そして嫉妬は連鎖する
「ああぁあぁあああ〜!!」
「んー? どした騒いで?」
飛鳥さんのトンデモ挑発行為に私も、雲ちゃんも、あの詩葉先輩でさえ軽く目を剥いて。
そして誰よりも、柊和が泣きそうな顔で飛鳥さんを指差した。
「超えた! 明らかに一線越えたぁ!」
「んー? ほっぺにキスくらい家族なら普通にやるでしょ?」
「しないよ全然!」
「するって、出張先だとよく見たもん」
「それは国が違うから! そもそもあれだって本当に唇つけないんでしょ!? なのにリップの跡が付くくらいべったり!」
言われて見てみると、物言わない護君の頬には薄い色のリップの跡が──いや、それよりも護君の様子が気になるんだけど?
なんか今度こそ死にかけてない?
頬にべったりよりも、全身がぐったりしてない?
「でもなぁ、柊和は護に愛想尽かしたから浮気したんだろー?」
「愛想とか……!」
「えー? 護に呆れて浮気に走ったんじゃなかったのかぁ?」
「そんなこと……あるわけないし……」
「困らせるためにわざとやったんでしょ? いや、言わなくてもわかり切った話だけどさ」
「む……」
あまりにもばっさりと切り込まれて柊和も言葉を失ってしまった。
急に真っ当な声色で追及して、緩急がすごい。
たじたじだった柊和を見て、絶好のタイミングで核心を突いてみせるその手腕。
もし考えてやってるのなら詩葉先輩並みだけど……多分、勘のような本能的なものなんだろう。
それはそれでとんでもないな……と、私が畏敬の念を覚えていると、飛鳥さんはいつもの明るさを少し控えたまま、柊和に語り掛け始めた。
「柊和さぁ、今になってまでそんな子供じみた真似してどうすんのよ? ほら見てみ? 柊和に振り回されて護はすっかりぐったりしちゃってるよ?」
「う……うぅ……」
「うん……」
いや、それは飛鳥さんが息を止めたからでは?
柊和もなんで何も言い返さないんだ?
こればっかりは柊和、何も悪くなかったと思うよ?
「大体、美咲だって護のこと大切に想ってるんだから、柊和と同じくらい反動があるのは当然でしょ? 多少くらいは見逃してあげなさい」
「え?」
「まぁ、護も悪いっていうのは同意だけど。どーせコイツがまた無自覚で美咲に愛想振りまいたんでしょ? 無自覚でフェロモンまき散らしたんでしょ?」
「ちょ、ちょっと、飛鳥さんっ⁉」
何を急に本人もいる前でそんなとんでもないこと口走ってくれてるんだ。
慌てて飛び跳ねると、飛鳥さんはケラケラと笑って私の方に向き直る。
「あーだいじょぶだいじょぶ。このバカ完全に意識ないから」
「あっ、なら大丈夫か……」
「大丈夫な訳ないだろう?」
詩葉先輩が第三者として冷静なツッコミを入れてくれた。
確かに、意識がないのは全然大丈夫じゃなかった。
「……はっ⁉」
そして丁度のタイミングで、というか飛鳥さんに肩をガタガタと揺らされたことで護君が息を吹き返した。
……いや、息はしてたっけ。
再び眠りから覚めて意識が戻った。
「あ、あれ? 僕は……? 今度こそ死んだのでは……?」
「本当に死にそうになってる……」
よほど苦しかったのか、荒い呼吸で必要以上に酸素を取り込もうとしている。
飛鳥さんの胸に圧迫されても、護君にはちっとも嬉しそうな色はなく、ただただ息が苦しいという感想しか抱いていないようだ。
「あっ、飛鳥さん‼ 窒息するまでハグするのはやめてっていつも言ってるのに‼」
……しかも今回が初めてじゃないんだ。
「なんだよなんだよ。アタシの胸に顔突っ込むなんてなかなかないレアな機会なんだぞ? もっと思春期らしくありがたそうにしろよな~!?」
「そういう嬉しさはないし、全然レアでもない! 出張から帰ってくる度、僕の意識を落とすじゃないか……!」
「ごめんって、毎回感極まっちゃうもんだからさぁ」
「感極まる度、怪力で締め落とされても困るんだけどね」
呆れと疲れと、半々の感情で護君は溜息を吐く。
そんな護君に対して、私はそっとハンカチを差し出した。
「護君、頬……」
「はい? うわっ、なんかべたべたする……?」
「お前なぁ! 『うわっ』てなんだ『うわっ』ってぇ!」
気味悪がりながらも、私から受け取ったハンカチで頬を拭き取った護君に、飛鳥さんが憤慨する。
私がハンカチを受け取ろうとすると「いえ、これは洗って返して……あ、でもまだ帰れないから洗えない……」と、申し訳なさそうな顔をしているのを見て、やっぱりこの場で返してもらうことにした。
「それで……ほれ、柊和も言うことは?」
「護、ごめんなさい……」
「えっ……!? う、うん……僕も無神経な真似をしたみたいだし、むしろこっちこそごめんね……?」
飛鳥さんの説教されて反省した柊和は素直に頭を下げた。
先ほどまでの様子から一変した柊和の態度に護君は困惑する。
「な、なんとかするとは言ってたけど、本当に……? 僕、どれだけ落ちてたの?」
「五分も経ってないぞ」
「それだけの時間で全部解決したの!?」
飛鳥さんが何をしたのか、その経過が欠けている護君は結果だけを知って目を白黒させた。
ただ、その表情はどこか納得がいってなくて。
「やっぱりすごい……けど、素直に感謝できない……」
「なんでだよ!」
飛鳥さんならと期待する一方で、本当に解決しても納得できない。
チグハグな飛鳥さんへの信頼関係だけど、それは決して関係の悪さを表しているわけではないようだった。
「霧華も、ごめんね。変な茶番に付き合わせて」
「いえ! あたしからすれば役得でした!」
「?」
「ただ……もし申し訳ないと思っているのなら、一つだけお願いしてもいいですか!」
相変わらず雲ちゃんに対しては鈍感な柊和が見当違いの謝罪を送る。
しかし、それを逆手に取った雲ちゃんは強かにこう告げた。
「あたしにも! ほっぺにちゅーおねがいします!」
「え?」
「何言ってるの!?」
当の柊和がきょとんとする一方で、一番大きな反応を見せたのは護君。
こういうとこ、本当に姉弟でよく似てるよね……。
「まぁ、別にそれくらいは……」
「いいわけないよ! もう浮気の真似事は終わりじゃなかったの!?」
「でも、女の子同士だし別にそれくらい……」
「そうだよ護君! 女の子同士はこれくらい特別親しい仲なら全然だよ!」
「霧華……そこは一線だよ」
「ごめんね護君……でも、何が何でもこれだけは譲れないの」
「霧華……‼」
なんか別の火種が生まれてない?
凄い火花バチバチしてない?
やっぱり柊和も大概悪い女だ……妙なフェロモンまき散らしてるのは姉弟揃っておんなじだ……。
「じゃあ……ちゅ」
「う、うわあああぁああぁああぁああぁああああ……あ……あぁ……ぁ……‼」
特に気にしたふうもなく、柊和はあっさりと頬へ唇を寄せる。
そして、まるで子供を眠らせる母親のような顔で、雲ちゃんの頬に口づけする。
そして感情が昂りすぎて叫んだ雲ちゃんは、そのまま静かになって眠りに就いた。
長い長い眠りに……興奮しすぎて、ついに気絶してしまっただけだけど。
それにしても安らかな顔だ……本当に死んでるんじゃない?
「う……浮気された……」
「え……護……?」
「姉さんが、目の前で堂々と浮気した……」
「えぇ⁉」
そして今度はさっきと反対に、チークキスを見せつけられた護君の方が拗ねてしまう。
さっきまで自分が同じことで怒っていたくせに、無自覚な柊和はいつもの護君みたいに困惑している。
「また私抜きで面白そうなことが始まった……」
これはもう永遠に終わらないのでは……?
……ずっと蚊帳の外だった詩葉先輩を尻目に、私は一人そう思った。




