幕間 リュザール3
うーん、参った。今日は日本みたいだ。
ふわふわのベッドの上で目覚めた瞬間そう思ってしまった。昨日で終わりかもしれないと思っていたけど、今日も続いている。これはもうこういう物だと割り切った方がいいのかもしれない。
「さて、どうしよう」
昨日散歩のときに会った少年に会ってみたい気もするけど、なんて声をかけていいかわからない。
「散歩はやめておこうかな」
元々散歩する習慣はないけど、朝こんなに早く起きることは無かったから、時間を持て余してしまいそうだ。そういえば、あちらでは朝日とともに起きるのが当たり前だから、こちらでもそれに合わせてしまったのかも。
……散歩して時間を潰そうかとも思うけど、もしあの少年に会ってしまったら……もし変なことを口走ってしまったら……。嫌われたくないな。
今日は学校は休みで、午前中から家族で買い物に行く予定だけど、さすがにまだ誰も起きる時間じゃない。家の中をうろうろしてもみんなに迷惑かけるから、部屋で考えることにした。
「とりあえず今の状況を整理しますか」
向こうの世界は非常に文明が低いと思う。トイレはあれだし、お湯が張ったお風呂なんてなくて、水浴びしかできない。何も知らずにいきなり生活しろと言われたら、発狂するかもしれない。
でも私は向こうの世界が嫌ということはない。確かにこちらと違って何もないから不便なのは間違いないけど、生まれた頃からそうなのでそんなものだと思っている。
一生懸命にならないと生きていけないけど、常に誰かから必要とされているのは分かるから、むしろこちらより充実しているかもしれない。
場所はどこだろう……さすがに向こうの世界の文明の低さからいって、今の地球のどこかとは思えない。異世界って言われたらそうなのかもしれないけど……。
それにしても、どうして2つの世界を行き来するようになったのか、全く心当たりがない。こちらではきっかけになるようなことは何もなかったと思う。まあ、引っ越しはしたけどここに来たのは1か月以上前だから関係ないよね。
あちらではソルたちと会って、結婚の申し込みをしてって、そうだ私、いやリュザールはソルに結婚を申し込んだんだった。私もリュザールも、それまで誰かを好きになったことはなかったけど、確かにソルに会って、この人だって思った。
いいなあリュザールはソルに出会えて、私もそういう気持ちを感じてみたい。
あれ、なんだろう何か引っかかる……
うーん、何かあったと言えばこれかな、ソルと一緒にいたいって気持ちが引き金? あとは熱が出て、いつものようにみんなに迷惑かけて……情けないな、これじゃあソルに嫌われちゃう。早くタリュフさんに見てもらって元気にならないと。
「風花起きてる? ごはんよ」
「はーい。今行くー」
結構時間がたっていたみたいだ。考えるのはまた後にしよう。
翌朝は石造りの隊商宿の部屋の中で目が覚めた。
「朝起きると切り替わるのかな」
起き抜けに呟いてしまった。誰も聞いてないよね。
今日の食事当番はボクか。まだみんなが寝ているのを起こさないようにそっと抜け出し、かまどまで向かう。風花の知識があるって言っても、正直風花は料理をあまりしていない、目玉焼きや卵焼きが作れる程度だ。それも、そのままか、ただかき混ぜて焼いているだけだから料理といえるかは微妙だと思う。
その点ではリュザールの方が経験はあるのかもしれない。美味しいかどうかは別として……
「こんなことならお母さんに料理習っていたらよかった」
隊商での食事はあまり楽しい時間ではない。
隊商宿では料理を提供してくれないので、隊員が当番制で作るようになっているけど、美味しく食べ物を加工できる人なんていやしない。食事時間はべちゃべちゃになった野菜炒めや焦げた肉、大きすぎて具の中に火が通ってないスープなどを、どうにかして胃の中に押し込めるための時間となってしまっている。
これが理由で隊商を辞める人もいるくらいだから、何とかしたいと思っていたんだけど……。
昨日ソルとユティさんに作ってもらった料理を食べた時の幸福感。これだけで1日の疲れが飛んでいきそうだった。
もし明日、日本で目が覚めたら、お母さんに頼んで料理を教えてもらおう。もちろんこちらで作れるものを……
その後も同じように朝起きると、世界が切り替わるのを繰り返している。朝起きることで世界が変わるのは間違いないように思う。
昨日から早速お母さんに頼んで、料理を教えてもらうようにした。
『急に何があったの。いい人でもできた?』って聞かれたけど、隊員の健康維持のためとは言えない。
今日の学校が終わったらまた教えてもらわないといけないな……
9月に入り、転校初日の学校も無事終わり、帰る用意をしていたらクラスの男の子から声をかけけられた。
「ねえ、立花さん。俺は竹下って言うんだけど、ちょっといいかな」
竹下君?
「はい、なんでしょうか」
なんだかこの男の子、懐かしいような気がするけど、どこであったか思い出せない。
「会ってほしい人がいるんだ。来てもらえるかな」
竹下君について行った先で待っていたのは、あのとき川で会った少年だった。
「お待たせ。今度転校してきた立花風花さん」
竹下君、私を紹介してくれるみたい。
この前みたいに、変な事を言わないように気を付けないと……
「立花風花です。この前はありがとうございました」
うん、普通に話せている。
「え、立花って。あ、どういたしまして」
「そう、立花と同じ苗字だね」
「えーと、立花樹です。よろしくお願いします」
立花樹君って言うんだ。同じ苗字なんだ。なんだかうれしい。
「立花が言ってたのはこの立花さんで間違いないようだね、って紛らわしい。立花、今からお前のこと樹って呼ぶからな」
「え、うん、いいよ」
あ、いいな、私もそう呼びたい。頼んでみようかな。
「あ、あの、立花君っていうのも変な感じだから、私も樹君って呼んでいい? 私のことも風花って呼んでもらっていいから」
思わず言ってしまったけど、いきなりの名前呼びって、厚かましく思われないかな……
「え、え? 風花さん?」
「はい、樹君」
よかった、名前で呼んでくれた。
「ねえねえ、立花さん。俺も風花さんって呼んでいい」
「いいけど、竹下君の下の名前はなんていうの」
「俺は剛って言うんだけど、平凡だから竹下でいいよ」
剛君もいいと思うんだけど、コンプレックスでもあるのかな。
「あのー、風花さんはいつこっちに来たの?」
「私は夏休み入って間もなく、父の仕事の都合で引っ越してきて」
「僕よく散歩行くんだけど、会ったのはあの日だけだから、最近引っ越してきたのかと思った」
あ、やっぱりよく散歩に行っているんだ。
「あの日はちょっと頭を整理したいことがあって、いつもしないことをしたくなっちゃって」
「あ、それで。何か考え事してた風だったから」
「ごめんなさい心配かけちゃって」
「あの時僕を見てソルって言ったよね? 僕ね、その名前に心当たりがあるんだけど……」
ソルって……私が言ったこと覚えていて……えっ、今名前って……
「名前……。でもそんなわけは……」
『君はリュザールかい?』
「どうしてその名前を……」
あ、あれ、思わず答えてしまったけど、竹下君が話した言葉って、もしかして……
「あのね風花さん、よかったら説明をさせてもらいたいんだけど、今日時間あるかな」
樹君、何か知っているんだ。
「時間はあるけど、説明って?」
「あっちの世界とこっちの世界のこと。ここでは話しにくいから俺の家に来てもらえるかな」
「竹下君の家?」
「そう、呉服屋なんだ。少し話ができるスペースがあるし、ちゃんと人の目があるから安心していいよ」
竹下君の家に向かう間、二人は何気ない普通の会話をしてくれた。混乱している私に、落ち着く時間をくれたのかもしれない。
竹下君の家って呉服屋さんって聞いていたけど、結構大きい。古い佇まいでショーウインドウは無いけど、入り口のところには立派な暖簾がかかっている。
「わあ、きれい。呉服屋さんに入ったの子供の頃以来かも」
前に来たのって、もしかしたら七五三の時じゃないかな。
「この店はこの町でも大きい方だからね。品ぞろえはいいと思うよ。風花さんは背丈もちょうどいいから似合いそう」
今度お姉ちゃん来たら連れて来てやろうかな。こういうの好きって言っていたから。
「母さん商談室借りるね」
商談室ってあるんだ。
「剛お帰り、お客さんかい」
「うん、立花の彼女連れてきた」
!!!
「えっ! 立花君の!」
「ちょっ、ちょっと、竹下。ご、ごめんね風花さん」
いえ、私こそごめんなさい。
「へぇー、風花さんっていうのね。いらっしゃい。ふふふ、可愛いお嬢さんじゃないか。立花君も隅に置けないね」
竹下君のお母さんかな、そういうんじゃないです。
「お、おばさん、彼女じゃないです。今日は話が合って来てもらっただけで」
そうそう。
「照れなくてもいいから。真由美さん知っているのかしら」
真由美さんって樹君のお母さん?
「母さんごめん。三人で話があるから」
「あらあら、飲み物は好きに飲んでいいからね。ゆっくりしていってね」
1階の着物を展示している横にガラスで仕切られたスペースがあった。着物を見ながらゆっくりと考えたり、カタログを見たりするところなんだろう。
うー、まだ顔が赤い気がする。
「何飲む?」
「じゃあ、コーヒー」
樹君はコーヒーか。
「風花さんは」
「私もコーヒーを」
「3人ともコーヒーか。少し待っていてね」
「ごめんね風花さん。竹下は少し人をおちょくることがあって」
「いえ」
びっくりした。でも竹下君どうしてあんなことを言ったのかな。
「はい、お待たせ。暑いからアイスにしたけどよかったよね」
そういえば汗をかいていた。冷たいものが欲しかった。
「樹は説明してないの?」
説明って、あっちのことを説明してくれるのかな。
「そう睨むなよ、樹。あのね風花さん俺はユーリル。わかる?」
えっ? えっ? どういうこと?
「ユーリルって。あのマルトで一緒になった」
「そうそう。そしてこっちが」
「ソルです」
樹君が?
「ソル? だって女の子……」
「風花さんはリュザールでしょ。でも女の子じゃん」
「あ、そうか」
そうか、樹君はソルなんだ。だからあの時そう感じたんだ。
そのあと、樹君と竹下君はあの世界のこと、どうしてこうなってしまったかを話してくれた。
「というわけ、だから僕が手を握って眠ってしまったばっかりに、風花さんに迷惑をかけてしまって」
「でもあれはボクが頼んだことだから、それに数日過ごして分かったんだけど、そんなにいやじゃなかったよ。いやむしろ楽しい方が多いかな」
やっぱりソルと一緒にいたいって気持ちが、こちらでも一緒にいれるようにしてくれたんだと思う。
「そう言ってもらえると助かるよ。多分だけど、一度繋がっちゃうともう切り離せなくなると思うから」
「切り離せないのか。でも、大丈夫だよ。こっちでは樹に会えて、あっちではソルに会えるんでしょ。ボクは問題ないよ」
そう。ソルは樹で樹はソルだ。一緒にいることができるなら、どちらの世界とか問題じゃない。
「やっぱりお前たちラブラブじゃねえか」
「え、いや、僕は」
「ボクはソルをお嫁さんにするから、樹はボクをお嫁さんにしてね」
この世に神様がいるのかわからないけど、私は伝えたい。樹、そしてソルに会わせてくれた幸運に感謝を……




