海賊任務完了
相変らずパーティ会場には大勢の人がいた。単なるディナーをとる生活の場が社交の場になる。そうしていつの時も気を抜けない。なんと世知辛いことだろうか。
軍関係者が多いのか、今回は体格の良いものが多い。
まあ、動作が洗練されているものばかりだから大方陸軍上層部の子弟というところだろう。
俺はアリシアの手を取って優雅な曲が流れるダンスホールへと足を踏み入れた。
「あ、提督」
人だかりができている。一体何事かと眉をひそめると、色気より食い気の海兵が声をかけてきた。それからアリシアに気づいて「うおー」と感激している。(何しに来たんだ。)
「この人だかりは?」
「ああ、なんかどこかの王子様が立ち寄ったそうっすよ」
「王子??」
なんだそれは。不審者じゃないのか? この会場にはかなりのお偉方も来ている。警備のものは……
「大丈夫っすよ。礼儀作法は完璧だし、ダンスも上手いし。
王族って言っても、最近じゃどんどん小さな島国が発見されてるし、本国の煌びやかなパーティにあこがれた田舎王族がやってきたんだろって、ミルフォード先輩も言ってました。大体不審者にしては目立ちすぎっていうか、」
海兵が急に話を止めたので何事かと視線の先を見やると、人ごみに急に道が現れた。
キャプテンキースとしての人生が長かったから、久々に王族の格好をしてもコスプレにしか思えないなと俺は苦笑した。
正直、こんな服着てダンスを踊るなんて、何十年ぶりだろうか。黒い髪を綺麗に整えなおし、金の刺繍の入った夜会服。男性用とはいえ派手すぎて、着てて自分でも大爆笑してしまったほどだ。だが、大きな宝石のブローチも、最上級の皮でなめされたブーツも、全ては大きな獲物のためだ。金に糸目をつけずに買い物するのもたまにはいいもんだ。全身を姿見で映して、別人のようになった自分に満足する。
曲の区切りが良いところで一緒に踊った奴の手を離してやると、「ほう……」と赤らめた顔でため息をついて、そいつは席へと戻る。窓側ではヨシが「キースも意外と派手好きやったとはな」と苦笑しているのが見えるな。シムにいたってはピエロの服装でケーキテーブルの主と化している。
俺もいつもなら、こんなまわりくどいことはしないがな
最後の仕事くらいこんな余興がついても良いだろ?
アリシアがシャムロックに手を引かれて入ってきたとき、一瞬でわかった。
さてと、ここからが本番とばかりに、俺は帽子を深めにかぶってゆっくりと歩き出す。
最後の獲物へと。
黒いドレスが白い肌に良く栄えるアリシアの前に立つと、唇の端を上げて、俺は彼女の前にひざまづいた。
少し上目遣いに見上げて手を差し出すと、綺麗に着飾った人形のようなアリシアの瞳に見る見る光が戻ってきて、
―――そう。この瞳が好きだ。
彼女はゆっくりと手を俺の手に重ねた。
「では1曲」
あっけにとられたシャムロック提督に軽く会釈すると、俺はそのまま彼女をダンスホールへと引っ張っていく。
新しく曲が流れた。黒いドレスの彼女と、黒いコートの俺と。
歩調にあわせるように、ゆったり曲がつづられる。
手をつなぎなおして中央へ。
「キース様、ビックリしました」
少しはにかんでアリシアが楽しそうに笑う。
だっていつもは、海賊服にキャプテンハットなんですもの。
「アリシアもな」
つられて俺も笑う。
いーっつも、俺の服を奪って着やがって。だがこのド派手なのは着れんだろ?と囁くと、そうですね、と返ってきた。前に、後ろに、ステップを踏むごとに、こんな顔もあったものだと発見だ。シムが楽団席に移動してリクエストしているのが目の端に映る。
「で、もっかい聞くがアリシアはどうしたい?」
このままここに残りたいならそれでも良いぞ。
リズムが段々速くなってくる。
アリシア俺はが他のやつらにぶつからないように、腰に回した支えの手にしっかりと力をこめた。
「キース様といっしょがいいです」
「上出来だ」
更に更にとリズムが早くなり、最高潮に達した時、俺はもう片方の手で腰に装備していた銃を素早く抜いて天井に向かって発砲した。
轟音と悲鳴が混ざった後、部屋の電気が消え、逆にシムがさっきまでいたところのケーキのろうそくに一斉に火がついた。船の誰かがうきうき作っていた海賊ケーキランプに皆が注目している間に、俺はアリシアを抱えたまま、ヨシの確保していた窓からバルコニーへと走り出る。
パーティ会場にはすぐに明かりがつき、
お偉方は大掛かりなビックリショーだと思ったらしい。
拍手なんぞして、ケーキの出来栄えを誉めている奴もいる。
「アリシア!」
だが、1人完全に気がついていた男もいたな。
明かりが消えた瞬間一直線にこっちに向かってきた奴がいる。
「シャムロック様……」
アリシアの腰は掴んだまま彼のほうに向き直らせてやる。
「もっと早くにお気持ちを知っていれば変わっていたのかもしれません。
けれどももう元には戻れません。籠の中は、窮屈で仕方ないのです。
次に私を捕まえましたら、今度は死刑にしてくださいね」
困ったように微笑む彼女に、シャムロックは悲しそうに目を伏せた。
ああ、こいつ、アリシアのことを好きだったんだな。
「指輪、お返しします。
こんな私のことを気に掛けていただき本当に、本当に有難うございました」
アリシアは指輪をバルコニーのテーブルの上に置くと、心からにっこり微笑んだ。
ありがとうございました。声には出さず、もう一度。
「アリシア。逃げ延びてくれ」
シャムロックは、それだけやっとのことで言うとふわりと笑った。
「じゃあ行くぞ」
「はい! ……ってどこにですか?」
いや、そんなに真剣にボケんな。
「船へ戻る」
俺はそう言うなりアリシアの体を抱えてバルコニーから身を投げた。
「――――!!!???」
下は断崖絶壁。
アリシアの悲鳴にならない悲鳴に苦笑しつつ2人でどんどん落ちていく。
ちょっと高かったか?
落ちながら彼女の顔を覗くと、ぎゅ―っと目を瞑っていやがる。
上を見ると真っ青になったシャムロックが覗いているのが見えた。
アリシアを抱く手に力をこめつつ、俺は聞こえるかわからないがと思いつつ大きな声で叫んだ。
「俺は伝説の海賊だからな! 取られたものは取り返したぞ!!」
――ここからじゃ見えるはずもないけれど、
少しシャムロックが笑って手を振ったような気がした。
大丈夫。もうこの手を離したりしない。
パラシュートの紐を引っ張ると一瞬上昇して……そうして崖の下に停泊していた船に戻った。
ヨシや、シム……その他この任務に参加した者達が待っているこの船に。
「死ぬかと思った」
甲板につくなりアリシアの第1声はこれ。まだ恐ろしかったのか少し体が震えている。
甲板の上に用意されたクッションの上で、クルー達は歓声を上げてで拍手した。
任務完了か。
「奪いに来てやったぞ?」
ヨシからいつものキャプテンハットを受け取ると俺はニヤリと笑った。
アリシアは一瞬真っ赤になって、
「格好付けすぎです!」
って、照れたように笑いながら俺に抱きついた。
立てるか?と聞いたら腰がくだけました……と苦笑まじりに返ってきて、そういいつつ一生懸命に抱きついてくる彼女が愛しくて
「そのままでいい」
押し倒してキスをした。
あんまりに激しいキスだったものだから、皆真っ赤になって後ろを向いてしまって。
パラシュートをかぶって、そのまま続けると辺りからは1人、2人と気配が消えていく。
船は海を横切って岸からどんどん離れていく。
辺りから音が消えて
夜空には幾億もの星がきらめいて、
月の光だけが辺りを照らし……
止まっていた時が、ゆっくりと動き始めた。
いつの日にかあの鳩が落としていった羽は、誰も知らないところで粉々となり、風に乗って消えていく。
俺たちの船は夜明けを迎えると黒から白へと変わっていった。
何がどう変わったわけでもないけれど、俺たちは自分の時が動き出したことを感じる。
「キース様……?」
アリシアの髪をなでながら微笑んでやると、彼女は
「またキース様の服をお借りしなきゃいけませんね」
と笑った。
不思議なことに俺たちの島があった所には、新しい島ができていた。
もう次の100年を生きることはできないだろうけれど
誰かに取り残されていくこともなく……進化し、成長できる。
ここを拠点として、残された時間を精一杯生きていこう。
アリシアといっしょに。
海賊と海軍、とても王道の組み合わせですが、それだけに個人的な趣味で書いてみたかった題材でした。拙い文章にもかかわらず、ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。




