったつもりだったけど、今日はなんだかよそよそしいし、元気がないように見えるのはなんでだろう。見えないはずの犬耳が、垂れているように見えるよ。
おっ! ユーリルが実技指導から帰ってきたみたいだ。
カスム兄さんからは喜ばれているし、パルフィがスゲースゲーって言っているのがここまで聞こえてくる。ユーリルもすごく嬉しそうだ、あいつ人に喜ばれるのを本当に嬉しがるからな。よかったなユーリル。
カインには夕方前に無事到着。
13日間留守にしちゃったけど、みんな元気にしているかな。