砂漠の嵐-19:開幕
轟音よりも先に、超音速の飛翔体が巻き起こす衝撃波が、砂漠の夜気を叩いた。
「……は?」
ハンス・シュルツ中佐は、自分の目が捉えた光景を脳が処理するのに、コンマ数秒の時間を要した。 右翼を並走していた僚車、第3小隊長の乗るM1A1エイブラムス。
「無敵」と謳われたその角張った砲塔の側面、バスケット付近から、火花とセラミック片が激しく噴き出したかと思うと、60トンの巨体がガクリと、まるで首をへし折られた巨人のように傾いたのだ。 砲塔リングへの直撃。油圧系が全損し、砲身が地面を指して力なく垂れ下がる。
さらにその奥で、随伴していたM2ブラッドレー歩兵戦闘車が、紙箱のように内側から破裂した。 アルミ合金の装甲は、ソビエト製のタングステン弾芯の前には存在しないも同然だった。搭載していたTOWミサイルが誘爆し、青白い火柱が夜空を焦がす。
「敵襲ッ!! 右方(3時方向)!!」
シュルツの絶叫が無線に響くのと同時に、砂丘の稜線が一斉に発火した。 一瞬の閃光。そして、夜気を切り裂いて殺到する無数の光弾。
「くそっ、どこからだ!?」
砲手席のモニターを覗き込む。 米軍が誇る弾道計算機が、即座に脅威判定を行う。 液晶画面上の熱源表示に、突如として赤いターゲットマーカーが無数に出現した。
今まで「冷たい砂岩」だと思い込んでいた稜線の塊が、排熱カバーを脱ぎ捨て、次々と熱を帯びた「敵」へと変貌していく。
『大隊長! 3番車、被弾! 砲手応答なし!』
『ブラボー2がやられた! 全滅だ!』
『RPGじゃない! 戦車砲だ! なぜだ、イラク軍のT-72にこんな芸当ができるはずが……』
悲鳴のような報告が飛び交う中、シュルツは戦慄すべき事実に気づいた。 M60A3部隊だ。 列の中央にいる旧式のM60たちは、一発も被弾していない。 敵は、暗闇の中で正確に車種を識別している。
サーマルという「目」を持つM1と、長射程の対戦車ミサイルを持つM2だけを、外科手術のように狙い撃ちにしているのだ。
「ミサイルだ! 戦車からミサイルを撃ってきやがった!」
誰かが叫んだ。 直射弾道ではない。レーザーの糸に引かれるように、不規則に機動しながらM1の弱点へ吸い込まれる光。 砲発射対戦車ミサイル「レフレークス」。 西側の情報部が「存在はするが、実戦配備はされていない」と分析していたソビエトの最新兵器。それが今、イラクの砂漠で牙を剥いている。
「総員、応戦せよ! スモークを焚け! M60部隊は前に出るな、M1の陰に入れ! 奴らは我々の『目』を潰しに来ている!」
シュルツは必死に指揮を執る。 だが、その指揮系統すらも、敵の正確無比な射撃によって寸断されつつあった。
『こちらアルファ1! 12時方向、敵影確認! サーマルに感あり! ……馬鹿な、あれはT-72じゃない!』
暗視装置越しに、敵のシルエットが浮かび上がる。 低い車高。爆発反応装甲(コンタークト5)を鎧のように纏った滑らかな砲塔。そして、狂ったような速度で次弾を装填する自動装填装置の連射音。 ガスタービンエンジンの独特の甲高い音が、砂漠の風に乗って聞こえてくる。
「T-80……」
シュルツの口から、乾いた呻きが漏れた。 ソビエト連邦軍、親衛戦車師団の主力。 なぜ、こんなところに奴らがいる?
「罠だ……」
これはイラク軍の残敵掃討ではない。 我々は、誘い込まれたのだ。 世界最強の兵器という「神話」を、ソビエト製の鉄槌で粉々に打ち砕くための、残酷な実験場へと。
シュルツは無線機のチャンネルを叩き変えた。
「オーバーロード(AWACS)! こちらアンヴィル6! 緊急支援だ! 今すぐ近接航空支援(CAS)をよこせ! A-10でもアパッチでもいい、目の前の稜線を焼き払ってくれ!」
彼に残された希望は、空からの暴力だけだった。 だが、返ってきたのは、ノイズ混じりの、無慈悲で事務的な応答だけだった。
『却下する。繰り返す、CASは出せない。現在、北方空域でのアンノウン対応および、イラン国境付近の不審なレーダー波への対処により、全支援機は出払っている』
「ふざけるなッ!! 我々は全滅するぞ!」
『現存戦力で持ちこたえろ。アウト』
通信が切れる。 空は、どこまでも高く、冷たかった。
「畜生ォッ!」
シュルツがマイクをコンソールに叩きつけた瞬間、正面装甲に凄まじい衝撃が走った。 火花が散り、車内灯が明滅する。 砲塔前面の劣化ウラン装甲が、かろうじて敵弾を弾いたのだ。だが、その運動エネルギーの衝撃で火器管制システム(FCS)がエラーを吐き出し、レーザー測距儀が焼き切れる。
「生き残れ!」
シュルツは、もはや勝利ではなく、生存のために叫んだ。
「相手はイラク人じゃない! 『熊』だ! 全力で食らいつけ!」
砂漠の嵐の片隅で、歴史の教科書には一行も残らない、しかし兵器の歴史を確実に変える戦車戦の火蓋が、今、切って落とされた。
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