第34話 呉服屋での出来事
「朝からすでに暑い……」
まだ夜が明けたばかりだというのに、もう30度近くあるような気がする。案の定、時計についている温度計は29度を差していて、今日の最高気温のことを思うとうんざりしてしまう。
部屋にはエアコンがついているけど、熱中症の心配があるとき以外は使わないようにしている。こちらでエアコンに慣れてしまうと、テラでの生活が辛くなりそうだから。
テラの方は日中の温度は高くなるけど、朝夕はグッと気温が下がりむしろ寒く感じる。湿度は低いけど温度差があるから、高い気温に慣れておかないと体に不調を感じることもあるのだ。
いつも行っている朝の散歩は今日は休みだ。ここまで暑いとむしろ体に悪そうで、その代わりに朝のうちに夏休みの宿題や復習を済ませ、昼間は友達と遊んだり、休みの日には家族と出かけたりしている。
竹下にメールをして、いつ頃行ったらいいか尋ねたら、昼過ぎ1時から休憩になるからその時に来てくれと返信があった。
時間になったので家を出る。そろそろ最高気温を記録しそうな時間帯だ。帽子をかぶってないと頭の中が溶けそうな気がする。
竹下の家はうちから5分ほどのところにある。1階、2階がお店になっていて、3階より上が住まいだ。家に行くためにはお店の中を通らなくてはならないので、昔から遊びに行くときは1階のお店に挨拶してから行っていた。
今日も同じように1階のお店の入り口をくぐる。
「ごめんくださーい」
店の中は空調が効き、程よい涼しさだ。
「あら、立花君いらっしゃい。剛! 立花君が来たわよー」
和服を着た竹下のお母さんが出迎えてくれた。いつもは洋服でお店にいるから、創業祭はとっても大事なイベントなのだろう。
「はーい」
店の奥からこれも和服を着た竹下がやってきた。和服姿は初めて見たかもしれない。
「立花いらっしゃい。……なに呆けた顔してんの」
「いや、ごめん。これって何て言ったっけ」
「ふふふ、馬子にも衣装かしら」
そうそれ! それが言いたかったんです。
「母さん。言い過ぎ。俺休憩入るからね」
「はい。お疲れ様。立花君もゆっくりしていってね」
2階に上がり、お店のバックヤードを抜けて3階の竹下の家へと行く。そのまま部屋に行こうとするので、「食事しないの」って聞いたら、お客さんと一緒に、お菓子とかお饅頭とか食べていたらしく欲しくないそうだ。
「ふー疲れた」
部屋に着くなりベッドに座り込んで竹下はつぶやいた。
「お疲れ様。お客さん多かったの?」
「お客さんも多かったけど、着物に着疲れして」
「着物珍しいよね。今日は創業祭だから?」
「そう、毎年この時だけは着ることになってる。見たことなかったっけ?」
「初めて見た。一瞬誰かと思ったよ」
竹下の恰好は、テレビの時代劇のお店の若旦那風に見える。元々素材がいいのでいい男に見えなくもない。
「普段から着ていないつけが! 呉服屋がこんなんじゃいけないのに」
「呉服屋さん継ぐの?」
竹下は長男だから普通ならお店を継ぐ立場なはず。
「父さんはこんなご時世だから、呉服屋に拘らず他の仕事に就くようにって言われてる。でも俺は、やり方次第で何とかならないかとは思ってんだけどね」
「そっかー、何か手伝えることあったら言ってね」
竹下にはお世話になりっぱなしだ、何か返せる事があったら返していきたい。
「ありがと、それよりも持ってきてくれた」
家から持ってきた荷馬車の模型を竹下に渡した。
「これ、分解してもいいの?」
「うん」というと、早速分解を始め、「なるほどこうなってんか」って呟いている。
「わかりそう?」
「たぶん。実物見たことなかったし、ネットとかで探してもうまく見つからなくて、細かいところが曖昧だったんだよね。模型が売っていたんだ。盲点だった」
「それ僕が持っていても仕方がないから竹下が持ってて。セムトおじさんが早く荷馬車が欲しいみたい」
「セムトさんたちが荷馬車で交易やり始めるなら、硬貨を作らないと大変になるよ」
「そうだよね。明日セムトさんのところに行って、話してみようと思うから付いて来てくれる」
「OK」
「そういえば明日は登校日だよ。創業祭大丈夫なの」
「行けるよ。毎年行ってんじゃん」
そういえばそうか、登校日には毎年会っていた。登校日に休むと意外と目立ち、夏休み明けに冷やかされる運命になる。
そのあとは疲れているだろうからと、帰ろうとするのを止められ、時間いっぱい付き合わされた。何でもお客さんはおばちゃんたちが多くて、そのパワーにはたじたじらしい。
「年上好きじゃなかったっけ」
「俺の守備範囲はお姉さんて言えるくらい」って、お姉さんって呼べる範囲も人それぞれな気がするけど。
あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「皆さんいつもお読みいただきありがとうございます」」
「こっちのパターンは初めてだね」
「うん、いつもはソルとユーリルだからね」
「でも見違えたっちゃよ。あんなに変わるもんなんだね」
「樹も馬子にも衣裳って言いたいの?」
「それもあるんだけど、いつも着てたらいいのに」
「それもあるんだ……まあいいや、和服だと自転車とか乗りにくいんだよね」
「あ、なるほど、ズボンみたいに裾が分かれてないもんね。そういえば、和服のしたってどうなっているの?」
「どうって、見てみる?」
「うん」
「へえ、生地を巻き付けているだけなんだ。パンツ見えちゃわない?」
「いつもはステテコ履いてるけど、今日みたいに暑い日はそのままだから裾めくれないように気を付けてる」
「ほお、どれどれ」
「やめろ!」
「「皆さん次回もお楽しみに―!」」