目には目を 後編
「う、うわ──!? な、何言ってるの!?」
飛鳥さんのトンデモ発言に対し、言葉が出ない当の本人をよそに、誰よりも余裕のない反応を示したのは柊和だった。
しかし、飛鳥さんはそんな柊和に反応することなく護君へと囁き続ける。
「護かわいそ~だよなぁ。ただ恩がある美咲と親しくしてただけで、やましい気持ちはなかったのに『なら私も浮気してやる』とかさぁ。そんなん言いがかりじゃんなぁ?」
「え? いや……」
「ならぁ……折角だし、本当に浮気しとかないと損じゃね?」
「損とか得とかそういう話ではないのでは……?」
「ダメだよ! 絶対ダメだからっ!」
本来であれば護君もNOと即答したことだろう。しかし、今回ばかりは護君も飛鳥さんの意図を理解していた。
──これは、太陽だ。
北風を吹かせて強引に柊和と雲ちゃんを引き離すのではなく、柊和に自分から茶番を終わらせるよう働きかける太陽。
「だいじょぶだいじょぶ! 柊和の例に鑑みて、もし護が血縁ないと恋できない系男子だったとして」
「そんな系統は存在しない」
「だとすれば、私この世で3番目に護のタイプってことになるから! 義姉さんの次にイケる!」
「イケるわけないね」
「えっ……母方オンリー?」
「ノーオンリー! というか、母さんが2番目なの前提にしないで?」
「違った!? じゃあアタシが2番目の女じゃん!」
「それも違う! そもそも血縁で恋しないから! 僕は血縁気にしない系男子なだけ!」
「それはそれでツッコミ所だけど?」
柊和以外の人に遠慮なくツッコミを入れる護君というレアな光景。
これは確かに詩葉先輩とは違う方面で柊和が苦手としそうな相手だ。
だってパワーが凄い。ゴリ押しで物量に物を言わせるマシンガントークは捌き切れても体力が目減りしていく一方で、それなのに飛鳥さんの方はちっとも疲れた様子を見せてくれない。
こんなの、心が折れる一方だ。
「まぁ細かいことはいいんだって。こんな美人に抱き付かれてんだからもっと喜ばんかい。ほれ!」
「わぷ……!」
「あーっ!」
飛鳥さんは護君の頭に両手を回すと、そのまま自分の胸へと引っ張り込んでしまう。
ケラケラと楽しそうに笑う飛鳥さんと、胸に顔を圧迫されて喋れない護君。
そんな二人を見て柊和は大きな声を上げた。
これだけのことをしても、私の目には飛鳥さんと護君に甘い空気が流れているようには見えず、やんちゃな叔母に苦労性の甥が振り回されているようにしか見えなくて……けれど、柊和にはそうではないらしい。
「ははっ、あんま胸の中で暴れんなって、くすぐったいぞー?」
「あ、飛鳥さん力強すぎるんだって……ほ、本当に息でき……むぐっ……!」
「う〜〜〜っ!」
護君の命が呼吸困難で掻き消えそうな代わりに、太陽作戦の効果は覿面だった。
柊和は余裕をなくして、既に浮気どころではなくなっている。構ってもらえなくなった雲ちゃんもどこか悔しそうだ。
「ひひっ」
「!!!」
歯噛みする柊和を相手に、飛鳥さんは余裕に満ちた表情で白い歯を見せつけた。
それを受けても柊和は動けないままだった。
力尽くでも飛鳥さんには勝てないので、手をこまねくしかできることがないのだろう。
柊和も所詮は茶番と無視できれば、飛鳥さんに一方的に振り回されることもなかっただろう……しかし、きっと理解しているのだ。もし無視したとしても、飛鳥さんの手が緩むことはない。
コレは単なる演技などではなく、むしろ飛鳥さん自身が護君への愛情表現を遠慮なく行うための建前……そういう意味で正しく茶番なのだと。
なので、柊和が制止しなければ飛鳥さんは平気でエスカレートしていく。
それは当然のように、柊和にとって看過できないところまで平気で……。
「柊和先輩‼ 二人に負けちゃダメですよ! 張り合いましょう! 負けじと! あれよりずっとすごい感じで!」
雲ちゃんもエスカレートしていた。
飛鳥さんと護君を自分たちに置き換えて良からぬことを考えていた。
「おーい柊和ぃー? いつまでも強がって意地張ってるとアタシが護、寝取っちゃうぞぉ~?」
ここに来てようやく、飛鳥さんが柊和に語り掛ける。
それも、弱っているとはいえ全力で抵抗する護君を、余裕で捕まえながら。
柊和は悔しそうだし、護君は窒息しそうだった。
「くぅ……無理に女狐気取ってぇ……!」
「おっ、負け犬の遠吠えかぁ〜!? 今は何言われても痛くも痒くないなぁ! 結構結構!」
「その歳で恋愛経験皆無のくせに!」
「今関係ないだろ!」
「あるでしょ永世処女!」
「将来まではわかりませんけどぉ!?」
ただ、やはり口でやり合うと柊和に軍配は上がった。
というか、飛鳥さんは口論が全然強くなさそうだった。
「なぁ~どうせ見切り発車でどうオチをつけるかも考えてないっしょ? そろそろ観念して素直に矛を収めたら~?」
「……私はやり返してるだけだし」
「ふ~ん? ならもー知らないよ? いいもんね〜? そっちがその気ならアタシだって遠慮する必要がないってことだし~?」
どうせ図星だろうに、それでもなお意地を張る柊和を見て、飛鳥さんは呆れたように口を開く。
そして、護君の拘束を解くと、一度だけ柊和の方をのぞいてくすっと笑った。
「護が傷付いて寂しかったのは、柊和だけじゃないんだぞ?」
「なっ……」
──チュ……と。
護君の頬に軽くキスをした飛鳥さんは、我が物顔で護君を占有し、柊和を挑戦的な目で見つめていた。




