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鞭のあとは飴ですわね

「う……」 


「あなたがメイドたちにしていたのは、同じことですよ。彼女らはあなたのおもちゃではありません。給金と引き換えにこの家の仕事を請け負う社会人であり、そして家に帰れば誰かの大事な娘や妻、母親なのです」


 さすがに黙り込んでしまったライアスに、イヴリンは同じトーンでつづけた。


「大事な娘が勤め先で、王子にパチンコの的がわりにされていたと知ったら、家族はどう思うでしょう? 横暴な王子を同じ目に遭わせてやろうと、鎌を手に革命を起こされるかもしれませんわよ」


 下を向いて唇を噛むライアスは何も言わなかったが――その肩が震えているのを見て、イヴリンは少しだけ声を和らげた。


「さぁ、何をしなければいけないか、わかりますね?」


 するとライアスは、ぎゅっと唇を噛んだまま、イヴリンを見上げた。


「でも……でも! あいつらだって悪いんだ!」


 その手は震えている。


 ふむ。まぁ、こちらの言い分も一応聞いておいた方がよさそうね。

 イヴリンは続きをうながした。


「あら、どこが悪いんですの?」


「いつも、僕が話しかけても、ビクビクしてばっかりで、ご飯を置いたらすぐに出て行って……ちっとも遊んでくれないし、ちょっとの間だけでも、誰も一緒にいてくれない……ッ」


 それはライアス様がパチンコで打ったからでは――?


「それに、メイドはみんな……裏では僕たちのこと、『赤ちゃんが生まれたから捨てられた、いらない兄弟』だって、嫌ってるんだ……ッ」


 複雑な家庭の事情を語られて、今度はイヴリンが唇を噛んだ。

 たしかに、前妻の息子であるライアス、エヴァンの立場が微妙であることは事実だ。

 だから、おそらくメイドたちが彼らを腫物扱いしていることも。

 けれども。


「ライアス様、それは嫌っているわけではございませんわ」


「で、でも、みんな……誰も……僕と一緒にいてくれない」


「それはきっと、お母さまを亡くされ、環境も変わって、心細く思っていらっしゃるライアス様にどう接したらいいのかわからなくて、結果対応が素っ気なくなってしまっているのでしょう」


 見上げてくるライアスの目を覗き込むようにして、イヴリンは言った。


「わからないですもの。ただでさえ、イライラしているライアス様にどう声をかけたらいいか。もし癇癪でも起こしてクビにでもされたら、と思うと、もう関わらないのが正解、となってしまうのもうなずけますわ」


「そんなの……意地悪だ。だって、僕には、か、母様がっ……それに、こんなところに、引っ越しさせられて……ずっとお父様にも、会えなくて」


 彼はベッドの上で、すべてを拒絶するように膝をかかえて頭を埋めた。


「それなのに、い、イライラしないで、にこにこするなんて、できないよ……ッ」


 ライアスのその言葉を、イヴリンは正面切って責めることはできなかった。

 そのつらさは、イヴリンにも覚えがあるものだった。


「……ほんとうに、お気の毒でしたわね。お母さまのこと……心からお悔やみ申し上げますわ」


 イヴリンはライアスの肩にそっと手を置いて言った。


「大事な人を亡くして、その上周りは敵だらけで……さぞ、お気持ちが休まらないことでしょう。わかりますわ」


 しかしライアスは首を振った。


「お前に何が……わかるんだ。今日来たばっかりだっていうのに」


 イヴリンはわずかに微笑んだ。


「私も……小さいときに母を亡くしましたから」


 するとライアスは目をそらし、すこし黙ったあと、小さな声できいた。


「……悲しかった?」


「それはもう。目が溶けるくらいに、泣いて泣いて、泣きましたわ。父はすぐに別の人と再婚して、周りに誰も味方なんていなくて」


 ライアスの目が見開かれる。

 しかし、イヴリンは彼を励ますように、微笑を浮かべた。


「だから、僭越ながら……ライアス様のお気持ちはよくわかりますわ。悲しいのは止められません。だから、今は悲しむしかないと思いますわ」


 するとライアスは再び、ぐっと両ひざを抱えて、顔を埋めた。


「……泣いちゃダメって言うんだ。兄さまが。他のやつらに、弱い顔を見せるなって。強いふりをしろって。誰にも本心を言うなって。じゃないとまた……」


 言葉が途切れた。


「ここでは誰も見ていませんわ。私しか」


「お前は……笑ったりしない? 僕らを……騙さない?」


 騙す? どういうことかしら。

 イヴリンは少し引っかかったが、彼の目を見て言った。


「しません。もしここにそんなことをする人がいたら、私は許しませんわ」


 すると、ライアスは顔を埋めたまま、つぶやいた。


「そう……っ」


 その先は言葉にならなかった。

 だからイヴリンは、ただ彼の肩に手を置いた。


 



 数分そうしたあと、ライアスはやっと顔を上げた。

 目が赤い。気まずげにイヴリンから目をそらす。

 さすがに、ちょっと話題を変えた方がよさそうね。

 イヴリンはベッドに無造作に投げ出されたパチンコを、とりあえず手に取った。


「そういえば、これはライアス様の魔力が込められていますわね?」


「と、取り上げるの……?」


 おずおずと見上げてきた彼に、イヴリンは首を振った。


「そうじゃありませんわ。あなたが作ったのって聞いているんです」


「うん…魔術を込めて……先生に教わった宝石魔法で……」


 見ると、パチンコにも、宝石の粒にも魔力が込められているのがわかった。イヴリンはちょっと関心した。小さいものに魔力を籠めるのは、けっこう難しいはずだ。

 こう見えて、努力家なのかもしれない。

 努力の成果の使い方が、間違っているかもだけど。


「なるほど。なかなか便利な道具です。隠し持っていられますし攻撃力も高そう。魔術でこんなものを作れるなんてライアス様はすごいですね」


 イヴリンが心からそういうと、ライアスは嬉しいような不安なような、何とも言えない顔になった。


「こんな危ないもの作っちゃだめって、おこらないの……?」


「子供だって、もしもの攻撃手段は持っていたほうがいいに決まっています。頼れる大人が身近にいなければ、なおさら。世の中何が起こるかわかりませんからね」


 そう、備えあれば憂いなし、である。道具そのものに罪はない。が。


「ですが、これで罪もない人を傷つけるとなれば話は違ってきます。この道具は、いったん私が預かりますわ。ライアス様がちゃんと謝って、もう悪いことに使わなくなれば――お返します」


 ライアスの目に、一瞬反抗したげな色がよぎった。

 だからイヴリンは、彼の目をまっすぐ見て言った。


「もちろん、預かるからには、私もそれ相応の対価をライアス様にお支払いいたしましょう」


 ライアスの行ったことは、まぎれもなく悪事である。イヴリンの言いつけは当然の事だ。

 しかし、グレかけている子供にしてみれば、昨日今日会ったばかりの大人から言い渡された罰は、ただ頭を押さえつけられるだけに感じられるだろう。


 おとなしく従うどころか、ますます反抗する材料になりかねない。


「対価……? これを取り上げる代わりに、何かくれるの」


「ええ。ライアス様は、メイドたちがあなたを腫物のように扱って、ろくに話もしてくれないから、それでむしゃくしゃして、こんな事をしてしまったんでしょう?」


「うん」


 ライアスがうなずいた。イヴリンはここぞとばかりに身を乗り出した。


「それならむしゃくしゃしないように、この私が! 一日中あなたと一緒にいて、したいことをなんでもしましょう」


 ライアスがぽかんとした顔をした。

 イヴリンは立ち上がって窓の外を見た。


「今日は良い天気です。めいっぱい外で遊ぶのはいかが? 森の中を探検します? それとも、疲れて走れなくなるまで鬼ごっこをしましょうか?」


 その言葉に、ライアスの目が輝いた。


「ほ、ほんとに? ほんとにいいの? お、鬼ごっこしたい!」


「ええ、私は足が速いですよ、どんなすばしこい子でもすぐ捕まえちゃうんですから。覚悟してくださいね!」


 イヴリンはクローゼットから彼の外套を取って着せながらせかした。


「さぁ、10数えたら私が追いかけますからね。庭でも森でも――どこへでもお逃げなさいませ!」


 すると、先ほどのしょげた顔をはうってかわって、キャーッとうれし気に歓声を上げながら、一目散にライアスはドアを出て、ばたばたと階段を下りていった。

 イヴリンはゆったり立ち上がって、思わず笑った。


 ――かわいいものじゃないの。


 いいでしょう、その愛らしさに免じて、本気で追いかけさせていただきますわ。子供の無邪気な期待に応えるほど、楽しいことってありませんもの。

 イヴリンは朝食のトレイからパンを取り上げ、持っていけるようナプキンに包んだ。

 せっかくですし、朝食は、遊び疲れた後外で食べましょうね。

 フフフと笑いながら部屋を出ようとしたその時、ふいに声をかけられた。


「なんだ、騒がしい……」


「あら、エヴァン様。おはようございます」


 エヴァンはライアスの部屋を見まわしたあと、疑うようにじろりとイヴリンを見た。


「どうしてお前がここにいる? 出ていけ」


「ええ、いまそうするところですわ」


 ライアスを追いかけるため、スカートの下は小走りで――けれどあくまで優雅に見えるように階段を下りながら、イヴリンはちらりと上に立つエヴァンを見た。

 ライアス坊やとちがって、こっちはかなり、手ごわそうね!


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