06 完璧令嬢は愛される
それから、私の学園生活は様変わりした。
まず、「アル様」呼びから「アル」呼びになった。
伯爵家の秘密を知ったその日に、「そろそろ『様』を取って? あと、敬語もやめて?」と言われてしまったのだ。だいぶ、圧が強めの感じで。
私たちの親密さを、学園の内外に知らしめたいらしい。
学園の登下校はアル様、じゃない、アルが伯爵家の馬車で送り迎えしてくれるようになり、私への愛情表現も一切隠さなくなった。
これまでの塩対応は何だったのかというくらい、その溺愛ぶりは日々加速している。
アルの態度が目に見えて豹変し、度肝を抜かれる学園生たちが続出する中、なぜか不満を露わにしたのはヴィクトル殿下だった。
表立って何か言ってくるわけではないけれど、明らかに不服そうな顔をしながら事あるごとに私たちをチラ見している殿下。
アルは「放っておいてもいいんじゃない?」と言うし、私だって別に話したいわけでもないから、とりあえずそのまま完全に放置している。そのうちまたいつものように皮肉めいた口調で近づいてくるのだろうけど、アルがいてくれるから怖くはない。むしろ、いつでも来やがれ、的な気分である。
ちなみに、殿下は『影』の実態をまだ知らないらしい。
王族が『影』の詳細について知らされるのは、学園の最終学年になったときなんだとか。
そう考えると、元王女でもあるお母様は、私がアルと婚約したいと言ったときにはすべて知っていたことになる。
あのとき、何度も念を押すように確認されたのはそういう理由だったのだろう。
ただ、降嫁して王家の人間ではなくなった身ゆえに、はっきりとは口にできなかったのだと思う。
アルが伯爵家の秘密について話してくれたことをきっかけにして、私たちは改めて、一つの約束をした。
それは、できるだけ隠し事をしないということ。
だから私も、多少恥ずかしくはあったものの、自分に欠けている『可愛げ』を習得するためにマイア様を手本にしながら試行錯誤していたことを打ち明けた。
でも――――。
アルは若干呆れたような顔をしながら、渋々といった様子でこう言ったのだ。
「そのマイアも、実は『影』の一人なんだけど」
「…………はい!?」
驚きすぎて二の句が継げずにいる私に、アルは容赦なく追い打ちをかける。
「ある貴族に、他国と通じているという疑いが浮上していてね。王家や国の機密情報を売り捌いて私腹を肥やしているみたいだったから、学園に通っているそいつの令息に近づいて探ってみることになったんだ。マイアは身分を偽って学園に入学したあと、その令息に近づいていろいろ情報を入手しようとしていたんだよ」
「え、じゃあ、ソロル男爵の庶子という話は……」
「嘘だよ。ついでに『マイア』って名前も偽名だし」
「え!?」
「もっと言えば、あいつ男だし」
「えーーーーっ!?」
ななななんてことなの!?
あのマイア様が、私が『可愛げ』の師と仰いだマイア様が、おおお男の人だったなんて……!!!
「まあ、あいつがうまいことハニートラップを仕掛けたおかげで、決定的な証拠が掴めたみたいだからね。近いうちに学園を退学して、姿を消す予定になってるんだけど」
「いなくなってしまうの?」
「そうだよ。公には、『ソロル男爵は多額の借金を抱えていて、娘を他国の貴族の後妻として嫁がせざるを得なくなった』と発表されることになっている。あいつは変装の名人で何にでも化けられるんだけど、今回はちょっと派手に立ち回ったからね。ほとぼりが冷めるまでは、しばらくどこかで大人しくしているんじゃないかな」
驚愕の真実に頭の中は大混乱、まったく理解が追いつかない。
つまり、マイア様は、いや、本名はわからないけど『可愛げマスター』のあの方は、実は男性で、『影』の一員で、他国と通じている貴族を探るために可愛げを振り撒いて令息たちを虜にし、着々と任務を遂行していたというの!?
『王家の影』、恐るべし!!!
「でもさ」
アルがずずずっと距離を詰めたかと思うと、私の腰を優しく引き寄せた。
「そもそも、なんでセレスは自分に可愛げがない、なんて思ったの?」
「そ、それは、知らない令嬢たちが、そういう話をしているのを偶然聞いちゃったから……」
「なんだよそれ」
「完璧すぎると逆に疎まれるとか、私に可愛げがないからアルも気が休まらないとか、それを聞いて確かにそうかなと思って……」
「そんなわけないだろう?」
「でも、ヴィクトル殿下にも可愛げがないからアルとうまくいかないんだと言われてしまって、やっぱりそうなんだって思っちゃって……」
決まり悪くて視線を落とすと、アルは盛大にため息をつく。
「まあ、半分以上は俺の態度が悪かったせいでもあるけどさ」
そう言って、アルは俯く私の顔を覗き込んだ。
「セレスに可愛げがないだなんて、そいつらはいったいどこに目をつけているんだ? セレスはこんなにも可愛いのにな」
アルが悪戯っぽく笑うから、私の頬もどんどん真っ赤に染まっていく。
あれからアルは、「可愛い」という言葉を毎日毎日これでもかというくらい、口にするようになった。
「今まで言わずに我慢していた分もあるから、まだまだ全然言い足りない。なんならもっと言いたい」
なんて、人前だろうがなんだろうが、恥ずかしげもなく堂々と主張するのだ。そりゃ、今まで言われてこなかった分、うれしいに決まっているのだけど、いい加減ちょっとこっちの身が持たないというのが正直なところである。
「でも、殿下はともかく、その令嬢たちにはしっかりと報いを受けてもらうべきだよな」
不意に、どこか嗜虐的な笑みを浮かべたアルが、事もなげにつぶやく。
「報いって……?」
「セレスを傷つけて、貶めた報いだよ」
「でも、別に傷ついていないし、もっともだな、と思った部分もあったし……」
「残念だけど、それじゃあ俺の気が済まない」
声は優しいけど、表情も笑顔だけど、目が笑ってない。まったくもって、一ミリも笑っていない。
何やら見てはいけないものを見てしまったような、やばい蓋を開けてしまったような気がするのは、私だけ……?
それからアルは、あの日空き教室でコソコソと噂話に興じていた数人の令嬢たちを光の速さで特定し、それぞれの家門の『公にはできないちょっとした秘密情報』を入手して、裏から揺さぶりをかけたらしい。
何をしたのかはっきりとはわからないものの、何人かの令嬢は学園で見かけなくなってしまったし、ある令嬢の家は長年の不正経理が発覚したことで降爵処分が決まったという。さすがは『王家の影』の次期トップ、と思ってしまったけど、褒めていいのかどうか、ちょっと迷っている。
もしかして、実はアルって意外に腹黒だったりするのかしら……? なんて一瞬思った私が、腹黒なだけでは終わらない、アルのいろんな側面を知るのはもう少しあとのこと。
「とにかく、セレスは今のままで十分可愛いんだからさ。むしろ、これ以上可愛くなっちゃったら俺もいろいろ我慢できなくなるから、自重して?」
「…………え? が、我慢?」
「そう」
「……それって――?」
「ごめん、やっぱり無理だった」
愛おしげな目をするアルがそのまま唇を塞いでしまったから、私は結局、何も言えなかった。
「ところで、ヴィクトル殿下はその『報い』とやらを受けなくてもいいの?」
「あの人は、とっくに報いを受けているからいいんだよ」
「……え?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今年も酷暑のようですので、みなさま水分取って、塩分とって、身体に気をつけてお過ごしください!




