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【ジェームズ視点】世界1位の英雄は、人類の希望として嘘をつきつづける

ここからジェームズ視点に入り、少し暗くなります。

† メキシコ・特級ダンジョン「太陽の神殿」 †


標高3000メートル。そこは、灼熱と咆哮が渦巻く、文字通りの焦熱地獄だった。


かつてマヤの神々を称えた極彩色の壁は、溢れ出した数千の魔獣たちが放つ瘴気と熱量によって赤黒く焼け爛れている。


空間を埋め尽くすのは、陽炎のように揺らめく濃密な魔力と、獲物を求めて猛り狂う魔獣の群れだ。


地を埋め尽くす重厚な石像、空を覆う骨の翼。

特級という絶望的な難易度を誇りながらも、そこにはまだ、叩き潰すべき「敵」と、燃え盛る「命」の熱があった。


その炎上する戦場の頂に、ジェームズ・ホークは立っていた。


身長190センチ近い、岩山を思わせる圧倒的な巨躯。漆黒のタクティカル・ロングコートが、吹き荒れる魔力の暴風に激しくなびく。


彼は静かに、その眼を開いた。


「――世界よ、静まれ」


それは、ジェームズが変身のたびに必ず口にする、半ば自分自身への命令だった。

(……世界なんて、本当は一秒たりとも静まりはしないくせに)


キィィィィィィィィン!


鼓膜を突き刺すような高周波。

ジェームズの銀色の瞳が、内側から溢れ出す神光によって、融解した水銀のような白銀へと変貌する。


彼の背後から周囲にかけて顕現したのは、整った美しさを持つ結界ではない。

ところどころが欠け、歪んだ「黄金の重環(多重リング)」が、背中を覆い尽くすほどの巨大なスケールで展開される。

何重にも食い違いながら独立して高速回転するその重環は、回るたびに空間そのものを軋ませ、バチバチと銀色の放電を周囲へ撒き散らしていた。


中心で明滅するのは、数式ではなく「世界の骨」を剥き出しにしたような、荒々しい結晶体だ。

短く刈り込まれた髪は、魔力の奔流に煽られ、白銀の炎となって天へと溶け出していく。


一歩、彼が踏み出すだけで、足元の石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。

それは、暴力によって無理やりこじ開けられた、攻撃的な「戦場の聖域」だった。


「――聞こえるか、人類」


地響きのように重く、それでいて気高く響く声。

ジェームズは、周囲を高速で旋回するライブ用ドローンカメラへと、不敵な視線を向けた。


「怯える必要はない。……この背中が、お前たちの安寧を守り抜く防波堤だ」


口角を不敵に吊り上げた、圧倒的な王の笑み。


その瞬間、画面の向こう側で、世界中の「恐怖」が「熱狂」へと塗り替えられた。


爆発的なスパチャ。判読不能な速度で流れるコメントの濁流。


1億人の「希望」という名のエネルギーが、彼一人に集中する。


麓から押し寄せるのは、もはや生物の定義を外れた異形の津波。


血と泥を固めたような重厚な石造りの巨像、剥き出しの骨の翼を広げる飛竜、そして輪郭をデジタルノイズのように激しくバグらせながら迫る魔獣の群れが、神殿を真っ黒に塗り潰していく。


それは、本来なら地上の生態系の一部であったはずの命が、ダンジョンの呪わしい魔力によって無残に作り変えられた姿だった。


狼のような四肢を持ちながら、その頭部には巨大な一つの眼球が埋め込まれ、裂けた口からは触手がのたうち回っている。


あるいは、猿に似た骨格をベースに、全身から鋭利な結晶の刃が突き出し、動くたびに空間を切り刻む異形の猿。


ジェームズは無造作に右手を突き出した。掌を眼下の軍勢に向け、五指を力強く広げる。


「絶望の時間は終わりだ。――こわければ瞬きしてろ。一瞬で済ませる」


透明な鍵盤を叩くように、空中で人差し指だけを、力強く振り下ろした。


万象の(ユニバーサル)共鳴(レゾナンス)


――ドォォォォォォォォン!!


音より先に、衝撃が走った。


ジェームズの指先を起点に、鋭利な「銀色の同心円」が爆発的に拡大し、魔獣たちを呑み込んでいく。


波紋が通過した瞬間、数千の魔獣たちの身体に、目に見えないほど細かな亀裂が走り抜けた。

ピキ、ピキピキピキッ――。凍った湖面が一気に割れるような、硬質な崩壊音。


次の瞬間、断末魔すらなかった。

地を埋め尽くしていた数千の軍勢が、さらさらと音を立てて崩れ落ちた。

肉も、骨も、鋼の装甲も関係ない。


あらゆる物質の固有振動数を強制的に書き換え、一瞬で存在を灰色の砂へと還す。

見ている側には、ただ「そこにいたものが丸ごと消えて、砂だけが残った」ようにしか見えない。


この一撃は、世界中で「神の制裁」と呼ばれている。


「……ふぅ。掃除完了だ。」


ジェームズは悠然と肩を回し、カメラへ静かに語りかける。


背後の歪んだ多重リングが静かに明滅し、白銀の瞳がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。


「安心しろ。……俺がいる限り、太陽は沈ませない」


親指を立てたその姿はあまりにも神々しく、守護者としての威厳に満ち溢れていた。


(Comments)

【JH絶対主義】きたああああああああ!!一瞥で全滅!!

【銀瞳の追っかけ】「太陽は沈ませない」……一生ついて行きます王!!

【JH隊員】指一本で軍勢を「削除」した……これが人類最強、ジェームズ・ホーク!

【メキシコ市民】神様……ジェームズ様!私たちの国を救ってくれてありがとう!!

【人類の希望】この背中がある限り、世界はまだ終わらない!!

【分析班・伍】今の見たか? 出力だけじゃなく空間密度そのものを固定したぞ。

【JHエリート】ジェームズ・ホークこそが、この時代の太陽だ。


ジェームズはこの瞬間も、1億人を超える視聴者の期待に応え、世界に勇気を与える「神」であり続けていた。



カメラのレンズがジェームズから逸れ、ドローンが帰還の電子音を鳴らす。

ライブ配信終了の赤いランプが消えた、その瞬間だった。


「――っ、……はぁ、……っ」


天を衝くように伸びていた190センチの巨躯から、力が抜け落ちる。

鋼のようだった背筋が丸まり、ジェームズは灰色の石段に崩れるように腰を下ろした。


キィィィィィィィィ……!!


脳を焼き焦がすような高周波の金属音が、待ってましたと言わんばかりに音量を上げる。


一億人の歓声という膜が剥がれ落ちた耳の奥に、ジェットエンジンの真横にいるような、暴力的な「空間の悲鳴」が突き刺さる。


激しい動悸を抑え込みながら、ジェームズは鉛のように重い手つきでコートの袖をめくった。


「……また、広がったか」


そこに露わになったのは、かつての屈強な面影を残す腕ではない。


手首から肘にかけて、皮膚を内側から宝石のように突き破り、透き通るような「白銀の結晶」が侵食を広げていた。


配信中神々しい後光として一億人を熱狂させたその輝きは、至近距離で見れば、生物を純粋な無機物へと昇華させていく残酷なまでに美しい結晶化そのものだ。


指先で触れるとそれは死体のように冷たく、もはや血の通う温もりすら残っていない。


変身を解く。神の如きオーラ、そして背後で荒々しく回転していた歪な黄金の重環(多重リング)が、粒子となって夜の闇へと霧散していった。


同時に、天を指していた白銀の炎のような髪がその勢いを失い、元の力ない短髪へと戻る。


ジェームズは、静かにまぶたを閉じた。

戦いを重ねるごとに、己の肉体が確実に「終わり」という名の完成へと近づいている事実。


それを理解しながらも、蓄積した疲労の果てに心までもがひび割れ、鈍い麻痺に呑み込まれていくのを、彼は他人事のように感じていた。



数時間後。

管理局が手配した、中産階級の年収が瞬時に吹き飛ぶほどの贅を尽くした、最高級ホテルのスイートルーム。


テーブルには、メキシコ最高のシェフがその腕を振るった、至高のテンダーロインステーキが鎮座していた。

芳醇な肉汁の香りと、完璧な焼き色の視覚情報が、脳に「これは美味なはずだ」と強く訴えかける。


ジェームズは無表情に肉を切り分け、口に運んだ。


(……やはり、ゴムを噛んでいるようだ)


舌の上で、肉の熱と、繊維が千切れる食感だけは伝わってくる。

だが、脂の甘みが立ち上がる前に、頭の奥で鳴り続ける暴力的なノイズが、その脳内信号をすべてかき消してしまう。


噛めば噛むほど、それは豊かな食事から、ただ「熱を持っているだけの物質」へと変わっていく。

どんなに高価なワインを流し込んでも、喉を通るのは無機質な液体でしかなかった。


彼にとって、食事とはもう喜びではない。


彼にとっては濡れた段ボールを噛んでいるのと同義だった。

生存に必要な栄養素という名の記号を、胃袋という名の焼却炉に放り込むだけの、虚しい作業に過ぎなかった。



深夜、闇の中で世界ランク1位、ジェームズ・ホークは死んでいた。


肉体が滅びたわけではない。だが、その魂はあまりにも長く「絶望」という名の砂漠を歩きすぎ、もはや一滴の潤いも残っていなかった。


漆黒の部屋。照明はすべて消している。しかし、視覚を遮断しても安らぎは訪れない。


キィィィィィィィィィィィン……!!


脳を直接研磨剤で削られているような、狂気的な高周波の金属音。空間の歪みが発する「世界の悲鳴」は、24時間365日、ジェームズの頭蓋骨の内側に反響し続けている。


それはかつて彼が「神」の如き力を振るい、数多のダンジョンを粉砕してきたことへの、回避不能な報いだった。


英雄になればなるほど、世界を救えば救うほど、彼は「人間」であることを剥奪されていく。


ただ世界の終わりを感知し、それを一身に受け止めるだけの「高精度なセンサー」へと成り下がっていった。


(……うるさいな)


耳を塞いでも無駄だった。鼓膜が音を拾っているのではない。壊れた世界と共鳴し続ける彼の「魂」そのものが、絶え間ない世界の震えを直接拾い続けているのだ。


安眠という概念は、三年前、ランク1位に登り詰めた時に捨ててきた。彼に許されたのは、このノイズに意識が焼き切れるまでのわずかな数十分、死んだようにまぶたを閉じることだけだ。


ジェームズ・ホークは、世界に「大丈夫だ」と嘘をつき続けるための、巨大で空虚な、歩く彫像だった。


誇りも、名誉も、かつて愛した食事の味でさえ、彼をこの世に繋ぎ止めるくさびにはならなかった。ただひたすらに内側から摩耗し、己という存在が粉々に砕け散るのを待つだけの、救いようのない袋小路。


振り下ろす拳はまだ力強く、その背中は誰よりも巨大に見える。


だが、その内側では。

ジェームズ・ホークという一人の男は、とっくに、修復不能なほどバラバラに壊れきっていた。

お読みいただきありがとうございました。

次は明日12:00投稿予定です。


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― 新着の感想 ―
五感の一つの消失と絶え間ない耳鳴りはキツイな
この話を読み終えたあとに「庭マニア公認のハーブティー」を読み直したときの重さよ……
そんな気はしてたけどマジで味覚消失してたか……これは元取るところの話じゃないやつ
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