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ロイヤルナニーは婚約お断り! ~ グレた王子たちを更生させるはずが、溺愛されて困っています~  作者: 小達出みかん


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私になつきなさいませ!

イヴリンは動揺したが、それを押し隠して、笑顔で挨拶をした。


「そうですわ! はじめまして、アストン様」


 アストンは何もいわずにたたずんでいる。夜の、それも明かりもない部屋の中にたたずんでいるから、アストンの顔はよく見えない。表情も読み取れない。

 部屋の中も良く見えないが、荒れた雰囲気に、換気もされていない気配がして、イヴリンは心配になった。


「このお部屋、暗いですわね……? アストン様、昨日も今日も出てこられなかったのは、もしや体調を崩されていたからでございますか?」


 すると彼の声が、刺すように敵意のあるものに変わった。


「……しらじらしい演技はやめてください」


「な、何のことでございましょう?」


 アストンはマッチを擦って燭台に火をつけ、それをイヴリンに向かって掲げた。

 彼の顔が、やっと見えた。イヴリンを優に超す、大きな身長。伸び放題の長い黒髪の間からは、警戒心の強そうな紫色の目がのぞいている。貴族の子弟とは思えない、まるで野生児のような異様な様相だ。それに……

 ライアスより小さいどころか……エヴァンより大きいじゃない!


 動揺するイヴリンに、アストンは呪詛を吐くように言った。


「アラステア先生に言って――僕をここから追い出すつもりでしょう」


「追い出す? なぜそんなことを……? 私はあなたがた、王家のご子息の教育のために、ここにやって来たんですわよ」


「エヴァンたちと違って、僕は王家の子息ではありませんから。それに――誰が僕みたいな生徒を歓迎するんです?」


「まぁ……それは、どういう……?」


 やはり――。イヴリンは黙って、彼の話の続きを待った。彼はイヴリンに向かって手のひらを見せた。その手から、禍々しい紫の光がほとばしる。


「僕は親に捨てられました。たとえ誰であっても触れたら相手を傷つける、この扱いづらいギフトを持っていたせいで……でも、アラステア先生がそんな僕を拾って、ここに連れてきてくれたんです」


 事情を聴いたイヴリンは頭を巡らせた。

 つまりアストン様は、どこかやんごとないお家の捨て子……ってこと? そうでなければ、わざわざエヴァン様たちと一緒に暮らしませんもの……!


 んもう! そんな重大なこと、初めて聞きましたわ! アストレア様も、ちゃんと説明してくれませんと! ……って、そういえば、部下たちに連行されながら、何か言いかけてはいましたわね……。

 まったく、ホウレンソウはきっちりしてくれないと困る。イヴリンはため息をつきたいのをこらえた。そんなイヴリンを、アストンはきつい目つきで睨めつけた。


「この家から出て行ってください。僕にはここしか居場所がないんです。出て行ってくれなければ……」


 アストンは、イヴリンに一歩近づいた。


「あなたに触れます。僕の手に触れれば無事ではすみません――」


 彼が手のひらを差し出す。その手の中に、黒い雲のようなものが渦巻いているのが見えた。

 一見して、触れたらヤバイとわかる魔力が、そこに発生していた。


「まって、まって、ちょっと!」


 さすがのイヴリンも後ずさった。が、心の中で負けん気の強い声がした。

 ――逃げるの? 

 子供の誤解も解けないで、家庭教師など勤まるはずもない。

 職を失えば、しっぽを巻いて、実家に逆戻りだ。


 それだけは、嫌――!

 その一心で、イヴリンは彼に向かって手を伸ばした。

 こんな大きな、それも人間を相手に、自分の力を使うのは初めてだけれど――やらないよりは、やったほうがましだ。


 大丈夫。イヴリンは自分に言い聞かせてきた。

 いつだって、ピンチをどうにか切り抜けてきたでしょう、イヴリン!

 イヴリンは意を決して、自分からアストンの手を掴んだ。


「くっ……!」


 バチバチ、と手のひらの中でアストンの魔力がはじける。ナイフのような魔力だ。一瞬で、手のひらの皮膚が切り裂かれたのがわかった。


「なっ……ちょっと!」


 慌てたのは、アストンの方であった。


「は、離してください、先生……ッ、手が破れますよ⁉」


 しかしイヴリンは、さらにぎゅっと彼の手を掴んだ。イヴリンの手からぼたりぼたりと血が落ちた。


「あ……先生、なんでっ……!」


 直に触れてわかったが、この力を、彼自身でもコントロールできていないようだ。不安定に、強くなったり弱くなったりしている。まるで捉えられた野生動物のよう。


 ――ちょうどいい。そんな相手に、イヴリンの力はより作用する。


「私は平気――」


 イヴリンは、手のひらに自分の少ない力を集中させた。アストンの黒雲の力が弱まったところを見計らって、ぐっと自分の力でアストンの黒雲を包み込む。

 そして――ぎゅっとできうる限りの力で、圧力をかけた。いつもの癖で、相手の目を覗き込む。


「大丈夫、怖くありませんわ。力を抜いて――」


 おびえさせないよう、力が暴走しないよう、安心させるようにほほえみながら、力を圧縮していく。やがて――アストンの手のひらに生まれた力は、イヴリンの力に包み込まれ、小さくなって消えた。


「ふぅ……ほら、もう平気でしょう」


 よかった……人間相手に使うのは初めてでしたけれど、どうにかなりましたわ……。

 イヴリンは息をついて、アストンに微笑んだ。


「な……なにが起こったんですか…? この僕の魔力を、防いだ⁉ それに――」


 イヴリンは、アストンの手を、まだしっかり手でつかんでいた。


「手、手が……は、離してください! また傷つきますよ!」


 おずおずと震える手で、アストンがイヴリンの手をそっと振り払った。

 イヴリンはにっこり笑った。確信をもって、傷ついていないもう片方の手で、アストンの手を掴んだ。


「わっ……やめ……!」


 アストンは振り払おうとしたが――力は発動しなかった。


「大丈夫、私はアストン様に触れられるようになりました」


 彼の目が、驚いて見開かれる。


「な……ど、どうして。アラステア先生ですら……めったに僕には触れられないのに」


「それは私の能力によるものでしょう。あと――あなたの力が野生動物のように、飼いならされておらず、おびえていたから」


「え……?」


 ふいにコンコンコンと窓ガラスが鳴って、イヴリンはそちらに向かって窓を開けた。ハウオリをはじめとした鳥たちが、イヴリンに向かって飛び込んでくる。


「大丈夫よ――心配してくれたのね。私は平気よ。この通り」


 イヴリンは、彼らをなだめて窓の外に返した。そして、アストンに向かって振り向いた。


「私の能力は――『テイミング』。動物を懐かせる能力ですわ」


 ぽかんとするアストンに、イヴリンは説明した。


「私は今、あなたのコントロール不可の力を、いうなれば『飼いならした』のです。だからとりあえず、私はあなたに触れても傷つかないようになったんですわ」


 そしてイヴリンは、今更ながら気が付いた。

 あぁ、だからアラステア先生は、アストン様が私を必要としてる、とおっしゃっていたんですのね。


「でも……じゃあ、エヴァンが言っていたのは……」


 ピンときたイヴリンは、苦笑して彼に向き合った。


「エヴァン様に、私について何か言われたのですね?」


「あ あなたが……僕を怪物呼ばわりしていて……追い出そうと画策している、と……」


 声はしりすぼみになり、彼はうつむいた。


「それは嘘ですわ。私はアストレア先生に、アストン様のことを頼まれているのですから」


「それこそ嘘です。僕は、触れる人を傷つける厄介者で、魔術でもおちこぼれのまま成長して……先生も失望してるはず」


「そんなこと、ありませんわ。先生は忙しい中でも、あなたのことを気にかけていらっしゃいました。それにね、自分のことを落ちこぼれだなんて言ってはいけませんわ」


「で、でも――」


 自分のことを卑下する彼をみて、なんだかイヴリンは、大昔の自分を見ている気持ちになって、その手を取った。


「今まで大変でしたわね。でも、もう私が来たから大丈夫ですわ。家庭教師としてきっとあなたの役に立ちますから、一緒に頑張りましょう」


 アストンの目が、じっとイヴリンを見下ろしていた。乞うような目だった。


「僕のことも――生徒として扱ってくれるのですか」


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