10.俺が買ってあげましょう
反応ありがとうございます。
これ面白いかなあと不安になったとき励まされてます。
今日は少し長めです。
次の日、わたくしは心配そうなお兄様や家の者に見送られつつ、元気に屋敷の玄関から出て行きました。車止めに馬車が来ておりましたが、無視して徒歩で街を目指します。
ここがタウンハウスで助かりました。領地のカントリーハウスだったら、我が家の門まですら三十分はかかったでしょうから。
王都は山を背にした王宮が北、そこから南に向けて半放射状に道が広がっています。
王宮に近い順に貴族街、商人・職人の暮らす街、庶民の暮らす下町と続きます。
下町の先には王都を守るための高い壁がありますが、最近はその外にも街が広がりつつあります。
もともとは街ではなかったところです。王都内に比べて魔物の危険も大きく、治安も少々悪いそうで、国も対策に頭を悩ませているとのことです。
武者修行に出るときは王都外の街を過ぎて、さらに南の森に行ったり、北の山に向かったりするのですが、今回は王都内の街が目的です。
制服の裾を翻し、わたくしはどんどん道を歩きます。
なんと、わたくしは街歩きにふさわしい簡素なワンピースすら持っていなかったのです。ガーデンパーティー用のドレスや散策用のドレスなどはありましたが、それを着て入れるのは貴族街に近い高級店ぐらいでしょう。
それでは、武者修行用の装備などは調えられません。学院の制服でも目立ってしまうでしょうが、ドレスよりはずっといいはず。
時折、辻馬車がわたくしの横を通り過ぎていきます。お金があればああいったものに乗ることもできるのですけどね。
まあ、いい運動です。勇者になるためには、まだまだ体を鍛えなければ。
季節は春めいて、散歩するにもちょうどいい季節。わたくしは頬を撫でる風を心地よく感じながら、石畳の道を進んでいきました。
小一時間ほど歩いたところで、アッカーマン商会の大看板が見えてきました。貴族相手に服飾・宝飾・化粧品・革小物などを幅広く扱っている、ミラベル様のご生家です。
立ち寄ってご挨拶などしたいところですが、今日は大切な目的のある身。また後日にいたしましょう。
商会を通り過ぎてしばらくすると、なんとなく街の雰囲気が雑多なものに変わっていきます。このあたりになると、劇場やホテルなども増えてきます。貴族と裕福な庶民、両方が入り混じる位置ですね。
わたくしも観劇や社会見学などで、何度か来たことがあります。
古く歴史のある大聖堂の前は大きな広場になっていて、乗合馬車の停留所などもございます。
この広場が、わたくしの本来の目的地。ここが週に一回、大規模な市の立つ場所なのです。すでに出店がならび、たくさんの人が行き交っております。
……ですが、まずはお金を手に入れなくてはなりません。
わたくしは賑やかな市に後ろ髪を引かれながら、雑多な街中へと足を進めました。
大通りから横道に入ったり、先まで歩いてからまた戻ったり、かなり歩き回ったのですが目的の店は見つかりません。
困りました。やはりネックレスを売るしかないのでしょうか。
「お嬢さん、何かお探しですか?」
わたくしが道の端で思案していると、声をかけてくる青年がいました。年はヴィタリー兄様より少し下ぐらいでしょうか。くるくるした茶色の巻き毛を長く伸ばして、首の後ろで一つにまとめています。
シャツとズボンという簡素な格好ですが、身ぎれいにされていますので、金銭的にそれほど不自由していないようです。
初めて会う方なのですが、何故かどこかでお見かけしたような気もいたします。
「それとも誰かとはぐれましたか? お待ち合わせの場所は? この辺にはちょっと詳しいので、何かお手伝いできるかも知れません」
わたくしに矢継ぎ早に尋ねながら、けれど彼は奇妙な仕草をしました。人さし指を唇の前で立てたのです。どの世界でも共通の、沈黙の合図。
「ああ、なるほど! 市に行きたいのですね。それでは俺がご案内しましょう」
男性はわたくしの腕を取ると、足早に歩き出しました。
「ちょ……っ」
「しっ、学院のお嬢さんがこんなところを一人でうろついてるから目立ってますよ。たちの悪いのに付けられてる」
彼の囁きにわたくしは息を呑みました。
どうやら店を探すうちに、思ったより裏町の方まで足を踏み入れてしまっていたようです。
しばらく黙って歩き、広場が見えてきたところで彼はわたくしの腕を放しました。
「その……ありがたく存じます」
よくわからないうちに、わたくしは彼に助けていただいたようですので、お礼を申します。
「あんた、貴族のお嬢さんでしょう。なんでお供もつけずに出歩いてるんですか。誘拐してくれって言ってるようなものだ」
「……いろいろ、事情がございまして」
わたくしはレティキュールを持った手を摺り合わせました。これは、いよいよもって古物商に行かなければならないでしょうか。
「どっか行きたいところでも? ちょっとぐらいなら付き合ってあげますよ」
「………」
どうしましょう。これは『相談』になるでしょうか。でも、装備品を調えるための相談ではないのですから、条件からは外れる気がいたします。
「……ま、いっか。この辺ならまあ安全だけど、とにかく気をつけて」
わたくしが躊躇っていると、彼はそれ以上深くは聞こうとはせず、片手をあげて立ち去ろうとしました。
「待ってください!」
わたくしは思わず男性を呼び止めていました。装備品を買い揃える時間もあるのです。金の工面にそこまで時間をかけるわけにはいきません。
「あ、あの、わたく……わたし、髪を売りたいのです。どこかお店をご存じありませんか」
ミラベル様を真似して、わたくしは口調を少し崩しました。高位貴族だと思われるより、下位である方が話が通りやすいと考えたのです。
青年は焦げ茶の瞳をまん丸に見開きます。
「はあ? なんで」
「急にお金が入り用になりました……んです。ですが、わたしには手持ちがなくて……」
「そのレティキュールでも売れば? なかなかの金になりますよ」
「これ……これはダメなのです」
レティキュールは公爵家の力の範疇かも知れませんし、中身の装飾品はできれば売りたくありません。
「なんで」
「……事情があるのです……」
「だからって髪を売るまでしなくてもさあ」
「髪の毛は高く売れると聞きました。それとも、わたしの髪ではダメでしょうか」
前世の知識ですが、確か髪の豊かさ、美しさのほかにも色によって違いがあると聞いたような気がします。金髪だと高いのです。
「や、あんたの髪はかなり価値があると思いますがね」
青年はわたくしの背後をのぞくようにして、ハーフアップにした髪を確認しています。それから首を傾げてひとしきり唸った後、両手をぱんと叩きました。
「よし! 俺が買ってあげましょう」
意外な申し出に、わたしくは喜ぶより前に戸惑ってしまいました。
「よろし……いいんですか?」
「よっぽどの事情がおありとみました。今まで何人かに融通させていただいたこともあるし、俺も貧乏貴族のご内情はちょっとは知ってるつもりだ。もうすぐ月末、使用人たちの給料もいるでしょう。ここで会ったのも何かの縁。困ってる女の子を見捨てるほど俺は薄情じゃありませんよ」
……何だか勝手に誤解されているような気がいたしますが、都合がいいので黙っていましょう。
「針の一本から宝石まで、何でも仕入れて何でも売るのが、ヘッセン商会のモットーだ。あんたの髪も高く売ってやりますよ」
「ヘッセン商会……」
「おや、ご存じない? 『食料品から高級宝飾まで! ここに来ればなんでも揃う』最近王都で話題の総合商店だ」
「あ」
ああああああーーーー!
わたくしはあやうくはしたない大声をあげるところでした。
ヘッセン商会のイオアン!
ゲームの攻略者だった方です。将来アッカーマン商会のライバルになる新興商会の商人で、彼のルートに入るとロミオとジュリエット的展開になるのです。いえ、本家みたいに切った張ったはいたしませんが。
どうりで見覚えがあると……。
「なんだ、知ってましたか」
「ええ、まあ……」
「そりゃ嬉しいですね。ああは言ったが、まだまだお貴族様には知名度低いもので」
爽やかに笑いながら、青年はわたくしを理髪店まで案内してくれました。
知り合いなのか、理髪店の店主と気さくに話しながら、わたくしを椅子に座らせたところで、困ったように眉を下げます。
「ところであんた、俺が髪をいくらで買うか気にならないので?」
「だって、高く買ってくださると……」
「それは俺を信用しすぎ! 俺がどんなに善人だろうと、金のことはきちんと交渉しないと。そんなんじゃ世間の荒波を渡っていけませんよ。そうですね、金貨三枚では?」
「え、と……」
それは高いのでしょうか、安いのでしょうか。金貨一枚で、庶民はひと月は食べていけると聞いています。ただ、庶民の生活費はかなり安いと耳にしたこともあるのです。
「金貨、十枚…では?」
とりあえずふっかけてみることにしました。にやっとイオアンが笑います。どうやら、試されている気がしたのは錯覚ではなかったようです。
「金貨五枚」
「九枚」
「七枚」
わたくしはハーフアップにしている髪を解き、リボンを手にしました。これはわたくしが学院の家政の時間に作ったものなので大丈夫でしょう。
「これも付けて、金貨八枚では?」
「正絹じゃねーか。よし、買った!」
「商談成立ですわね」
わたくしは満面の笑みを浮かべます。それだけあれば、きっと装備を調えられるはずです。
イオアンから促された店主がわたくしの後ろに立ち、ざくり、と髪にハサミを入れました。買取品であるせいか、切った髪は床に落としたりせず、丁寧に平たい箱に収めていきます。
店主は無駄口は開かず、さくさくと髪を切っていきました。前世のようにシャンプーやリンスなどはいたしませんので早いものです。
終わりましたよ、の声とともに手鏡が渡されます。この店に大きな鏡はございませんので、これで確認するみたいです。少し見づらいですが仕方ございませんね。
鏡の中には肩先で切りそろえられたボブカットのわたくしの姿が映っておりました。
「まあ素敵! 気に入りましたわ」
「あっさりしたもんですね。髪は女の命って言うのに。泣いたりしないか心配してたんだが」
「職業婦人の間で髪を短くするのが流行っていると聞いて、ちょっぴり憧れていましたの」
貴族女性で短髪の方は多くはありませんが、騎士などにはいらっしゃるそうです。
「似合いませんか?」
「よくお似合いですよ」
イオアンは太鼓判を押されて、わたくしは得意になります。
武者修行にいけば、どうせ髪の手入れなど疎かになるのです。短くしてしまった方が面倒がなくてよいでしょう。
わたくしは切った髪をリボンで結び、イオアンに差し出しました。
彼は少し考える素振りをして、その中から一房を抜き取り、小袋に入れてわたくしに差し出します。
「記念にどうぞ」
「まあ、ありがとうございます」
長い髪にそれほど未練があるわけではなかったのですが、わたくしは有り難く受け取りました。イオアンからいただいた金貨七枚と一緒に大事にレティキュールにしまいます。
「本当に送ってかなくていいのかい?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、俺はここで。スリには気をつけるんですよ」
「もちろんですわ。本当にありがとうございました」
理髪店の店の前でイオアンと別れ、わたくしは意気揚々と市場へ向かいました。
ちなみにこの後、隠れて付いてきていた護衛たちに捕まり、イオアンは大変な目に遭ったそうですが、わたくしがそれを知るのは少し先のことになります。
適正価格は金貨五~六枚ぐらいなので、イオアンは少し色を付けてくれています。
読んでいただいてありがとうございます。
次回は水曜日夜に投稿いたします。
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