File8-4 ~メッセージの意味とアリバイ~
冷川 邦広(40) 『forest』副店長
市木 高文(38) 『forest』店員
遠原 良子(44) 『forest』店員
仙石 大将(30) 『forest』店員
鳥目 進(45) 『forest』店長 〔被害者〕
楠鳩線路線図 〔時間は春木原駅から〕
「それじゃ、森浦さん――でしたっけ? 答え合わせといきましょうか」
天音さんが珍しく真面目な顔で言う。私の知る藤畑天音はそんな顔を見せたことはない。それだけ、ということだろう。
「では言いますね。まず…」
ピロロンピロロン ピロロンピロロン
誰かの携帯の音が凛花ちゃんの推理を遮った。
「す、すまん。俺だ」
網倉刑事は電話に出る。
「あ、吉峰警部! いや、丁度今犯人が……え? 犯人がわかった? はい、はい、じゃあ今から向かいます。はい、失礼します」
「どうやら同じ推理をしたのは私たち以外にもいたみたいね」
天音さんが冷ややかに網倉刑事の背中を見ながら言った。
「……すまねぇが吉峰警部も犯人がわかったらしい。――ってことで森浦さん、推理は凪沢さんに聞かせてやってくれ。じゃな!」
片手を挙げ、どこかのヒーローのように網倉刑事は去ってしまった。――ってことはここにいる3人のうち2人は真相に気が付いているということになる。
「じゃ、再開しますよ」
凛花ちゃんはにんまりと笑ってから話し出した。
「この事件は元々非常に単純な話でした。が、とある人物によってダイイングメッセージの片方が隠滅されてしまったことで余計に面倒なことになったんです」
「それって誰なの?」
私が思わず言ってしまうと手を前に出して「ちょっと待っていてください」というように私のことを止めた。
「確かに凪沢先輩のような疑問はすぐに湧き上がってきます。誰が隠滅したのか。それが可能なのは冷川さん、市木さんの2人。でももし冷川さんならなぜ凪沢先輩たちに声をかけたのかという疑問が生じます。こっそり写真を取って逃げれば良いだけなのに、凪沢先輩にわざわざ声をかけている。さらにわざわざ一緒に遺体を発見まで。そうすれば警察を呼ばれ、色々調べられることは予想が付きますよね。もし隠した写真が見つかれば面倒になる。ということは写真を隠滅したのは市木さんじゃないんですかね」
凛花ちゃんはチラッと天音さんの方を見る。腕を組んだまま天音さんはピクリとも動かない。凛花ちゃんは続ける。
「でもなぜ、市木さんは写真を隠滅したのか。あ、なぜ戻って来たかはわかりません。冷川さんのように忘れ物か何かだと思われますが。ともかく、ロッカールームに入った市木さんは驚きます。なぜなら店長が自分の写真と車谷さんの名刺を握って死んでいたんですから。名刺はともかく、自分の写真をなぜか握って死んでいる。これは市木さんにとって一大事です。店の金を使い込んで辞めさせられそうになったという動機のある市木さん――まあ他の方々にもそれなりの動機はありましたが、自分が殺したという疑いをかけられるかもしれません。そこで手をこじ開けて写真を取り出して逃げてしまいました。そして写真に目が向かないように他の写真も全部持ち去ってね。それで不自然な状況が出来上がったというわけです」
凛花ちゃんはそこで話を区切り、コップに注いだ水を飲む。天音さんはさっきと変わらずじっと凛花ちゃんのことを見つめている。凛花ちゃんは話を再開した。
「このくだりから分かったかもしれませんが、市木さんは犯人ではありません。というより、アリバイがあるのだから元から容疑者ではなかったのですがね。では結局誰だったのか。それは鳥目店長が残したダイイングメッセージがすべてを表しています」
◆
俺と吉峰警部はあの人の自宅の玄関まで来ていた。吉峰警部は市木さんの行動を話した後にそいつの目の前に2枚の紙を見せつける。
「そ、それが何だ? そんな名前を見せつけて……」
横から覗きこむと、その紙にはきれいな字で『市木高文』、『車谷由実』と縦に書いてある。
「気が付きませんか? この2人の共通点。鳥目さんはあなたに隠滅されるのを恐れ、遠回しなダイイングメッセージを残したんです。まあ結果的に今度は市木さんに隠滅されてしまいましたが。ともかく共通点です。それがあなたのことを示すんです」
俺は必死に考えた。移動中の車の中ですら何も吉峰警部は教えてくれなかったからね。なんだ? 共通点って……そんなことを考えていると吉峰警部は紙に折り目をつけた。それぞれきれいに真ん中に。
「……あ!」
俺が思わず声を出したが吉峰警部は気にせずそいつのことを睨み続けている。
「そう、線対称になっていますよね2人とも。
でも他の容疑者に線対称な名前の人はいません。ではこう考えましょう。『線対称』こそ犯人の名ではないか、と。あなたの下の名前は読み方を変えれば『たいしょう』になりますよね。それに苗字には『せん』も入っている。そのことに鳥目店長は気が付いていてこのメッセージを残したんです。仙石大将さん」
仙石さんは口をパクパクしている。何かを言いたげだが、言葉が出てきていない。
「きっとあなたがおっしゃりたいのはこういうことでしょう? このダイイングメッセージがあなたを陥れる偽物だという可能性もあるということ。確かにそれはゼロではありません。ですがもうその言い訳も通じません。私はあなたが犯人だという確証を持っています!」
吉峰警部はズバッと言い放つ。仙石さんの大きな体は小刻みに震えている。
◆
「確かにそうですね、凪沢先輩。偽装の可能性もあります。でも思い出してください。さっきお見せした路線図を」
「え、あの路線図?」
私は自分のスマホで路線図を表示させる。それを確認した凛花ちゃんは話を再び始めた。
「良いですか? 店から最寄りの春木原駅まで徒歩15分。まあ走れば10分くらいにもなるかもしれませんが。でもあの夜、容疑者の4人は一緒に春木原駅まで行ったのですから駅に着いたのは10時半ごろ。そしてさっき時刻表も確認しましたが、上り下りともに10時32分発の電車がありましたからおそらく仙石さん、冷川さん、市木さんはその電車に乗ったのでしょう。するとそれぞれ自宅のある駅に着くのは何時になりますか?」
「……え、私に聞いてんの?」
凛花ちゃんは頷く。スマホを持ち直して、さっきの図の所要時間の欄を見る。
「え~っと、市木さんが10時52分、仙石さんが10時40分、冷川さんが11時12分ね」
「そうです。この点は特に矛盾はありません。ではそのことをちょっと覚えたままにして、次の話題に行きましょう。4人に送られてきた臨時休業のメール。あれ、本当に鳥目さんが出したんでしょうか?」
「え、また問いかけ? ……わかんないわよ、そんなもの。あの時冷川さんが言いってるのを聞いたけど、送ったのは11時56分でしょ? もろ死亡推定時刻の中だし、わかるわけないじゃない!」
するとまたも凛花ちゃんはにんまり笑う。
「それが分かるんですよ。あの人の言葉でね」
◆
「網倉君!」
「え?」
情けない声を出してしまったという事は自分が1番よくわかっている。でも、そんなに急に名を呼ばれたら反応できんよ。
「確か『C&K』の車谷礼司さんに電話した時にこう言ったわよね? 『今日の夕方も新しく入ったバイトの人を連れて、『forest』がどんな感じでやっているのかを見せに行く予定だった』って」
「はい、礼司さんはそうおっしゃってましたが……」
吉峰警部は得意げな表情で再び仙石さんの方に向き直った。
「これ、少しおかしいですよね。本当に臨時休業にする予定だったのなら。夕方に礼司さんが来る予定なのに臨時休業にする訳ないです。もし、鳥目店長に理由があったのなら何かしら礼司さんに連絡を取るでしょうし」
「でも警部。それが何の関係があるんですか? さっきの鷲丘線のことも含めて」
吉峰警部は大きくため息をつき、こちらを鋭い目つきで睨んできた。……またこれか。
「全く。ここまで言ってわからないの? 良い? さっきのことからあのメールを送ったのは鳥目さんでないのは明らか。その理由は本人に聞くとして、それができるのはこの仙石大将しかいないってことなのよ!」
勢いよく仙石さんのことを指さす。もう仙石さんの額からは汗がだらだらと流れ、体中震えている。
「まず市木さんは、夜のアリバイはあるんだから除外。続いて遠原さん。彼女は春木原駅前のマンションに住んでるんだからできそうだけど、彼女がするには大きな障害があるわよね?」
「……パスワードですか」
「そう、正解よ網倉君」
再び吉峰警部は仙石さんの方を睨みつける。
「遠原さんとのいざこざで鳥目さんはパスワードを変更している。そして、新しいパスワードはまだ遠原さんに知られていなかった。となると遠原さんはメールを送れないから除外。続いて冷川さん。彼はなぜ、メールを送れないの?」
またも俺に視線が向けられた。……もう止めてくれよ。俺にはわかんないですから。
「はぁ、やっぱりわかんないの? 1番簡単じゃない。樽川君の聞いてきた話を引っ張ってくるのよ! 冷川さんは隣の家に住んでいる掛井さんに目撃されているんでしょ? しかもその時間は11時15分。さっき予想した帰宅時刻と大体一致するわね。そしてもし、冷川さんが犯人ならメールは送れるの?」
俺は少し、頭を整理した。春木原から蒼園までは40分かかる。そして、掛井さんが目撃した帰宅する冷川さんは11時15分……
「あ、無理ですね。彼の家がある蒼園駅からどんなに急いでも春木原駅に着くのは11時55分過ぎ。店までは走っても10分の道のりなんだから11時56分に到着することは不可能。そして蒼園駅までに春木原駅に折り返したとしても、どのみち11時15分に掛井さんの目の前に現れることが不可能。もし、タクシーとかで向かったんならどこかで足がつくだろうから考えにくい。となるとやはり冷川さんの犯行ではない。……となると」
俺は目の前に立つ大柄な男に目線を移す。
「そう、やっぱりダイイングメッセージの示す通り犯人はあなたなのよ、仙石大将さん」
口をあんぐり開けたまま仙石さんは立ち尽くしている。彼はもう精気を抜き取られてしまったようで、ぼんやり天井を見上げている。
ピンピロリンピンピロリン
隣に立つ吉峰警部の携帯が鳴った。
「あら。ちょっと待ってて、網倉君」
そう言い、吉峰警部は玄関から外に出る。誰かと話しているようだ。その声は少しずつ離れていく。仙石さんか俺には聞かれたくない内容のようだ。なんの連絡なのか――
ガツン
頭部に痛みが走る。
その状況を把握するのに数秒の時間を要した。
頭を靴箱に強打した。
気が付いたときには俺の目の前には仙石の姿がない。代わりにあるのは壁に飾られた山の写真だけ。
――やられた。奴が、奴が俺の体を押しのけ外へと飛び出していた。
俺は急いでドアを開け叫んだ。
「藤住さん! 避けて!」
俺の声か、はたまた奴の大きな足音か、何かに気が付きこちらを向いた。
大柄なその男は猪のごとく、その草原に咲く1輪の花のような女に向かっていく。
その花は電話を耳から離して、床に落とした。
もう駄目だ――
そう思った時だ。
猪の体が浮きあがった。そして宙を舞う。綺麗な弧を描いて。
そのままドシンと大きな音をたて、地面に叩きつけられた。
「……全く、私がこんな女じゃなきゃあなたは逃げられたのかもね」
そう言いながら仙石の腕に手錠をかける。
「……それから網倉君!」
「は、はい!」
「旧姓で呼ばないで頂戴!」
俺はこれまでにない殺気を感じた。
◇
その後、彼は犯行を認めた。あの夜、店に戻り鳥目さんと口論となってしまった彼は衝動的に彼を殺害。急いで逃げた彼は気が付かなかったが、まだ鳥目さんは生きていてなんとか犯人を示そうと思いあの2つのものを握った。しかし、忘れ物を取りに来た市木さんが自分の写真と他の写真を処分してしまい、あの状況が生まれたというわけだ。ちなみに口論の原因はやはり意見を通してもらえないことの不満だったそうだ……。
◇
「な、投げ飛ばした?」
「ああ。そういえば彼女、昔から柔道やってたんだよ。しかも結構強いようだったし。でもだからってあの仙石を投げ飛ばすとはね……」
「ですよねぇ。あんな大男を投げ飛ばすとは……」
蓑下君は若干引き気味に言った。ま、そりゃそうなるわ。というか俺も彼女がそういう人だってこと、すっかり忘れてたし。彼女を『草原に咲く1輪の花』などと形容してよかったのだろうか?
「――ところで網倉先輩。吉峰警部が妙に不機嫌だったから聞いたんですけど、なんで吉峰警部のことを旧姓で……」
「あ、それ聞くか?」
蓑下君は大きく頷く。ちょ、話したくないんだけど。
「……まぁしゃーないかな。話すよ。俺と吉峰……いや、藤末紅美子とのことを。……簡単に言うとな、俺と彼女は雪美条高校の同級生だったんだよ。それでとっさに昔よく呼んでいた『藤末』姓が出てきたってこと」
「え、お2人って年齢同じなんですか!」
「おい、ふざけんなよ」
蓑下君はペロリと舌を出す。誰の髪が薄いって?
「……まあ良い。藤末紅美子と網倉賢三郎はともに探偵部ってのに所属してたんだ。探偵部ってのはミステリーについて語りながら雑用をこなすだけの部活な。つまりこの間会った凪沢ほのかさんは俺の後輩って訳よ。それで実は1つ興味深い話があってな。ちょっと事件があって……」
「網倉君! ちょっと良いかしら?」
後ろから吉峰警部の声が聞こえる。
「悪い、この話はまた今度な。蓑下君」
「あ、はい。構いませんよ」
◆
凛花ちゃんの完璧すぎる推理を聞いた翌日、私は再びたこ焼き屋『タケタコ』にやってきていた。凛花ちゃんと一緒に。
「はい、たこ焼き。この間食べたけど私のおごりで食べない?」
「ありがとうございます、凪沢先輩」
凛花ちゃんは微妙に笑いながら言った。そして最初のたこ焼きを食べ終わったころに聞いてみた。
「ねえ凛花ちゃん。鳥目さんはなんであんなダイイングメッセージを残せたんだと思う? 単にすごかっただけ?」
凛花ちゃんは2つ目のたこ焼きに伸びた手を止めて、私の方を見た。
「違うと思いますよ、もちろん。『鳥目進』という名前もある意味『線対称』を示すんですから」
「……どういうこと?」
チラッと振り返ると天音さんも手を止め、凛花ちゃんのことを微笑みながら見つめている。
「『進』を『すすむ』ではなくて『しん』と呼んでみてください。そうすると…」
え~っと、とりめしん? なんのこっちゃ?
「なるほど、『シンメトリー』ね」
天音さんが声高々と言った。
「それって何なの?」
「『シンメトリー』ってのは建築とか美術系のことで使うことが多いんだけど対称性のことよ。例えば左右対称な庭園だとか、左右対称な絵とかね。『とりめしん』と呼んだときに字を並び替えると『シンメトリ』になるじゃない? それで偶然にも同じようなことが起きるな~ってことを仙石さんにも感じてたんじゃないかしら? それであんなダイイングメッセージを残したってわけ。あ、いらっしゃいませ!」
天音さんが注文をとっている。私は久しぶりにここがたこ焼き屋として機能しているのを見た。
あれ、あのお客さんどこかで……。
「ねぇ天音さん。今の人って有名人?」
そのお客さんが帰ってすぐに天音さんに聞いた。
「え? あ~そうね。作家の菅松小雪さんよ。お兄ちゃんと仲良くなっちゃったみたいでね。もしかしてほのかちゃん、ファンなの?」
「いや、どっかで見た人だと思ってね。で、お父さんと知り合いってどういうことなの?」
「ほら、お兄ちゃんってたまに小説書いて自費出版してるじゃない? 偶然、菅松さんお兄ちゃんの本を読んでくれたみたいなのよ。前々からうちには来てくれてたんだけどね」
私の父、凪沢岳彦はここを営む傍ら、小説を書いている。自費出版もしているのだが、少なくとも私や母、天音さんは本を見かけたことがない。でも菅松さんが見つけたということなら、実際に売っているところはあるのだろう。
「ふ~ん。それで知り合っちゃったってことなのね」
「ええ。私の勘によれば、結構色々とありそうな人なんだけどね」
この天音さんの言葉の真意がわかるのはまだ先の話だった。




