90:逃げ場なしの勧誘ミッション
◇四十四日目【7月23日(火)】
■人手不足
「昨日は大変だったみたいね」
翌日バイトに行くと、開店前のホールで美帆さんが声をかけてきた。
海に行くことをMINEで話していたから、心配してくれていたらしい。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「そう、ならよかった」
美帆さんは、ほっとしたように微笑んだ。
美帆さん、本当に可愛いな。
おまけに美人だし、落ち着いているし、ちょっと色っぽいところがあるし。
つい見惚れてしまっていると、「どうかしたの?」と、首を傾げられた。
「いえ、美帆さんって美人なのに、彼氏いないって本当かなと思って」
美帆さんは、くすっと笑う。
「あら、私そんな話、したかしら?」
「あっ、すみません。美帆さんが大森さんと話してるのが、ちょっと聞こえて……」
「吉野くんはいい子だと思ってたんだけど、いけない子だったのね。盗み聞きなんて感心しないわよ」
咎めるような視線を向けられ、思わずバツが悪くなる。
「すみません。そんなつもりじゃなかったんですけど」
店が暇なとき、二人は厨房前のカウンター近くでよく話している。
話の内容が聞こえるのはしかたないと思うんだけど。
「残念だけど、私そんなにモテるタイプじゃないのよ。高校は女子校だったし、彼氏いない歴イコール年齢なの。もしかして、君が彼氏になってくれるのかしら?」
「えっ?」
思わず変な声が出た。
「年上はいやかしら?」
キョトンとしたおれを見て、美帆さんはいたずらっぽく笑い出した。
「冗談よ、忘れて」
からかわれたみたいだ。
□
あんな事件があったにも関わらず、ピークタイムには大勢のお客さんが詰めかけた。
夏休みに入ったせいか、平日でも子連れが多く、お子様ランチやキッズ向けメニューが飛ぶように出ていく。
厨房はいつものように戦場だが、バイトが減ったホールはさらにカオスだ。
小さな子どもが多いせいで、テーブルだけじゃなく足元にも食べ物が散乱し、片付けだけでも一苦労。
美帆さんも走り回っていて、店内はまるでサバイバル状態だった。
ようやくピークが過ぎ、休憩室のソファーに沈み込む。
はぁ……
やっとひと息つける。
そんなとき、隣にそっと店長が腰を下ろした。
……近い。
くっつきそうなくらい、距離が近い。
居心地が悪いので、少し距離を開けて座り直すと、店長もお尻をずらして近寄ってきた。
もう一度距離を開けたが、店長はまた寄ってくる。
おれはソファーの端に追い詰められた。
「てっ、店長、なにかご用でしょうか?」
恐る恐る店長を見ると、店長はじっとおれを見上げてきた。
「吉野くん、前に話したバイトの件だけどさ、誰かいい子いないかな? 夏休みだけでもいいんだけど。時給を上げるのは難しいけど、毎週月曜日と木曜日の週二回払いとかなら出来るよ。働いた分、すぐにお金が入るって、かなり魅力的じゃないかな?」
店長が子犬のようなまなざしでおれを見つめてくる。
そんなに期待されても、おれに当てなんてない。
というか、おれに女の子の友達を紹介してくれなんて無謀な要求だ。
「前にも言いましたけど、おれ女の子の友達ってほとんどいないんですよ」
「ほとんどいないってことは、少しはいるってことだよね? なんとかならない?」
店長、子犬のまなざしで食い下がってきた。
どうしよう。
「正直に言いますけど、女の友達は幼馴染の一人しかいないんです」
ちなみに男も一人しかいないが……
「その子はどうかな? 一度、誘うだけでも誘ってみてよ。男の子でもいいよ。できれば、やんちゃしない感じの子がいいんだけど、どうかな?」
相当困っているようで、店長の目がうるうるしている……
どうしよう、断れない。
「誘うだけなら…… でも期待しないでくださいね。おれみたいに金に困ってないんで」
「ありがとう、本当にありがとう!」
店長はおれの両手を取って、ぶんぶん振った。
あはは、どうしよう。
後で「ダメでした」なんて言いにくいな。
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