115:悪魔との休憩時間
◇五十三日目【8月1日(木)】
■エヴァからの警告
ファミレスの休憩室。
午前中の休憩時間をこの悪魔と過ごすのは何回目だろう。
向かいのソファーに腰掛ける、美少女の姿をした悪魔がおれを見据えている。
正直、胃が痛い。
エヴァがおれに危害を加えないと分かっていても、手に嫌な汗がにじむ。
今朝、鈴ちゃんのバイト復帰をバイト仲間、特に店長が大喜びしていたが、肝心の鈴ちゃんの表情がどこか暗い。
一昨日、鈴ちゃんの家で会った時よりも、ずっと落ち込んでいるように見えた。
そして、当然ながら悠斗の落ち込みようも酷かった。
見ているこっちが辛くなるレベルだ。
「ふぅ~」
ため息を一つついて、おれはエヴァに尋ねた。
「何があったんだ?」
聞きたいことはいくらでもある。
ただ、こいつを怒らせたらまずいので、慎重に言葉を選ぶ。
エヴァは、黄金の瞳を微かに細めた。
「まさみに胸を刺された」
「…… えっ?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
まちゃみが鈴ちゃんを刺しただって?
「ど、どうして?」
「まさみはヴァンパイアの下僕になっていた。そして、その命令に従って私を殺しに来たのだ」
エヴァ、いや鈴ちゃんが無事なのは見ればわかる。
問題は……
「まちゃみは?」
こいつが自分の命を狙った相手を、見逃すはずがない。
ダミアンだってそうじゃないか。
鈴ちゃんが落ち込んでいた理由って……
おれは血の気が引くのを感じた。
「ふん。なにを考えているか察しはつくが、安心しろ。殺してはいない」
「無事…… なのか?」
「無事だ。ただこのまま放置するわけにもいかんのでな」
エヴァはテーブルのコップを取って、水をひと口飲んだ。
「まさみは私の下僕にした」
「……どうやって?」
「簡単なことだ。一度下僕になった人間は、本人の意思に関係なく魔力を注げる。あとは割合の問題だ」
「割合?」
「下僕に与えられた魔力総量の50%超が私の魔力であれば、私の命令には逆らえない。この時代における株式会社と同じだ」
「まちゃみはお前の下僕になったのか?」
「そうだ。まさみはなかなかの拾い物だったぞ」
エヴァはにやりと笑う。
「拾い物って、どういう意味だ?」
「下僕にも、素質というものがある。今まで多く下僕を抱えてきたが、まさみは優秀だということだ」
「優秀?」
エヴァはふんと鼻を鳴らす。
「やつにはこれから働いてもらわなければならない」
鈴ちゃんが落ち込んでいる理由は、これか。
エヴァは続ける。
「今回のことで、まさみからはいろいろと聞き出せた。まず、G-eyeを狙っている勢力がいるということだ。一人はサマエル。"爆裂のあっくん"とか言うおかしなやつに襲われたからな」
サマエル―― ダミアンの話だと、G-eyeの次に魔力を持っている吸血族。
下僕を大量につくって、数で押してくる厄介な相手だったな。
「それから、サマエルの眷属のヴァンパイア―― まさみの元主人だ。そして、鈴の学校の女生徒を襲っているのもこいつだ」
今まさに鈴ちゃんを苦しめているやつか。
エヴァは続ける。
「まさみが接触したサマエルのグループは、この元主人しかいない。まさみがこいつから聞いた話では、サマエルと同格の存在が二人いるらしい。例の下僕も同じ事を言っていた。考えられるのはダルク、そしてニーシャだ。この二人は私よりもダミアンを恨んでいるからな。お前も気を付けるんだな」
ダルクとニーシャ……
ダルクは確か、郷原の主人。
「それともう一つ、警察には魔力を視認できるタイプの能力者がいる」
そういえば、ダミアンが同じようなことを言ってたっけ。
「……エクソシスト?」
つい口からこぼれた。
「エクソシスト、だと?」
あ、そういえばパズスのこと、エヴァには話してなかった。
エヴァがギロリと睨んだが、すぐに話を続ける。
「お前も知ってるだろ? ここの隣の空き店舗から行方不明だった人が見つかったっていう」
「ああ、テレビで見た。あれが何か関係するのか?」
エヴァは事件の内容を把握しているようだ。
「あれって、ヴァンパイアの仕業だよ。パズスって吸血族の眷属の」
「ほう、あれはパズスの眷属の仕業か。お前、パズスと会ったのか?」
「…… “下僕にならないなら殺す”って言われたよ」
「だが、まだお前は生きている。ということはダミアンが始末したのか? パズスごとき、ダミアンの敵ではないだろうからな」
「いや、ダミアンは殺さなかった。パズスの魔力を消耗させて、見逃したんだ。……おれが頼んだから」
「相変わらず、お人好しだな。だが仕方ないだろう。お前が心を病むのと天秤にかければ、パズス、いや宿主の人間を生かしておくほうが得策だ」
鈴ちゃんのことを考えてまちゃみを殺さなかったお前も、ダミアンと大して変わらないじゃないか。
という言葉は飲み込んでおく。
「ダミアンの話だと、そのパズスを見つけ出して浄化したのがエクソシストなんじゃないかって」
「なるほど。しかし、ダミアンはどうやってパズスが浄化されたことを知った?」
「それは……」
言葉に詰まる。
美帆さんが抜け殻だってことは、言わないほうがいい気がした。
「まぁいい。言いたくないなら、詮索はしない」
無理にでも訊こうとしない辺り、こいつも意外とお人好しだ。
「それよりエクソシストの件だが、能力者は子供のような修道女だったぞ。浄化できるものがいるとすれば司祭、つまり男だ。教会から警察に、少なくとも司祭と修道女の二人は送られてきていると見ていい。ダミアンにも、警戒するよう伝えておけ」
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