File8-1 ~雑貨店の悲鳴~
「あ、ここよ! お~いほのか!」
「あ~いたいた~。もう、探してウロウロしちゃったよ」
私は土曜日の今日、友達の千葉美玲、佐土原歌乃の2人と春木原駅前で待ち合わせをしていた。歌乃の行きたいお店があって、そこに行くのに付き合ってほしいとのことだ。
「それで歌乃。そのお店ってのはどこなの?」
「う~んとね。ここから歩いて15分くらいかな」
◇
まさかこういう状況で全員が黙って淡々と歩くな~んてことは無い。大抵色んなことを話しながら歩くことになる。
「ねぇ、今日行くお店で何を買いたいの?」
まず最初に話題を出したのは美玲だ。すかさず歌乃が答える。
「いや~実は上沼君へのプレゼントを買いたいのよ」
上沼君は歌乃と付き合っている人。歌乃と同じく合唱部員で、2人は合唱部内では話題のカップルだそうだ。私としては……ちょっと羨ましい。
「この間鈴夏ちゃんが持ってたハンカチが素敵でね。そんなのを彼にあげたくて、鈴夏ちゃんにどこで買ったのか聞いたの。そしたら春木原駅から行ったとこにある『forest』って店で買ったって言われてね」
「ふぅ~ん。上沼君、誕生日か何かなの?」
私が聞くと歌乃は鞄から1枚のハンカチを取り出した。きれいなチェック柄のハンカチだ。
「これ、上沼君がこの間遊びに行ったときに買ってくれたの。そのお礼に何かしたくってさ」
「歌乃は律儀ね。きっちりお返しをするなんて」
美玲も横から頷く。
「やっぱり歌乃のそういうところにあの生真面目な上沼君は惹かれたんじゃない?」
「もう、やめてよ美玲~」
歌乃は嬉しそうに笑う。顔を赤らめながら。歌乃はこういう表情の時が1番魅力的だと思う。
「でもそう言う美玲こそ、苅部君には何かアクション起こしたの?」
「いや、まだよ。だって……ねぇ。それにほら、最近彼、誰かに告白されたって噂だし……」
「え、そうなの? それって誰?」
「噂ではテニス部のマネージャーでE組の谷杉輝美って子らしいんだけど……」
◇
そんなトークで盛り上がっていたらあっという間に15分なんて時間は過ぎてしまった。私たちの目の前には『forest』がある。
しかし、ここで1つ重大な問題があった。それは、店内の電気は消されてドアは鍵がかかっていたこと。
「嘘! 今日はお休み? もう、土曜日なんだから開店しなさいよね!」
歌乃には珍しく、怒りの感情が出ている。
「どうしよっかな……。今日買いたかったんだけど……」
「ま、良いんじゃない? また別の日に来れば」
美玲が言うと歌乃は首を横に振った。
「それじゃあダメよ。明日、上沼君と出かける予定で、そこで渡したかったんだけど……」
「じゃあちょっと裏に回ってみない?意外と誰かいるかもよ」
「そうね……。ダメモトで行こうかしら」
私のその提案は意外とすんなり受け入れられ、店の横の道を歩いて裏に回ってみることにした。従業員用の駐車場っぽいところにワゴン車が1台だけ止まっていて、その奥に裏口らしきドアがある。ドアノブに手をかけてみたが、鍵がかかっている。
「ま、さすがに開いてないよね。じゃあしょうがないし別のところで探……」
「おい、そこで何をやってるんだ!」
私の言葉を遮って誰かが言った。私たちが振り返るとかなり長身の男の人が立っている。190センチくらいはありそうだ。
「何かうちの店に用でも?」
眉をひそめながらその男の人が聞いてくる。すると歌乃が答えた。
「実はどうしても今日欲しい品物があったんです。それで誰かいないかと思いまして……」
その長身の人は私たちに不審そうな目線を向けながらも黙って鍵を開けた。そして中に入りながら私たちに向けて言った。
「ま、どうしてもというなら仕方がない。本当は今日も営業する予定だったからな。だが、今回は特別だからな!」
「ありがとうございます!」
その人に通されたそこは明らかに従業員用のスペース。私たちはその人に案内されながら奥へ進む。その人はちょっと進んだところで急にピタッと立ち止まった。
「すまんが先に私の用を済ませて良いかな。ここで待っていてくれ。すぐに戻る」
そう早口で言って私たちの来た道をちょっと戻ってさっきとは反対の方向へ曲がった。変に進んで迷ったり、あらぬ疑いをかけられるのもいやなので素直に私たちはここで待つことにする。待つ間暇なので、さっきの話の続きでもしながら待っていようかと思ったときだった。
「うぎゃぁぁッ」
突然叫び声が聞こえた。
私は思わず駆け出していた。
さっき彼の行った方へ曲がる。見ると突き当りの部屋のドアが開いていて、部屋に入ってすぐのところでさっきの人がぺたんと座り込んでいる。
私は部屋の中を覗いた。
そして「どうかしたんですか?」などと聞くまでもなく、私は状況を把握した。
そこには頭から血を流した1人の男の姿があった。ドアの方に頭を向けてうつぶせに倒れている。そしてピクリとも動く気配がない。
「ほのか! ちょっと待ってよ!」
後ろから美玲の声が聞こえる。おそらく歌乃もついてきているだろう。
「ダメよ来ちゃ。早く救急車と警察を呼んで!」
私は振り返ることもせずに2人に言った。
「え?」というような声も聞こえたが、何かを察知したのか走ってくる音は止まった。私は座り込んでいる男の人に聞いた。
「この人、お知り合いですか?」
しばらく間をおいてからその人は震え声で答えた。
「あ、ああ。ここの店長の鳥目進さんだ」
◇
すぐに警察は到着した。
「あら、あなたは凪沢課長の……」
黒髪の美しい女性の刑事さんが私に声かけてきた。
「はい、凪沢ほのかです。お久しぶりですね、吉峰警部」
軽く会釈をしてから吉峰警部は現場の部屋に向かった。後ろから来た網倉刑事も「おや、久しぶりですねぇ」と軽く言って、吉峰警部に続いた。そんな私と吉峰警部のやり取りを見ていた美玲が私の肩を叩いた。
「ねえほのか、あの刑事さんと知り合いなの?」
「そうよ。私の母は刑事課長。簡単に言えば警察の割と偉い人なのよ」
吉峰紅美子警部、網倉賢三郎刑事の2人とは以前文化祭の打ち上げで行った店で起きた事件の時に出会っている。その前から2人のことは知ってはいたが。
そんなこんなで私たちは警察に事件のことを話すことにした。その前に網倉刑事が説明した。
「被害者の名前は鳥目進さん、52歳。この雑貨店『forest』の店長。死因はこの部屋にあった大理石の置物で殴られたこと。そして第一発見者はここの副店長、冷川邦広さん。ですよね?」
冷川さんはコックリ頷く。すると吉峰警部が尋ねた。
「では冷川さん、鳥目さんの遺体を発見した時の状況を詳しく教えてもらえますか?」
「はい。今日はうちの店、臨時休業だったんです。昨日の夜に店長からメールが来たんで……。ほら、これ」
スマホを操作して冷川さんはメールを吉峰警部たちに見せる。私たちにも見せてほしかったが、そんなこと言うわけにはいかない。
「昨日の夜、店長のパソコンから送られたものです。送信時刻は11時56分となっていますし、この時間まで店長は生きてたんじゃないですかね……。これに書いてあった通り、理由は後日とのことだったので臨時休業の訳はよくわかりませんが。それで今日は1日中暇だったのでずっと家にいたんです。でも昼過ぎに、昨日店に財布を置いてきていたことに気が付いたのでここに。そうしたら店の裏にあの女子高生たちがいて、どうしても今日買いたい商品があると言っていたので店の中に入れたんです。それで彼女たちを店舗の方に連れていく前に財布を取ろうと思いまして、あのロッカールームに入ったら店長が……」
そこまで話すと冷川さんはうつむき、口ごもる。吉峰警部は冷川さんのことを察したようで、すぐに話を止めさせた。
「ありがとうございます、冷川さん。それじゃ今度はあなたたちの話を聞かせてもらえます?」
吉峰警部は私たちの方に視線を移す。まずは歌乃が説明した。
「以前ここで見かけた商品をどうしても買いたくて今日はこの店に来たんです。この2人も誘って。ね?」
私と美玲は「うん」と相槌を打つ。
「それで電気は消えてて鍵もかかってたんですけど、店の裏に誰かいないかなって思ってお店の脇を通って裏に回ってみたんです。それで裏口っぽいところから入ろうとしたんですがやっぱりダメで。諦めて帰ろうとしたところでその男の人に声をかけられました」
「わかりました。ありがとうございます、佐土原さん」
吉峰警部はそう言いながら手帳をめくり、長い髪を掻きあげながらさらに続ける。
「遺体発見時、表の店の出入り口は施錠されていて鍵の開いている窓も無かった。つまり、犯人は堂々とここの鍵を使って出入りしたはずです。だから犯人はここを自由に出入りできる人物ということ――」
そしてキリッと冷川さんの方に向く。
「冷川さん、この店の鍵を持っている人物を教えてもらえますか?」
「……ここで働いている人はみんな持っていますよ。店員も少ないですしその方が何かと便利だということで。それで持っているのは、遠原良子さん、市木高文さん、仙石大将君、それから私の4人ですかね」
「それじゃあ網倉君、さっそくその3人に連絡を…」
「警部!」
突然、女性の刑事さんが私たちのいる部屋に入って来た。かなり小柄で、中学生くらいにも見える。
「何? 急な用事? 何か犯人につながる重要なことでも見つけたの?」
その刑事さんは吉峰警部に睨まれ一瞬たじろいだようだったが、吉峰警部に耳打ちした。それを聞いた吉峰警部は驚きの表情を浮かべ、網倉刑事に容疑者への連絡を頼むと部屋を出て行った。
◆
「警部、これなんですが……」
蓑下八重乃刑事が私に見せたてきたのは1枚の名刺。
「被害者の鳥目店長が握ってたものです」
説明を聞きながら私はくしゃくしゃになった名刺を開く。そこにあった名前は……
「車谷由実……? 被害者と同じく雑貨店を経営してるみたいね」
「そうですね。それに、もしかしたらこれは……」
彼女はそこまで言って口をつぐむ。
「被害者のダイイングメッセージ……。そう言いたいんでしょ? これに電話番号も書いてあるしこの車谷って人にも事情を聞くわよ!」
部屋を出る前に被害者をふと見ると、左手が不自然に開いている。
「ねえ、その名刺どっちの手に握ってたの?」
面食らったような顔をしてから蓑下は答える。
「え~っと、確か右手ですね。はい、確かに右手に」
「じゃあ左手には何もなかったの?」
「別に何も」
……不自然ね。心の中で呟いた。
◆
ここの店員が全員揃うまで私や美玲、歌乃の3人と冷川さんは1室で待つことになった。シンと静まり返ってはいるが、何か話して待つ雰囲気ではない。
「冷川さん、急に呼び出して一体何があったんですか?」
最初にやってきたのは背の低い、眼鏡をかけた男の人。冷川さんの背が高いこともあってより低く見える。
「市木さん……。じ、実は店長が……」
冷川さんが、近くに立つ私にも聞こえないほどの小声で彼に言う。それを聞いた市木さんは目を見開いた。そしてそのまま何を言わずに椅子に座る。市木さんはかなり狼狽えている。椅子に座った後にも足や手が震えているのがわかる。
次に来たのは髪の短い女性。どことなく気品がある感じだ。
「ちょっと冷川さんどういうことなの?」
「実は遠原さん、店長が……」
「は? な、何言ってんの?」
驚愕の表情を浮かべながらもコツコツと歩いて市木さんの隣にどかっと座る。が、すぐに立ち上がり部屋の隅へ移動して煙草に火をつける。そんな様子を冷川さんは怪訝な顔で見ている。
最後に来たのはがっしりした、大柄のいかにも力のありそうな男の人。この店の人では1番若そうだ。
「冷川さん、何があったんですか?」
「ああ、仙石君。実は店長が……」
「え、それはどういう……」
仙石さんが椅子に腰かけたのと同時に吉峰警部がやって来た。
「みなさん、来ていただきありがとうございます。
この店の店長、鳥目進さんが何者かに殺害されました。そして発見当時、この店は密室でした。つまり、この店の鍵を使って出入りできる人物が犯人であると考えられます。そこで皆さんの昨日の夜11時半から12時半までのアリバイをお聞きしたいのですが……」
「そんなのある方が怪しくない?」
遠原さんが呆れ声で言う。
「だって昨日店長以外の人が帰ったのは確か10時過ぎ。それからまっすぐ家に帰っても帰んなくても12時にアリバイは無いんじゃない?」
冷川さんと仙石さんは頷く。ただ1人遠原さんに同意しなかった市木さんに視線が集まる。
「あら市木。あなた、アリバイがあるの?」
「は、はい」
市木さんは声が震えている。店長が殺され動揺しているのもあるだろうが、今注目が集まっていることもその原因の1つだろう。そのままの声の調子で市木さんは言った。
「昨日、偶然大学時代の友人2人と会って飲みに行ってたんですよ、1時過ぎまで。私の友人やそこの店員に聞けば、店に着いた11時くらいから30分以上私が席を外した時間は無いと証明されると……」
「そうですか。では確認しておきましょう。後で店の名前やご友人の連絡策などを教えてください。それでは市木さんを除いた3人は家にいたんですか?」
「ええ」「そうです」「はい」
3人の返事を聞くと吉峰警部はペンをカチカチ鳴らしながら考え込んでいる。すると沈黙を破るように仙石さんが口を開いた。
「警部さん、あの女子高生っぽい子たちは何なんですか?さっきから気になってるんですが」
「ちょっと色々事情があって冷川さんが遺体を発見した時に店にいた子達ですよ。
そうねぇ、別にあなたたちは帰っても良いですよ。何かあったらまた連絡がいくかもしれないけど」
美玲と歌乃はFile2で初登場。




