なんだかぐちゃぐちゃなロイド
ヘンリーは、素直に謝った。それ以外、考えられなかった。
「まずは、謝る。どう考えても、こっちが悪い、と言うより、変だ。
申し訳ない。マチルダ嬢は怒っているのかな」
「いいえ、ダンスが素敵でしたっていうカードをもらって、まめな人ねって言ってたわ」
ダンスが素敵でした? 何も伝わらないだろうが! 相手だって戸惑うぞ! もう少しまともな事を書けないのか、と、怒涛の如く頭の中で罵ったあと、ものすごく違和感を感じた。あのロイドが、何をしているんだ。
「俺も、あんなあいつは初めてで、どうしてやったらいいのかわからないんだ。
おまけに間が悪すぎる。今日三回もマチルダ嬢の部屋に行ったんだぜ。何でいないんだよ。三回目は寝ていたっていうし。何かの呪いか?」
駄目だあ。逆切れ気味になってしまった。すぐにヘンリーは反省した。
「すまない。やっぱりこっちが悪いんだ」
そう言って、また居心地悪そうになる。大きな肩を丸めて、叱られっ子のような風情だ。
見ていたミシェルは、少しヘンリーに同情し始めていた。別に彼が悪い訳じゃないんだものね。その疲れようには、私も覚えがあるわ。
「そうよね。両想い、なのよね。なのに、何でこんなにうまくいかないの。誰か呪っていない?」
少し違う方向だったけど、溜まっていた不満を吐き出すことが出来た。あ~、少しすっきりしたわ。ミシェルは溜まっていたもやもやをリセットできたので、少し落ち着いたのだった。
そして言った。
「マチルダは、とても綺麗になったわ。見てわかるでしょ。恋しているの。
だけどね、わかりすぎるほど綺麗になったから、今、私の従兄ががっちりガードしているわよ。その他の男共も、虎視眈々と彼女を狙っているわ。其処のところ、わかっているのよね」
ヘンリーはうろたえた。
自分自身は彼女をあまり見ていなかったが、今夜の彼女は光り輝いていて、すぐに目に付いたほどだった。ロイドはもちろん、すぐに魅了されて、腑抜けになった。そして、いつもなら完璧にさばけるはずの女達に捕まり、身動き付けずにいる。
おい、まずい状況かもしれないぞ。このままだと、どこかの男に攫われるかもしれないってことか?
ロイド、腑抜けている場合じゃないぞ。
「ありがとう。よくわかった。あいつの頭を一発はたいて、正気を取り戻させるよ」
二人は急いで舞踏会会場に戻った。
ロイドは、女性たちに囲まれ、適当に話を合わせながらも焦っていた。マチルダが友人の従兄とずっと一緒にいるからだ。そして、その周りを彼女狙いと一目でわかる男たちが、取り巻いていた。
いつもなら、余裕で他の男達をかき分けて、割り込んで行けたのに、今日は足が動かない。
「ロイド様、昨夜のダンスはとても素敵でしたわ。思い出にもう一度踊っていただけないでしょうか」
そう言ってグイっと他の女性を押しのけたのはイザベラだった。ロイドは半分上の空で機械的に受け答えをしていた。
「イザベラ嬢、今宵もお綺麗ですね。申し訳ないが今夜は先約があるのです」
マチルダが気になって、気持ち半分で応対しているので、どうもぎこちなくなる。
「先約のお方がまだ到着されていないのなら、それまで踊りませんか」
そう言われてしまうと、断り切れずにフロアに出ることになってしまった。イザベルはすごくうれしそうだ。
フロアに引っ張り出されて、やっと、ロイドはまともにイザベルを見た。昨日とは見間違うほどに派手な出で立ちだった。ドレスも派手なら、化粧も派手だった。
さすがに驚いて、マチルダの事を一瞬なりとも忘れることが出来た。
「今夜は、昨夜と全然雰囲気が違いますね。別人かと思いましたよ」
「まあ、うれしいわ。頑張っておしゃれしたかいがあります」
「ええ、とても素敵ですね」
機械的に正しい答えが口から出て行く。やっと、いつも通りに戻ったような気がする。だが、一応好みの範疇だと思った女性が、こんなに違うタイプだったとは。自分の目が信じられなくなってしまった。
踊っているうちに、マチルダが同じようにフロアに出ていたのに気付いた。あの従兄と一緒だ。笑いながら、しゃべりながら、楽しそうに踊っている。ぐるっと何かが胸の中で暴れ回った気がした。
はあーっと息を吐いて動揺をいなし、マチルダの方を見ないようにした。とても耐えられそうになかったからだ。イザベルの方に視線を固定し、とにかく一曲を踊り切った。