第36話 病気のユーリル
結局アラルク達を迎えにカイン村を出発できたのは、おじさんたちに硬貨の話をしてから20日が過ぎていた。
竹下に荷馬車の模型を渡してからのユーリルは、それまで以上に頑張ってしまって、体の調子を崩してしまったのだ。本人は迷惑をかけまいと黙っていようとしていたようだけど、明らかに様子がおかしかったし、テムスからも夜寝てるとき辛そうだったと聞いていたから、問い詰めて休ませることにした。
「ごめんよソル。こんなんじゃ僕、役立たずだよね」
病気になって気弱になっているようだ。
「役立たずってことはないから。ユーリルは大切な家族だし、いてもらわないと困るから早く良くなってね」
「本当にごめんね」
「気にしなくていいから。コルカ行きは元々遅れそうだったし、置いて行かないから安心して休んでていいよ」
テムスが心配して、ユーリル兄ちゃんの看病は僕がするって言うから任せることにして、私はコルカ行きの準備をすることにした。
実は薬の準備が少し遅れていた。余裕を持って一か月分を作って置く予定なんだけど、自然の薬草は思った通りにできるわけでもないから、その材料を集めるのに苦労してたのだ。
ユーリルのことは心配だけど、ユティ姉と協力して早く薬草を集めないとコルカに行くこともできなくなる。
工房の方はニサンが代わりに頑張るって言ってくれた。今度コルカに行くときには、ニサンを工房の責任者にしようと考えていたから助かった。
翌朝メールで竹下はごめんと連絡してくる。
こちらの体調はと聞くと、まったく問題ないけどやる気が出ないそうだ。
うん、わかる。二つの世界は全く別々だけど、やっぱり繋がっていると思う。僕も何度か病気になったことあるけど、違う方の世界でも調子が悪くなってることが多い。逆にこちらの世界で元気になれたら、あちらでもすぐよくなるような気がする。
だから、今日は竹下を元気づけるために一緒に遊ばないといけない。
朝ごはんを食べた後、早速竹下の家に向かう。
まだ、お店が開いてる時間ではないけど、入り口は開けてくれていたので、おばさんに挨拶をして竹下の部屋まで向かう。
「おばさん。おはようございます」
「おはよう立花君。なんだか剛、朝から様子がおかしいのよ。病気では無いようなんだけど、悪いけど元気づけてもらえる」
「はい。そのために来ました」
部屋の上がると竹下は、お通夜のような顔で出迎えてくれた。
「ごめんな」
「いや、謝んなくていいから」
「でも、みんなに迷惑かけてしまって申し訳なくて」
「誰も迷惑とか思って無いから。みんないてくれてよかったって思っているし、頑張りすぎているのを心配してたんだから。さっさとよくなってみんなを安心させないとね」
「うん、頑張る」
「だから頑張らなくっていいって。それよりもこっちで元気出した方が、経験上あっちでもすぐよくなるから。だから今日は一緒に遊びます。さあ、どこ行きたい」
「どこと言われても。……そういうことなら体動かして、スカッとした方がいいような気がする」
朝からできて、2人して騒いでも怒られなさそうなところは、
「そうだ、ボウリングに行こうか」
「ボウリングか、しばらくやってないな」
ストライクが決まったら気持ちがいいし、ガターでもそれはそれで盛り上がる。
早速、市内にあるボウリング場へと向かうことにする。
電停まで歩き、ボウリング場まで行くことができる電車を待つ。しばらくして来た電車にはほどほどに乗客が乗っていた。今日は平日でまだ通勤客がいる時間帯だけど、ボウリング場までは郊外の方に向かうのでそこまで混雑していない。20分ほどで目的地の電停までついた。
ボウリング場に着くとまだ朝だというのに、ボウリングのピンを倒す音が何か所からも聞こえる。
よく見ると年配のおじいちゃん、おばあちゃんたちが多いようだ。中には揃いのユニフォームを着ているグループもいる。
受付を済ませ、案内されたレーンに行くと同じリターンラックの所には年配のご夫婦がプレイしていた。
「おはようございます。お邪魔します」
「おはようございます」
「おはよう。あら、朝から若い子が来るのは珍しいわね」
「おはよう。君たちはボウリングをよくやるのかい」
「いえ、ほとんどやったことが無いです。お二人はよくやられるんですか」
「私たちは健康のためにたまにね」
「この年になると時間だけは有り余っているからな」
お二人にお隣よろしくお願いしますと言い、竹下とボールを取りに行った。
あーでもないこーでもないと、お互い適当な知識を披露しながらボールを決めレーンに戻ると、お隣では次のゲームを始めていた。
少し眺めていると、おじいさんもおばあさんも、軽いボールを投げながらもきっちりとストライクと取って行っている。
「すごいね」
「うん」
僕たちも負けまいと早速始めることにした。
うん、ガターもあるけど、たまにはストライクが出たりして楽しい。スコアは散々だけど竹下も笑っている。来てよかった。
それにしてもお隣のおじいちゃんたちはうまいな。僕たちと違って軽くボールを投げているようなのに、うまい事ピンを倒していっている。
コツを教えてもらえないだろうか。と思っていたら、早速竹下が聞いている。
「すみません。お二人ともものすごくうまいのですが、何かコツでもあるのでしょうか」
「コツと言いますか、私たちは昔からやっていますからね、どうしたらいいのかわかっているだけですよ」
「君たちのを見させてもらったけど、力任せに投げているようだからな、それではなかなかうまくいかんだろうな」
「なんか、ピンを倒すのに力がいるような気がして」
「最初はそう思う。でもやっていくうちに、それではうまくいかないことがわかって工夫するようになる。でもその工夫の仕方は人それぞれだからな。正解なんてない」
「そうそう、私も若いころはもっと重いボールで投げていましたけど、今は無理だから軽いボールでピンを倒せるように工夫しているだけですよ」
「ありがとうございます。何とかやってみます」
「自分に合った方法を探してやっていくしかないからな。あまり気負わずやることが大事だよ」
その後ご夫婦は帰っていき、僕たちはもう1ゲームやることにした。
お二人の指導の下、力任せに投げるのはやめ、それぞれが自分に合った方法を試しながらゲームを楽しんだ。
「わはは、散々だったな」
帰りの電停までの道のり、竹下が笑っている。
「うん、なかなかうまい事行かなかった」
「特に二人とも後半は無茶苦茶になって、なかなか面白かった」
「自分に合った方法って難しいね。でも最後の方はいい感じにいってた気がする。多分次はすごいスコアを出すよ」
「立花は楽天家だな。でも今日はありがとうな。俺自分でもどうしたらいいかわからなくなっていた。カインに来てみんなに喜んでもらって、次も喜んでもらうために頑張らなきゃって思っていて、その結果無理しすぎてみんなに心配かけて、自分が情けなくなって」
そのまま竹下は話を続ける。
「きっとあのおじいさんとおばあさんは、何度も何度も諦めずに繰り返して自分たちに合った方法を探してきたんだと思う。失敗をしても諦めずに何度も何度も。……俺たちはまだ始まったばかりだよな」
「うん」
「なら、何度失敗したって諦めなければ自分に合った方法が見つかるかもしれない。あー、力が抜けた気がする。今夜はゆっくり眠れそう」
竹下は急にテラに来ることになって、大丈夫だと言っていたけどたぶん無理していたんだと思う。それに体が耐え切れなくなっていたんだろう。
「竹下が元気になってよかった」
「俺、明日から無理せずに頑張っていくから」
僕はこちらの生活を犠牲にして、テラの生活をよくしなければならないと思い込んでいた。それは違うと気づかせてくれたのは竹下だ。彼が苦しんでいるのなら手を差し伸べるのは当たり前のことだ。
「頑張っていくのはやめないのな」
「だって、テラでの生活楽しいからね。やる気だけは止められない」
「ほどほどに頼むよ」
翌日にはユーリルの熱も下がって、普通通りになったみたいだった。もちろん無理はさせられないので、念のため数日は休ませることにした。ユーリルもおとなしく言われた通りに休んでいる。
「調子はどう?」
「もう全然平気。すぐにでも働けるけど、言われた通りに休んでおくよ。ところで一体何の病気だったかわかる?」
「たぶんだけど、知恵熱だって」
私は父さんから聞いていたユーリルの病名を伝えた。
「知恵熱!? あの赤ちゃんがかかる」
ユーリルはがっくりとしている。
「でも赤ちゃん以外は知恵熱とかないから、ストレス性高体温症ってやつだと思う」
「これって不治の病とかじゃないの」
「いや、ストレスが無くなったら解消するはずだよ」
「そっか、ならもう安心だ。ストレス無くなったから」
「でも、無理したらだめだよ」
「うん、もう大丈夫」
そのあと2日ほど様子を見たけど、ユーリルも問題ないようだし、薬の準備も済んだので明後日コルカに向かって旅立つことになった。
読んでいただきありがとうございます。
最近ボウリングに行けてない、こういうご時世だから仕方がないけど、早く普通の生活に戻りたい。