砂漠の嵐-24:瑕疵
サウジアラビア、リヤド。多国籍軍総司令部。砂漠の熱気を完全に遮断した、冷房の効きすぎた地下作戦室。その冷たく乾燥した空気は、数枚のファックスと高解像度の衛星写真が持ち込まれた瞬間、絶対零度まで凍りついた。
「……誤報ではないのか」
ノーマン・シュワルツァー大将——湾岸の連合軍を束ねる巨漢の司令官は、震える情報将校の手から報告書をひったくり、呻くように言った。だが、添えられた偵察衛星の画像は、否定しようのない冷酷な真実を突きつけていた。
月明かりの砂漠に点々と広がる、黒い染み。それらはすべて、世界最強と謳われたM1エイブラムスの、無残な焼死体だった。砲塔が吹き飛び、車体が溶解した鉄の塊。生存者がいるようには見えない。
「第3機甲大隊、全滅判定。生存者は……現時点で一桁です」
情報将校の声が裏返る。
「敵戦力は、追跡不能。北東のイラン国境方面へ離脱した模様。急行したアパッチ小隊も、未知の新型地対空ミサイルによる反撃を受け、2機が撃墜、残機も損傷。追跡を断念しました」
ダンッ!! シュワルツァーは、分厚い拳でデスクを叩きつけた。コーヒーカップが跳ね、床に落ちて砕ける。
「イラク軍の共和国防衛隊だと? 馬鹿を言うな!」
将軍は吠えた。
「連中の装備はT-72だ! 夜間に、サーマルサイトを持つM1に対して熱源を隠蔽して肉薄し、あろうことか高速機動で側面を食い破る連携など、奴らにできるはずがない!」
イラク軍の戦術は、陣地を固めて待ち受けるソ連式の防衛戦だ。自ら砂漠を駆け、米軍の死角を突き、一方的に狩り殺して消える。そんな芸当ができるのは、世界に一組織しかいない。
「……顧問団か」
将軍の脳裏に、冷戦時代、西ドイツのフルダ渓谷で対峙し続け、シミュレーションを繰り返したあの悪夢が蘇る。ソビエト連邦軍。規律、火力、そして容赦のない攻撃的機動ドクトリン。この攻撃の痕跡は、紛れもなく「イワン」のものだ。それも、並の部隊ではない。最新鋭の機材を持ち込んだ、スペシャリストの集団。
「北の『演習』は、これの陽動だったのか……!」
シュワルツァーは、地図上のイラン国境を睨みつけた。ソ連軍の大規模演習と、不審な空域侵犯。あれに目を奪われ、AWACSと戦闘機を北へ向けさせられた。その隙を、地上の狼たちが突いたのだ。完全に、一杯食わされた。
「閣下、ワシントンへの報告は……ホワイトハウスが状況説明を求めています」
「……」
将軍は、目を伏せた。この「砂漠の嵐」作戦は、単なるクウェート解放戦争ではない。冷戦に勝利したアメリカが、唯一の超大国として世界に君臨するための、華々しい「戴冠式」となるはずだった。
圧倒的なハイテク兵器で、旧式のソ連製兵器を鎧袖一触にし、ソ連の軍事的な威信にとどめを刺す。それが、書き上げられていたシナリオだ。
だが、現実はどうだ。米軍の一個大隊が、ソ連の最新兵器によって、手もなく捻り潰された。「M1神話」の崩壊。「アパッチ」の敗北。その事実は、消えない泥となって「勝者」の顔に塗りたくられたのだ。
「……被害規模は伏せろ。敵の攻撃とは認めるな」
シュワルツァーは、力なく椅子に沈み込んだ。その巨体が、今は小さく見えた。
「通信途絶による部隊の孤立、および友軍相撃の可能性が高いと報告しておけ。……詳細な調査中だとな」
戦争には勝つだろう。物量が違う。イラク軍そのものは崩壊している。だが、この作戦が終わった時、完璧な勝利者としての自分の名声に、拭えない傷が残ることを彼は悟っていた。
そして何より、ペンタゴンの背広組や軍需産業は、これから思い知ることになるだろう。死に体の熊が、最後の力を振り絞って振るった爪が、どれほど深く、致命的な傷を「新世界秩序」に残したのかを。ソ連製兵器の株価は、明日から爆上がりするはずだ。
「……地獄へ落ちろ、イワン」
リヤドの地下深く、敗北の味を知った将軍の呟きは、誰にも届くことなく、空調の低い唸り音に吸い込まれていった。
極秘指定 / 最高機密 (TOP SECRET // NOFORN) 緊急打電 / FLASH PRECEDENCE
宛先: 合衆国大統領、国家安全保障問題担当大統領補佐官 発信: 中央軍司令官 ノーマン・シュワルツァー大将 日時: 1991年1月xx日 0430Z 件名: 【緊急報告】イラク・クウェート国境東部(セクター4)における重大な交戦結果と技術的評価について
1. 概要 (EXECUTIVE SUMMARY) 昨日未明、イラン国境付近の側面警戒任務に従事していた第3機甲大隊(州兵混成部隊)が、正体不明の敵機甲部隊と交戦。極めて遺憾ながら、当該大隊は「全滅(Total Loss)」と判定された。 敵戦力は、イラク共和国防衛隊の装備・戦術ドクトリンとは完全に異質であり、高度に訓練された「Tier-1(第一級)」の敵対勢力と断定される。 本報告は、初期の戦闘損害評価(BDA)に基づくものであり、特に我が軍の主力戦車M1A1および敵主力戦車(推定T-80U)の技術的対比において、極めて深刻な懸念を示唆するものである。
2. 友軍損害状況 (FRIENDLY FORCE STATUS)
第3機甲大隊: 戦闘能力を完全に喪失。
M1A1エイブラムス: 配備車両の90%以上が完全撃破(Catastrophic Kill)。砲塔の射出を伴う弾薬庫誘爆、および車体側面の貫通による火災発生を確認。
生存車両: かろうじて3両のみが原形を留めているが、全車ともセンサー、履帯、主砲のいずれかを破壊された「任務遂行不能(Mission Kill)」状態であり、自力走行は不可能。
人的被害: 壊滅的。救出部隊が回収できた生存者は、大隊長ハンス・シュルツ中佐を含む**わずか数名(Single digit)**に留まる。
3. 敵戦力評価 (ENEMY FORCE ASSESSMENT)
推定戦力: 強化戦車大隊規模(T-80U主力、BMP-2/3随伴)。
損害: * 完全撃破: 1両のみ確認。M829A1(劣化ウラン弾)の至近距離射撃による砲塔正面貫通、内部誘爆。
任務不能: 推定3~4両に対し、履帯切断等の損害を与えた痕跡あり。しかしながら、敵は撤退時にこれら全ての損傷車両を迅速に回収・曳航しており、戦場には完全撃破された1両の残骸しか残されていない。この高い回収能力は、イラク軍には不可能な芸当である。
4. 技術的・戦術的分析 (TACTICAL ANALYSIS) 本件は、従来の対ソ戦術ドクトリンを根本から揺るがす事態である。
ステルス性の喪失: 敵車両は、未知の熱線遮断技術(断熱カバーおよび環境利用)を使用。我が軍のサーマルサイト(熱線映像装置)に対し、極めて高い隠蔽性を発揮した。「先に発見し、先に撃つ(First Look, First Kill)」というM1の優位性が無効化された。
機動力と火力: 敵は夜間の砂漠において、M1を凌駕する機動力を発揮。側面攻撃により、M1の装甲が薄い部位を正確に指向した。また、敵の使用した対戦車ミサイル(形式不明、主砲発射型と推測)は、M1の側面装甲を容易に貫徹する威力を有している。
対空能力: 救援に向かったAH-64部隊に対し、既存のフレア欺瞞が通用しない新型MANPADSが使用された。制空権下においても、機甲部隊単独での生存性を確保している。
5. 結論と提言 (CONCLUSION) 「砂漠の嵐」作戦における勝利は揺るがないが、技術的優位性という観点において、我々は敗北した。 ソビエト製最新鋭兵器は、適切な運用下においては、M1A1エイブラムスを一方的に殺傷する能力を有していることが実証された。 本件が公になれば、「ハイテク戦争の勝利」という政治的成果は崩壊し、同盟国および軍需市場における米国の信頼性は失墜する恐れがある。
提言:
本件を「友軍相撃」または「不慮の事故」として処理し、敵の能力に関する情報を最高レベルで秘匿すること。
次世代戦車開発および既存M1の改修(特に側面防御と対熱線センサーの強化)を最優先事項として予算請求を行うこと。
警告: 「熊」は死んでいない。爪を研いでいる。
以上
更新の励みになります。ブクマ・感想・評価いただけると嬉しいです。




