File8-2 ~残されたメッセージ~
事件関係者
冷川 邦広(40) 『forest』副店長
市木 高文(38) 『forest』店員
遠原 良子(44) 『forest』店員
仙石 大将(30) 『forest』店員
鳥目 進(45) 『forest』店長 〔被害者〕
車谷 由実(37) 『C&K』店長
帰っていいと言われたものの、私としては事件が気になる。そこで……
「あ、もしもし網倉刑事?」
電話口からは気怠そうな声が聞こえる。
『……なんだい、凪沢さん。もしかしてこの間の事件のことか?』
「もちろんそうですよ。だってあのままなんてねぇ。どーせ何か新しい情報とかもあるんでしょ? それに凛花ちゃんも話を聞きたいって言ってたし」
『あぁ、あの子か……よしわかった。どこかで話そうじゃないか」
◇
「あ、凪沢先輩。網倉刑事が来ましたよ」
凛花ちゃんが指さす方に網倉刑事が見える。やっぱり髪が薄いし、なんとなく老け顔なせいでとても吉峰警部と同じ年齢には見えない。それに吉峰警部が実年齢より元々若く見えるのも、余計に年の差があるように感じさせる要因だと思う。
「森浦さん、久しぶりだねぇ」
「そうですね、網倉刑事」
凛花ちゃんはいつもの調子で答える。大体こんな風に無表情なのに、推理を始めると全く別人のようになるのだから不思議だ。
「ところで凪沢さん、なんでこんなたこ焼き屋に呼んだんだい?」
網倉刑事が店内を見渡しながら言った。
「別に良いじゃない。学校に来てもらう訳もいかないし。ここ、私のお父さんと叔母さんの店だし丁度良かったのよ」
「ほぉ~君のお父さんの……ってことは凪沢課長の…」
「ええ。凪沢恵理の夫の店ね」
網倉刑事はバッと店内を覗く。が、お父さんは丁度奥で休憩中のようで、今たこ焼きを作っているのは私の叔母、つまりお父さんの妹、藤畑天音さんだ(天音さんは結婚しているのでお父さんとは苗字が違う)。網倉刑事と目の合った天音さんは曖昧な笑みを浮かべて言う。
「別に聞いたお話の内容を誰かに言ったりはしませんのでご安心を…」
「あ、はい、どうも……」
店内のテーブルを挟んで私たちと網倉刑事は向かい合う。私たちの前にはせっかくだからと言って網倉刑事の買ったたこ焼きがある。
「それじゃあ話すぞ。凪沢さんから知ってることは森浦さんに話してあるんだろ?」
「ええ。吉峰警部に帰らされるまでのことは話しました」
「じゃあ話が速い。実は鳥目店長はダイイングメッセージを残していてな…」
私はたこ焼きを頬張った。
◆
「……それで、ドアや凶器の指紋に不自然なところはあったの?」
事情聴取の前に、吉峰警部が俺に聞いてきた。
「え~っと……まず凶器の大理石の置物ですが、あれには容疑者4人と被害者の鳥目さんの指紋がついていました。ま、あんなロッカールームにある置物ですから、動かしたりすることはあるでしょうし。ちなみにあの置物は鳥目さんが昔、知り合いからもらったものだそうです」
「じゃ次。現場の部屋や裏口のドアノブの指紋は?」
再び淡々と聞いてくる。
「はい、どれにも容疑者4人と鳥目さんの指紋がありました。そして拭き取られた跡も無いので、やはりここを出入りできたのはあの4人かと……。あ、でも裏口の外側のノブには凪沢さん、内側には千葉さんの指紋がありました。おそらく凪沢さんのものは冷川さんと会う前に人がいるか確認した時のもの、千葉さんのものは冷川さんに招き入れられ、ドアを閉めたときのものだと思われます」
俺が説明を終えると吉峰警部は「ちょっと来て」とだけ言って現場へと向かう。ついて行って部屋に入ると、1枚の写真を見せてきた。
「網倉君、これを見てみて」
それはかなりしわしわになった名刺の写った写真だった。
「……車谷由実、雑貨店『C&K』の店長。――って誰なんですか?」
「これ、鳥目さんが右手に握ってたのよ。多分、犯人に殴られたはずみで机から落ちた名刺に気が付いて握ったんだろうけど」
吉峰警部が指さす方には、机に置いてあったと思われる書類や筆記具などが落ちている。多分そこにこの車谷さんの名刺があったんだろう。でも遺体のあった位置からして、それらがある場所は足の辺りだ。手の届く範囲ではない。もしかして最初はその辺りが手の届く範囲で、名刺を握った後に這って移動したんじゃ……。
「気が付いてるだろうけど発見した時の遺体の位置だとすると鳥目さんは名刺を見つけられない。つまり、最初は名刺を取れる場所に倒れてその後、何かの目的で移動したの。動いたような跡もあったしね。それからこの写真を見て頂戴」
今度のには遺体の左手が写っている。
「え~っとなんなんですか?」
写真から視線をあげて吉峰警部の方を見ると冷たい視線を向けられている。俺は慌てて写真を凝視する。何か、何かないのか……。
「あ、わかりました、わかりましたよ。左手が不自然に開いてますよね。硬直した手をこじ開けたみたいに……」
「そう、正解。多分これから考えると、鳥目さんから見て左側にある棚の下にあった何かをつかんだのよ。でも犯人に気が付かれて隠滅された。そう考えるのが自然ね」
吉峰警部はそう言った。でもどうにも腑に落ちないというような顔をしている。
「何かまだ思っていることがあるんじゃないですか、吉峰警部?」
俺が聞くとため息混じりに答える。
「そりゃ-あるわよ。だってよく考えてみてよ。左手が不自然になってるってことは、硬直がある程度進んでから再び現場に戻ってから何かを取ったってことじゃない。手の指まで硬直するのは大体亡くなってから10~15時間後。鳥目さんが殺されたのは昨日の23時半~24時半だから、早くても9時半以降に犯人は現場に戻ったってわけ。それで遺体発見は13時半ごろ。だからその4時間の間に何かの理由で戻って来たのよ。それで何か自分に不利なものを見つけて無理やり左手を開けて何かを取り出した。ま、とりあえず車谷さんの話を聞こうかしらね」
◇
「はい、はい、わかりました~」
俺は『C&K』への電話を切る。すかさず吉峰警部が聞いてくる。
「どうだったの、網倉君?」
「いや~非常に驚いてましたね。今出たのは由実さんのご主人、礼司さんだったんです。それでどうやら由実さんと鳥目さんは交流が結構あったようで、礼司さんも鳥目さんと結構親しかったようですね。今日の夕方も新しく入ったバイトの人を連れて、『forest』がどんな感じでやっているのかを見せに行く予定だったようで……。あ、それで聞くところによると車谷由美さんは今、春木原中央病院に入院しているとのことです。なんでも脚を骨折して動けないとか」
「ふぅ~ん。じゃ、ちょっと蓑下さん」
吉峰警部はそこにいた蓑下君に声をかける。
「春木原中央病院まで行って車谷さんのアリバイとか、この店のことを聞いてきてくれない? 多分アリバイは完璧だろうけど」
「はい、わかりました!」
蓑下君は短い髪を揺らしながら駆け出す。小柄な彼女が走る姿はまるで、小学生のようだ。彼女は去年の春に雪美条署に来たのだが、その頃から吉峰警部の傍にくっついている感じだ。まあ吉峰警部が彼女の教育係だったいう事もあるだろうけど。
「じゃ~網倉君。私たちはここの店員たちに事情聴取といきますか」




