03 結婚式は王城の聖堂で、私を手渡すのは陛下。
両親と弟妹が使者に連れられて王都へと来てくれた。
「突然のことで驚いたよ」
「本当、前に村に寄ってくれた時はそんな話していなかったから・・・」
そう言って、父と母はうっすらと涙を浮かべて嬉しそうに笑った。
弟妹は初めての王都に大興奮。
私は家族を王都見物に連れて歩き、結婚式に出席するための衣装を既製品だけど、買ってプレゼントした。
どうせなら仕立ててあげたかったけど、仕立てるには日にちが足りなくて断念した。
宿泊は教会近くの宿屋に泊まってもらい、結婚式当日までゆっくりしてもらうことになった。
「お父さん、私が行く領地に一緒に来てくれないかな?」
「畑、貰えるのか?」
「うん。それは間違いなく貰えるよ。それに私が住む屋敷の近くにしてくれるとも言ってたし・・・」
「弟と妹の結婚相手にも畑をもらえそうかな?」
「それはちょっと聞いてみないと判らないけど、多分大丈夫。戦争で亡くなった方が大勢がいらして、その空いた畑の面倒を見てもらいたいって言ってから」
「弟達にも貰えるなら付いていきたいと思う」
「ありがとう。やっと近くにいられるね」
「そうだな。可愛い盛りのルリィの成長を見れなくて本当に残念でならないよ」
父に抱きしめられ、今までの様々な思いが入り乱れて、泣き止むまでに少しの時を要した。
結婚式当日は両親達に側近のご両親が側に付いていてくれることになり「家族のことは安心して任せてください」と言ってもらえた。
残念ながら聖堂の中で、父に手を取ってもらって歩くことは叶わなかった。
その代わりに陛下が私の手を取り、ランベルト殿下へと手渡した。
王族の結婚は貴族であっても、陛下と花嫁が拒否しない限りは陛下が手を取って花婿に手渡すのだそうだ。
この結婚の後ろ盾は、陛下である。とみせしめるのためだと説明を受けた。
遥か昔、王太子の相手に、平民から王妃を召し上げることになった。そのことに反対した勢力に見せしめるために、当時の陛下が花嫁を送り出すことにしたのが始まりらしい。
陛下にエスコートされて、王城の中にある聖堂でランベルト殿下と二人並び立ち、神父の前で誓いの言葉を交わし、誓約書にサインをして誓いのキスを交わした。
初めてのキスが人前ってどれだけの羞恥か解る?
もう、私、死にそうだよ!!
家族がどこにいるのか探して見ると、両親弟妹四人とも涙をぼろぼろ流して泣いていた。
その姿を見て、私も泣きそうになったけれど今泣くと「化粧が流れ落ちるので泣いてはいけません」と言われたことを思い出して必死に堪えた。
披露パーティーで最初に、陛下の下へ向かい、王族の方々にご挨拶をさせていただくと「ランベルトを選んでくれて良かったよ」とニコニコして言われた。
第一王子殿下もまだ王族側にいる。
とても不機嫌そうなので、声をかけることは遠慮した。
「四番目が君のファンでね、結婚したいと駄々をこねていたんだ」
「さすがに五つも下の方とは・・・」
嫌だと言えず、言葉を濁した。
十三歳の第四王子殿下、聖魔法以外の能力があると聞いている。
第四王子殿下とだけは頬を膨らまして半泣きで、おめでとうを言ってくれなかった。
披露パーティーで貴族の方々に挨拶していると、時折「私の妻(婚約者)は処女膜再生の治療を受けたのでしょうか?」と聞かれた。
その問の答えがどちらであっても、私はにっこり笑って、それを返事とした。
結婚式間際に、王妃教育でお世話になったことがある家庭教師の方がやって来て、初夜とはなんぞやと言う説明を淡々と説明してくれた。
妊娠から出産までの説明を受けて、家庭教師の方は帰っていった。
なんとなくしか解っていなかった処女膜のことを深く深く理解した。
そして、私の処女膜が破れてしまっているかも知れないことに気がついた。
決して人に言えないような理由ではない。
戦争中、激しい戦いの中で護衛騎士に抱きしめられていたけれど、吹き飛ばされたことがあった。
それは凄まじい衝撃で、数分間意識を飛ばすほどのものだった。
その日の夜、下着に少量の血がついていたのだ。
月のものが来るにはまだ早かったけれど、月のものの準備をしたけれど、月のものは来なかった。
あれは、衝撃で処女膜が破れたのかもしれない。
そう思い至った。
一応、念のため、自分に処女膜再生の治癒を掛けることにした。
治癒が効いた感触があったので、やはり私の処女膜は破れていたのだと思った。
陛下に処女膜再生してはいけないと言われたけど、これはいいよね?誰にも一生言わないし。
妊娠、出産に関してはよく知っていた。
治癒魔法師として貴族に呼ばれる事が度々あったから。
子供の私が妊婦の産みの苦しみを見て、職務放棄をしたいと思うほど、それは壮絶なものだった。
癒しても癒しても襲ってくる痛みと戦う女性は、あっぱれとしか言いようがなかった。
このときばかりは貴族女性の暴言は、聞かなかったことにしてくださいと侍女の方に頼まれた。
私は無言で頷いた。
それに懲りずに二人目三人目と子供を作ることに、私は感心していた。
王妃様と話す機会があった時「一時の痛みのことなど忘れてしまうほどに、我が子は愛しいものなのです」と仰っていた。
それと、聖女の出産はすごく楽なのだとも教えて頂いた。
「痛み始めたら自分で治癒魔法をどんどん掛けられるのよ」とウィンクを一つくださった。
私の出産の時は治癒魔法を使い倒すことを心に誓った。
辺境伯地へ行くまでの期間は王城住まいとなり、初夜はランベルト殿下の寝室で迎えることになった。
結婚式より緊張するんだけど・・・。
目の前にはランベルト殿下の大きなベッド。
己の姿は白いノースリーブで、前に大きなボタンが三つしかないネグリジェを着せられ、ナイトローブをきっちり着込んでランベルト殿下が来るのを待っていた。
ノックされ、返事を待たずにドアが開く。
ランベルト殿下は私の顔を見るなり吹き出して「緊張してるみたいだね?」と私の頬に触れた。
私はビクッと震え、心臓が口から飛び出そうになっている。
ランベルト殿下はワインの水割りを作ってくれて、私に差し出した。
「ちょっとは落ち着くかもよ」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
「結婚式でも誓ったけど、ルリィを幸せにするように努力するよ」
「はい。私もランベルト殿下を幸せにするよう頑張ります」
「殿下はもう外してね。直ぐに殿下じゃなくなるし」
「はい・・・」
くすっと笑われて口づけられた。
何度も何度も口づけられ、ベッドに押し倒されて、腕に触れ、ネグリジェの上から時折胸に触れ、大きなボタンが三つ外された。
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翌朝「ランベルト様」と呼ぶと「様は要らない」と不貞腐れた顔で却下された。
結婚式翌日からランベルトは忙しく、私はその日はベッドでのんびりとして、翌日からびっくりするほど忙しくなった。
両親達は村へと帰っていき、収穫が終わると引っ越してきてくれると言って、別れた。
次に会えるのは領地でだ。その後は会いたい時にいつでも会えるようになる。
ランベルトが読む書類の一部は目を通しておいてくださいと側近の方々に言われ、目の前に書類の山が二つ作られている。
私は一つ一つ目を通していく。
意味が解っているのか?と、聞かれると、解らない部分の方が多いというのが正直なところ。
解らないところを書き出しておき、誰かの手が空いた時に教えてもらう。
王妃教育とちょっとした夢を見ていなかったら全く理解できていなかったかもしれない。
受けてて良かった王妃教育・・・。
書類に目を通す一方、マナーや、ダンスのレッスンも有り、毎日ヘトヘトになった。
短期集中すぎて、理解が追いつかない。
夜はランベルトに声が枯れるまで泣かされるし、やっぱり王族と結婚なんかするものじゃないと改めて思った。
朝と夜、二度、私とランベルトは回復魔法を掛けることになった。
どう考えてもおかしい生活だよね?!
辺境伯領地に向かう日が来て、陛下と王妃、王子、王女に見送られてランベルトと私、側近達とその奥様方と一緒に旅立つことになった。
奥様方は王都を出て一つ目の村でダウンしていた。
舗装されていない悪路を馬車に乗っていたことがなくて、馬車に酔い、治癒魔法をかけても直ぐに体調を崩した。
二つ目の村で、奥様方のペースに付き合っていられないと男性陣が言い出して、半数以上の護衛を奥様方に付けて先に出立することになった。
私は勿論ランベルトと一緒の先発組。
「ルリィが平気だったから、女性陣も大丈夫だと思っていたよ」
「私は聖女として旅慣れてますから。野営も平気です」
「私の奥様は逞しくて嬉しいよ」
「褒められた気がしませんね・・・」
「いや、褒めてるからね」
奥様方以外は何の問題も起こらず、ハルロイ辺境伯へと着いた。
辺境伯邸で一泊お世話になって、砦でも一泊お世話になることになる。
ハルロイの騎士達に治癒魔法と回復魔法を掛けることに急遽なった。
騎士の方達と話をしていて気がついた事が一つ。
「ところで、私の姓がどんな名前か聞いていませんでした」
「あぁ、そうだったな。ヴェルトラムだ」
「ランベルト・ヴェルトラム。ルリィ・ヴェルトラム・・・ヴェルトラム辺境伯・・・」
「ヴェルトラム辺境伯夫人」
ランベルトと見つめ合っていると「オッホン」という態とらしい咳払いが聞こえ「私達は忙しいのでさっさと部屋へ戻ってください」と側近の方々に部屋へと追いやられた。
だからといって、人様のお家で何が出来るというのか?!
ここからはハルロイ辺境伯の副団長がヴェルトラムの北の砦の団長に志願してくれたので、北の団長として一緒に向かうことになっている。
ハルロイ砦は第二防衛線となるため、経験者の一部を第一防衛線のヴェルトラムの北西・北・北東へと後日、移動してくれるとハルロイ辺境伯に教えてもらった。
人材不足だけは如何ともし難い。
私達ヴェルトラムのメンバーは、毎日全員に回復魔法を掛けているので、皆疲れ知らずだ。
馬には一日五〜六回は回復魔法と治癒魔法を掛けているおかげか、元気である。
そのおかげもあって、通常より早い日程で進んでいる。
今夜一晩、ハルロイ砦で一泊して、明日はいよいよヴェルトラム辺境伯領に入ることになる。
ランベルトに地図を見せられて、ここがヴェルトラム邸、と前回教えられた屋敷を指し示され、側近の方々が住む屋敷の名前を教えてもらった。
北西に カンニバル・ウエィスト。 既婚者
奥様は シャーリーン。
北に ビリリア・クルイスト。 既婚者
奥様は ヘルマイア。
北東に レイスト・トステリア。 既婚者
奥様は ラスベラータ。
北西・北・北東が防壁の砦に拠点を構えることになる。
東に ホゥリー・ロウエン。 既婚者
奥様は キュフィア
南東に ケイント・ブリリアン。 既婚者
奥様は ワイスマリー。
南に スレイア・ナルニア。 既婚者
奥様は アントゥール。
南西に ユーラシア・コルウェン。 独身
婚約破棄のため相手がいない。
西に シルズィー・バリスト。 独身
恋している相手は ララベル。
ヴェルトラム邸を中心にぐるりと側近達の屋敷が取り囲む。距離は1半〜三日位。
今はまだ少ない人数しかいないが、騎士が配されるようになる。
砦に三家も配置することで、防衛に力を入れているのがよく解った。
明日から二日程は南のスレイア・ナルニアが住むことになる屋敷に泊まることになる。
ハルロイ辺境伯に一番近い屋敷にあたる。
ハルロイの砦からは馬車で半日ほどの距離。
メキシアの防衛の館だったとランベルトが教えてくれた。
周辺の視察をしてからヴェルトラム邸へと向かうことになる。と説明を受けた。
私は一度に覚えられないので、紙に書き込んでいく。
「あらゆる人員が足りていないな」
ランベルトと側近の皆が難しい顔をしている。
「こうして見てもヴェルトラム領地は広すぎるのではないですか?」
「そのために八人も優秀な側近がいるんだよ」
「皆さん大変ですね・・・」
「ルリィも大変になると思うぞ」
「まぁ、私の出来ることは知れていますので、なんとかなります」
いつもより狭いベッドでぴったりくっついて眠った。
ハルロイ辺境伯と「これからもよろしく」と「奥様方が後から来るのでよろしくお願いします」と別れの挨拶をしてスレイア・ナルニア邸へと馬車を走らせた。
ナルニア邸に着いて思ったのが「これだけの貴族や騎士が移動していると、王都が手薄にならないのですか?」だった。
九箇所の屋敷に、低位貴族とは言え使用人も大量に連れて出ているのだ。
「まぁ、こっちに来ているのは次男、次女以下の若い世代子だからな、そう言うほど手薄にはならないだろうが、騎士の数はどれだけ頑張っても足りないのが現実だね」
「若さによる失敗も起こりそうな気がしますね。それに使用人達の結婚も考えてあげなくては・・・」
「あぁ・・・そんな問題もあるなぁ。頭が痛いな」
「取り敢えず頭に入れておけばいいんじゃないですか?」
「皆にも言っておく。だが、今の世代の結婚は難しいんだ」
「どうしてですか?」
「貴族女性の処女性が信じられないからな」
「ああぁぁ・・・」
頭を抱えたくなってしまった。
思い当たる節がありすぎて返事のしようがない。
「陛下も、ルリィが渡したリストは発表しないし、皆が疑心暗鬼になって結婚に二の足を踏んでいる状態だね」
「そんなことになっているとは、知りませんでした」
「少し下の世代の女の子達に人気が集中するかもしれない。ルリィは二度と処女膜再生をしないかも知れないが、他の聖人、聖女達がお金を積まれた時、処女膜再生をしないとは言い切れないし、女性を見る目は厳しくなっていくだろう」
「女性は処女でないと駄目なのですか?」
言外に男性は好きに女性と遊んでいるのにと含みを持たせて聞いた。
「駄目ってことはないさ。ただ、散々遊んで、処女膜再生の治療を受けて、私は処女ですという心が駄目だと思うね」
「それは、まぁ、そうですね、それは解ります。実際のところ、第一王子殿下に無理やりだった人も結構いたみたいなんですよ。その人達はその後から見かけなくなってしまいましたし・・・その人達が遊んで処女を失った人達と同じように扱われるのはちょっと・・・」
「あいつ、本当に最低な男だな。兄だと思うと腹が立つよ。もっと重い処罰でも良かったと思うよ」
「第一王子殿下も、処女膜再生ができると思ったら歯止めが利かなくなったのでしょうね」
「兄は来年早々にドボイ子爵になるから、王子と呼ぶ必要は無いぞ。今はルリィの方が爵位も上だしな」
このジャイカル国では辺境伯は侯爵と同等、もしくはそれ以上の扱いになる。
力あるハルロイ辺境伯だと、侯爵より力は上になる。
ヴェルトラムも元王族ということもあって公爵よりちょっと下、侯爵より上の扱いになる。
「その切替は難しそうです」
今まで、第一王子殿下には嫌々とは言え、頭を押さえつけられすぎていた。
「まぁ、そうそう会うことはないだろう。ドボイ領は南側だしな」
「だったらいいなと思います」
結末は決まっているのに、そこへ至る道が見えてきません・・・(TOT)