10.第一章[授かった力]
携帯ゲームは思ったよりもすぐ飽きてしまう。
あぁーまだかなーと空や周りの街並みを見て時間を潰す。
普段から散歩をしながら街並みを観るのが好きなので、それだけで時間が潰せる。
自分が家を建てるときはココはこうして等、妄想を膨らませている。
そうやってぼーっと周りを見渡していると、ある方向から強い視線を感じた、気がした。
普段は誰かに見られてる事なんて無いから気にしなかったけど、最近はモテモテだ……
ここ数日の出来事から少しでも不穏な空気を感じたら身構える事にしている。
襲われる可能性もあるので、ベンチから自然な感じで伸びをしながら立ち上がる。
腰を回し、いかにも疲れたー感を出しながら次は屈伸、そして肩を回す。
体を少しずほぐしていき、最後に刀の帯を確認した。
そしてふと霧島さんの方を見ると、男性は居なくなっているようだ、代わりに背の高い男が霧島さんへ走って近づいているように見えた。
……霧島さん、刀を抜いている?
そっちに向かおうと思った時、視界の左端に黒い人影が現れた。
瞬間的にそっちを見ると、そこには見慣れた男が立っていた。
「久しぶりだね」
「…………」
「あれ、無視しないでよ。昨日会ったばかりなのに」
「お前の顔は俺と警察官が見ている。捕まるのも時間の問題だぞ」と口から勝手に言葉が出ていた。
自分の足が少し震えている。
「あぁ、心配しなくても大丈夫。証拠は残していないはずだから逮捕、起訴は難しいんじゃないかな」
「俺が見ている。お前が先生の家で血まみれで隠れていたところを」
「そうなんだよ、だからこうして会いに来たんだ」
奴はニヤニヤしながら両手を広げるジェスチャーをする。
俺を消しに来たのか。
「俺をつけてきたのか?」
「いやいや、偶然だよ。今日の殺しを見た奴が居て、そいつを俺の連れと探してたら偶然君を見かけたんだ。俺たちは何かの縁で結ばれているのかもね」
今日の殺し?……
「残念だったな、生憎俺には護衛がつくことになったんで、そう思い通りにはならないと思うよ」と強気に威嚇する。
「護衛?あぁ、この前のガキね、さっきチラッと見えたと思うけど、その子は今俺の連れと遊んでるから当分来れないと思うよ。というか待っても来ないかもしれないよ」
そう言い、奴はまた引き攣った笑みを浮かべた。
さっき霧島さんが刀を抜いているのを見て、嫌な予感はしていたが、まさか奴の仲間に襲われているとは……
相手は分からないが、奴の余裕な口調から一筋縄ではいかない相手なのだろう。
霧島さんが来れないならここは俺1人でなんとか切り抜けるしかなさそうだ。
暑くもないのに汗をかいている気がする。
昨日立ち合った感じだと、奴は俺よりもデカイし強いし、きっと剣道とか格闘技の覚えがありそうだ。
青白い顔の色から走って逃げたら追い付かれなさそうかなとも思ったが、そうしたら霧島さんが2対1になってしまうので絶対ダメだ。
なんとか霧島さんがもう1人を倒してくれるまで持ちこたえないと……。
「黙っちゃったけど大丈夫?(笑)まぁこれから殺されるんだから恐ろしくて声も出ないのは当たり前だけどね」そう言いまた引き攣った笑みを浮かべる。
「そんなに人を殺すのが楽しいのか?」
「ん?下向いて話しても聞こえないよ」
「理由もなく人殺して何が楽しいんだって聞いてんだよ」
「かっこいいー!なんかのスイッチ入っちゃった?(笑)
でもそのスイッチ入るだけでも大したもんだよ。大概は殺されるとわかると命乞いか逃げるか泣くかだからさ、君みたいに漫画の主人公みたいにはならないんだよ!やっぱり君は面白いね」
主人公になってたら、今頃こんなに焦ってない。
普段は自分が死ぬなんて考えもしてないけど、たしかに今は死を感じる。
手が震える。
こんな恐怖、味わったことがない。
このまま話を引き延ばせるか、それとも……
「タダシさん?」
突然声が聞こえてきた。
その声の主は自分と奴との真横から聞こえたきたが、まったく近付いてきたことに気付かなかった。
「おぉ勇喜か、どうしてこんな所に」
勇喜?……声の方を見るとそこには石倉高校3年で生徒会長の加納勇喜が立っていた。
少し安心したが、直ぐに違和感に変わり悪い予感に包まれた。
「タダシさん、どうしても何も、ここは僕の通学路ですよ。まぁこの公園の中を通るのは近道だからですけど。それよりタダシさんこそここで何を?」
「あぁそうか、 勇喜はまだ高校生だもんな、兄貴が老け顔だからどうしても忘れちゃってな。俺はこの少年をこれから殺そうとしてる所だよ」
「まぁたしかに兄さんは実年齢よりも老けて見えますが、それはお互い様では?(笑)
今日はこの少年なんですね、ってこの制服はうちの生徒じゃないですか!
生徒会長から言わせて頂くと生徒が1人死ぬだけでもお別れの会やら何やらと忙しくなるので出来れば止めて欲しいのですが」
人を殺すと言っているのに普通の反応の先輩が恐ろしくて堪らないが、ひき止めてくれている事は有難い。
「文句あるのか?……こいつは俺が殺したい奴なんだよ」
さっきまでの笑みは消え失せ、目付きは鋭く先輩を威嚇しているようにも見えた。
「わかりました、すみませんでしたタダシさん。僕が出しゃばり過ぎました。では失礼します」と言い、去って行ってしまった。
今日先輩を見掛けた時に霧島さんが警戒してたけど、きっと先輩の不穏な空気を感じていたのかもしれない。
明らかに今の会話の感じだと、先輩も奴と同じ雰囲気がする。
「悪かったね少年、邪魔が入ってしまって。
そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね、教えてもらえるかな?」
お前なんかに教えるか、と心のなかで思ったが口には出せなかった。
ここは時間を引き延ばす為にも。
「高柳幸成だ」
「素直だね、でも俺が殺る奴の名前を聞くのは稀だから誇っていいよ。君は中々面白いからね」
この流れは漫画で良くある、敵だけど主人公の成長を待つ感じのやつかと薄い期待をしてみたが、
「まぁそうは言っても君がもうすぐ死ぬことには変わりないけどね」
まぁ、そうですよね。
知恵を絞って考えても、昨日の感じだと俺はこの人にどう頑張っても勝てない。
俺は剣道とかやったこと無いし、侍になったつもりで模造刀振ってた痛い子なだけだ。
何人も人を殺してきた奴にどう立ち向かえば良いのかわからない。
人を殺してきた……今までに何人も。
「あんた何で先生の家を襲ったんだ」
「え?……先生?あぁ君と初めて会った家の事だね。
あそこは家の色が柔らかくて、窓から子供と母親が笑ってる声が聞こえてきて、幸せな感じがしたからかな。もう1人の女は反抗してきたから殺した」
奴の顔は徐々に高揚しているようで赤らんできている。
「何故か知らないけど俺は人の笑顔が嫌いでね、笑顔なんて醜いだけで、糞みたいな人間の本性を隠してるお面みたいで見てると苛々してくるんだよ。
だから最期に俺が人間本来の顔にしてあげたんだよ」
「でも君の顔には嘘は無さそうだ、今は平常心を心掛けているのかもしれないが、恐怖に満ち溢れているよ。隠さずにさらけ出して良いんだよ」
と言いまっすぐ俺の目を見てきた。
奴の目が恐い、
奴の動きが恐い、いつ襲ってくるのかわからない。
奴の声が恐い、俺を虫けらだと思っていて、掌の上で弄んでいる。
奴が……恐い。
もう心の中でふざけて気持ちを落ち着かせる事も出来ない。
ただ自分の終わりが恐い。
「幸成?」
え?!
突然呼ばれた声の先には姉が買い物袋を提げて立っていた。
意識なく叫んでいた「来るな!逃げろっ!」
「えっ?!なに?あんたどうしたの?!」
「いいからにげろっ!」
奴がまた顔を引き攣らせて笑った気がした。
「似ているね、家族かな」と言いながら姉の方へ歩きだした。
刀を持ち恐ろしい表情で近づいて来る奴に、姉は無意識に後ずさる。
みるみるうちに姉と奴との距離が縮まる。
その時、姉の死を想像してしまった。
走馬灯というのは自分が死ぬ時に起こる事だと思っていたけど、何故か自分の頭の中に映るのは子供の頃の俺と姉。
俺は姉ちゃんに手を引かれて歩いている。
人混みの中だといつも手をつないでくれた。
駄菓子屋でお菓子を買ってもらった。
自分の分も分けてくれた。
ゲームの勝ち負けで喧嘩をした。
お互いに負けず嫌いだから仕方ない。
父さんに怒られているところを助けてくれた。
自分が怒られている訳じゃないのに。
嫌々勉強を教えてくれた。
何だかんだ言っても頼めば教えてくれる。
サッカーを辞めると言ったときに反対しなかった。
やりたい事がある時は、やりたいと思った時にやるべきだと応援してくれた。
俺をいつでも助けてくれる。
一見冷たそうなのに綺麗で優しい姉ちゃん。
そんな姉が居なくなってしまう。
今、目の前で。
周りの音が聴こえなくなった、いつのまにか奴が目の前にいる。
それが、自分の叫び声で周りの音が聴こえなくなっている事と、必死で奴の元へ走っていたからだとは気付いていなかった。
奴の顔は驚いているようだったが、覚えていない。
刀を抜き放ち、奴の左脇腹へ抜き打つ。
【抜き打ちとは、刀を鞘から抜き放つと同時に斬りつける事】
初撃は浅く入った、すかさず左足で更に踏み込み左からの袈裟斬り。
自分の身体じゃないくらい流れるように動けたが、2撃目は躱された。
「う"っ」
苦痛に顔を歪めながら奴は距離をとる。
自分の切られた脇腹を押さえ、傷の具合を確かめているようだ。
「姉ちゃん、頼むから逃げてくれ」
奴から目を話さずに話しかける。
「……幸成も、一緒に」
「いいから!早く逃げろっ」
余裕も無く、焦る気持ちが声を大きくした。
自分の刀には血がまとわりつき、奴の左腹からは血が滴っている。
人を殺す事に躊躇しなかった自分がいた。
家族を守る為とは言え、冷静になった頭で考えると自分が少し恐ろしく思えた。
どんな理由があろうと、人を殺してしまったら奴と同じだ。
大切なものを守る事と、それが理由で相手を傷付けることはイコールにはならない。
どんな奴でも、死ねば悲しんだりする人がいるかもしれない。
そして殺した犯人を誰かがまた恨み、殺し、恨みの繰り返しだ。
死んでしまったらそれで終わりだ。
なのになんで簡単に人を殺すんだ。
自分の大切なものを無くす悲しみは、体験しなくたって想像できるはずなのに。
「なんでだよ」
「あっ?!なんだ?……不意討かよ……てめぇ殺す。
その女を殺した後に殺してやるよ」
奴の顔からは最早引き攣った笑みも消え去り、怒りに
満ち溢れていた。
ガシャンと金属がアスファルトに叩きつけられる音がする。
それは自分の手から刀が落ちる音だった。
大事な人も、自分も殺されたくない、でも人を殺したくもない。
その迷いの狭間で自分が無意識に出した答えは、刀を捨てる事だった。
それが現時点では、自らの死を意味する事は頭ではわかっているのに、それでも殺し合う気力は無くなってしまっていた。
「どういうつもりだお前?そんな事しても俺の気は収まらないぞ。お前とこの女は苦しみながら死んでいけ……ただお前にはより苦しんでもらうがな」そう言うと奴は姉の方へ向き直した。
俺に姉が死ぬところを見せつけたいって事か。
ホントに救いようがない、ここまで腐った人間がいるんだな……そんなのは漫画やテレビの中だけだと思ってた。
……やっぱり何かを守るためには自分も覚悟を決めないとならないのか。
因果応報、その言葉通りだときっと奴を殺せば俺もいつか殺される……その覚悟を決めないと。
ただそれも奴に太刀打ちできればの話だが。
「まて」
そう言いながら足下の刀に手を伸ばす。
「それでいいんだよ、まずは痛めつけさせろよ。
そして希望が無くなってから、どうしたって抗えない絶望を味あわせてやる」
手を伸ばしたが、刀に触れる寸前で身体が静止した。
『お前には覚悟があるのか』
「?……」また違う誰かが現れたのかと周りを見渡す。
すると辺りは薄暗くなっていて、そして周りの人間は皆静止していた。
『お前には覚悟があるのか』
また聞こえてきた、どこから。
周りは暗くてよく見えない、「誰だっ?!」そう叫んだが誰も答えない。
しばらくすると頭上から眩しい程の光に照らされた。
光を見ようと見上げるが、眩しすぎて目を開けていられない。
『今は亡き、我らがつかえしラミール、末裔ユキカゼ、真に力を欲するならば我らが力を授けよう。ただその覚悟があるならば』
その声の後に、空からの光に黒点が1つ現れた。
その黒点は、次第に姿を現しながら一直線に落ちてくる。
近付いてくるにしたがって、それが棒状の何かだとわかった。
そして目の前の地面に轟音と共に突き刺さった。
その姿は、漆黒の闇に包まれているように柄から刃の部分まで全てが黒い刀だった。
その出で立ちは美しく、そして力強い。
さっきの声は……
『これが最後の問いだ、お前には覚悟があるのか』
説明が無さすぎだろ、そもそも俺に言ってるんだよな。
覚悟?まったく現状が理解できない。
今のこの状況だと何にでもすがり付きたいけど……力を授けるって言ってたよな。
考えてもわからない、奴を殺せないなら殺されるだけ、何もせず俺も姉ちゃんも殺されるなら……少しでも足掻いてみるか。
「よくわからないが、もし俺に力をくれるっていうなら俺は従う。俺にちからを!」
そう言うと頭上からの光が更に強くなった。
『その覚悟をもって一族に繁栄を!刀を抜き放て!』
光の主はよくわからないことを言っている。
俺は目の前の刀に近づく、近くで見たその刀はどこか優しい雰囲気に包まれていて、鋭さや不気味さはまったく感じない。
その為、刀に手を伸ばすことは躊躇しなかった。
刀を引き抜いた瞬間、眩しくて目も開けづらくなっていた頭上からの光は、一瞬にして周りに広がり消えた。
「ん?お前そんな刀隠し持ってたのか。まぁいい、さっさと始めるぞ」
何事もなかったかのように奴は話しかけてきた。
光から解放された瞬間から、止まっていた周りも元に戻ったらしい。
全てが止まっている間に、何か出来なかったのかとも思ったが、そんな余裕は無かったと思い直した。
それよりも今は、目の前の状況を何とかしなければならない。
まず、奴から距離をとった。
姉も少し落ち着いたらしく、奴から少しずつ離れている。
それにしてもさっきのあの声、俺に力を授けるとか言ってはいたが、自分自身の見た目からは何も変わった感じはしない。
持っているものが刀であることは変わらないし、この刀がたとえ何でも切れる刀であっても、自分が強くならない限りは何の解決にもならない。もしも奴に勝てたとしても、奴を殺してしまう事には変わりない……
ん?
刀の刃を良く見ると、通常刃がある方には波紋があり、それは研ぎによって出来る物らしいが、この刀には波紋が無い。
刃の根元の部分に軽く触れてみるとまったく指は切れず、その刀には刃が無い事がわかった……ただの黒い鉄でしかない。
今から刃をつけてもらいに行く訳にもいかないし、どうすればいいんだ。
そう途方に暮れそうになるが、相手は待ってはくれなかった。
「少しは楽しませてくれよな」
奴は脇腹の傷などお構いなしに真っ直ぐ向かってくる。
取り敢えずはこの刀で対処するしかないと意を決し、刀を中段に構えた。
ところが、その決意とは裏腹に向かってくる奴の動きは自分の約5m手前で急に減速し、スローモーションの様になった。
そしてそれは、奴だけではなく、まわりのありとあらゆる全ての物の動きが遅れていた。
辺りを見渡すと、揺れる木々や、それから落ちる葉、どこからか飛ばされたビニール袋、全ての動きが遅く、一見止まっているようにも見える。
この状況を説明してほしかったが、先程の声がまた聞こえてくる事は無かった。
良く分からないが、この機会を逃したら生き残れるチャンスは無くなるかもしれない。
やるなら今だ。
そう自分に言い聞かせ、奴が刀を持つ右腕側に回った。
この刀なら死ぬことは無いだろうが、辺りどころによっては死ぬかもしれない。
だからまずは奴から武器を奪うべく、奴の右腕目掛け刀を振り下ろした。
刀が奴の右腕に当たる瞬間、周りの動きも元に戻った。
周りの動きが戻った瞬間、自分の身体が刀の振りに持っていかれそうになった。
そして、ドガッという鈍い音をたて、刀は奴の右腕にめり込こみ、奴の手から刀が振り落ちた。
一瞬、俺も奴も何が起きたか理解出来なかったが、めり込んだ刀を腕から抜き、再度奴から距離をとる。
遅れてやってきた痛みに耐えられず、奴が先に声を出した。
「う"わ"ぁーー……うっ、くっ…………」
痛みに顔を歪めながら右腕を押さえている。
「お"まぇ……どう……やって…………」
奴の右腕は斬れてはなく、腕の半分程まで刀の形に凹んでいる。
おそらく骨は折れているだろう、そして刀を握ることは出来ないはずだ。
ただ痛みに苦しんでいるのは奴だけではなかった。
何故か俺の身体全体が筋肉痛時の様に痛む、そして両足と両腕が一番酷く痛んだ。
錆びたロボットの様にギシギシと軋む身体、いったい何が起きたんだ。
奴は荒く息を吸ったり吐いたりして痛みに耐え、自分を落ち着かせているようだった。
「これで……勝ったとは思ってない……よな。お前は殺す…………必ず」
そう言うと、奴は左手で刀を拾い姿を消した。
軋む身体のせいで追うことが出来ず、奴を見逃すことになってしまった。
だが、このまま動けない身体のまま闘いを続けていたら殺られていた可能性もあるので、結果的には良かったのかもしれない。
「幸成……大丈夫?…………」
そう少し離れた場所から話しかける姉の顔は、奴が居なくなり安心している様な、まだ怯えて不安そうな、そんな複雑な表情をしていた。
「姉ちゃんは大丈夫?なんとか2人とも無事で良かった。俺は……なんか身体中が痛くて……出来れば救急車呼んで欲しいかも……」
そう笑顔を作って応えたが、ちゃんと笑えていたかわからない。
あの一瞬に様々な事が起きて、今だに整理できていない。
でも今は、2人が無事であることを幸せに思わないと……いや、まだだっ、霧島さんっ!
刀を強く握り直し霧島さんの向かった方を見ると、そこには苦痛に顔を歪め倒れている霧島さんがいた。相手を見ると2人の男、1人はさっき通りすぎた加納勇喜だ。
やはりあの人もあっち側の人間か……
そして霧島さんの足を掴もうとしていた。
その時は、頭の中が真っ白になり、霧島さんを助けるという事しか考えていなかった。
何故そんな遠くの物が見えたのか、軋んでいた身体はいつの間にか治っていて、周りの物の動きがまた遅くなっているという事に気付いたのは、霧島さんの足をへし折ろうとしている
加納勇喜を10m程蹴り飛ばした後の事だった。
「 お、おまえ何だっ?!! 」
目の前の出来事が理解出来ないといった表情と恐怖からか大声で叫ぶ男。
「霧島さんをこんなひどい目に……」
「ゆ……ゆきなりさん?」
「霧島さん、大丈夫?……じゃないよね。
ごめんね……もっと早く助けてあげられれば。
もう大丈夫だから、救急車が来るまで休んでてね」
その後すぐに霧島さんは意識を失った。
一瞬大丈夫かなと心配になったけど、息はしているみたいだし、眠っている様にも見えたので安心した。
でも、見るからにボロボロで、1人で耐えて頑張ってたんだと思う。
相手はこんなヒドイ事を…。
「てめぇ、 勇喜になにしてんだよっ!」
両肩から血を流している男が何か叫んでいる。
見たこと無い人だ、見たところ善人には見えない。
自分の血か知らないが彼の手には血がついているし、まぁ霧島さんと一緒にいたのがこの人と加納勇喜で、 勇喜って馴れ馴れしく呼ぶ時点で向こう側の人間だってわかる。
って事はこの人が霧島さんをこんな風にしたのか……
頭が熱くなってきた。
「黙ってんじゃねーぞ!」
更に激しく叫び出した。
何かを恐れて威嚇しているようにも見えた。
「両肩を怪我しているみたいですが、その状態で僕とやるつもりですか……」
自分でも怒りが抑えられないのか相手を煽るような事を言ってしまった。
「あっ?!うっせぇんだよ!……」
言葉とは裏腹に視線が右往左往して視点が定まってない。
なぜかこの人は俺にビビっている。
たぶん加納勇喜を蹴り飛ばしたのが効いてるんだな……自分では恐怖は感じるくせに、なんで人の気持ちが分からないんだよ。
さっきまでの苦しそうな霧島さんを見ても何とも思わない奴ら。
こんな奴らがいるから、先生みたいに悲しむ人が増える。
でも、こんな奴らでも同じ人間、俺が罰することは出来ない。
というか人を罰する事自体、誰も出来ない……何が正しいかなんて誰もわからない。
それでも、人を傷つけたり、殺すことは間違っている。
それだけは真実であってほしい。
なのに、今のこの羅国は……なんでこんな法律……
すると突然、ウゥーーっとサイレンの音の後アナウンスが聞こえてきた。
『お知らせ致します。国民の皆様、新しい法案が可決されました。
それは……コロシアム法です。
これは全国民が対象となっており、各市や町、区画毎に闘いの腕を競って頂きます。
全てトーナメント方式となり、最終的に国民の頂点に立った勝者には、その者の望みを叶えられる権利が与えられます。
詳しくは明日、各市町に配布される案内をご確認ください』
なんだこの放送、この国はなんでこんなにも傷つけ合わせたいんだ。
「ははっ!おもしれー法案を考えるもんだな。
俺が勝ったらお前らみないなクズを奴隷にして殺してやるよっ!」
興奮で顔を赤くしながらそう叫ぶ男の思考は理解出来なかったが、その姿が少しだけ憐れに見えた。
何もしなければ何も変わらない。
今やり過ごせたとしても、この人みたいな人間はこれこらも現れるはずだ。
この人がここで捕まっても、今の法律じゃ死刑にはならないだろう。
仮にこの人が死んだって、次の殺人鬼が現れるだけに決まってる。
さっき逃げた犯人だってそうだ……変えるには、根本からどうにかしないとダメだ。
でもどうやって…………俺にはそんな力が…………
ある。
まだどんな力かはわからないけど、闘える力がこの刀にはある。
あの声は守る為の力って言ってたけど……俺は、俺の守りたいものを守るためにこの力を使う。
突然、さっきまでただ叫んでいた男が、両手をぶら下げたまま走り迫ってくる。
その速さは怪我をしている人間とは思えなかったが、おそらく刀の力で、目の前5mのところで周りがまたスローになった。
今までの出来事を元に俺が分析するに、この刀の力を使った後に身体が軋むのは、周りが遅くなっているんじゃなく、俺自身が速くなっているんだと思う。
その速い動きに身体が耐えらず、反動で全身が軋み、動けなくなる。
今まさに、さっきのダッシュと蹴りで身体が動かない。
それに刀の力は速さだけじゃないと思う。
さっき加納勇喜を蹴り飛ばしたけど、人をあそこまで蹴り飛ばすなんて出来るはずない。
腕力や脚力、それに遠くの霧島さんが見えた事から視力も上がってるに違いない。
もしかしたら他にも変わっている事があるかもしれない。
でもそれは後で確めるとして、今は目の前の相手をどうにかしないと。
まっすぐ突っ込んできた男は、身体を横に傾けながら回転し空中へ飛び上がる。
そのまま回転しながらの蹴り、たしか旋風脚とかいう中国武術。何者だよこの人。
動きは遅くなっているから避けられそうだが、今は自分の身体が痛くて上手く動かせなく、自分もスローモーションみたいだ。
痛みに耐えながら何とか左足を左前方へ踏み出し、その足に引き付けるように右足を体の後ろへ動かす。
これで何とか蹴りは避けられる。
次は反撃だ、今の身体で唯一動かせそうなのは両腕だ。
相手が回転しながら目の前を通過していく。
殺さずに相手を止める為には、相手の足を破壊し動きを封じる。それか相手の意識を裁ち切る。
後者は力の加減が出来ない今は危険だな、まずは相手の動きを封じる。
男の蹴りが空振り、地面に着地した瞬間の右足を狙う。
腰を落とし、左手を前に構え、引いた右手を素早く突き出す。
地下格闘技トーナメント系マンガに出てくる眼帯したオジサンの正拳突きを真似た掌底打ち。
たしか素人が握った拳で殴ると自分の手の骨が折れるとか聞いたことがある。
それに今の力だと自分だけじゃなく相手への影響も計り知れない。
今ならきっと素人の掌底でもダメージは与えられるはず。
そう自分に言い聞かせながら放った掌は、思惑通り男の膝と腿の間に当たった。
瞬間、再びまわりの速さはもとに戻る。
男の膝元に当たった掌には固い感触が一瞬感じられたが、次の瞬間には頭を軸に回りながら吹き飛ばされる男の姿があった。
無意識に力を抜いたのか、加納勇喜を蹴り飛ばした時程は吹き飛ばず、3m程横向きに1回転して倒れこんだ。
予想通り自分の身体は腕を重点的に軋み、動けなくなった。
ただ不思議なことに、先程まで痛みで動かせなかった足の痛みは薄れていた。
「なんなんだおめーは!」
そう顔の右半分を地面につけたまま叫ぶ男。
叫んだ為か彼の顔の前には砂埃があがっている。
砂埃が収まったあとの彼の顔は、痛みに苦しんでいるのか、俺への憎しみからか、眉間には皺が寄り息も荒く、獰猛な動物を見ているようだった。
その顔を見て、単純に恐ろしいという事以外に、自分自身が人をそんな状態にした事が恐ろしくなった。
男は足を負傷したようで思惑通り動けなくなった。
俺自身は少しずつ身体が動かせるようになってきた。
もう少しすれば霧島さんを連れここから離れられそうだ。
あと、すこ……し、と安堵した時、目の前に自分と同じ制服を着た男が現れた。
服はボロボロに破れ、そこから見える肌からは血が滴りアザだらけだ。
「……よくも、やってくれたね」
そう少し掠れた声で話しかけてくるのは、霧島さんを助けた時に蹴り飛ばしたはずの加納勇喜だった。
肩で苦しそうに呼吸しながら俺をじっと睨み付け、体は俺に向けたまま振り返り倒れている男を見た。
「にいさん……、こいつに?……」
左足を引き摺り、左腕を右手で抱えるように押さえながら男に歩み寄る加納勇喜。
「ゆ……うき」
今度は倒れている男が反応する。
加納勇喜は男のすぐ傍まで近づき、倒れている男を抱き起こす。
抱き起こされ、男の足が地面に着いた瞬間苦痛の叫び声をあげた。
その一部始終を只見ている事しか出来ず、突っ立ったままの俺に、
「おまえ……」
そう言い抱き起こされた男は俺を睨み付ける。
そして隣の加納勇喜は睨み付けるのではなく、氷のような表情で俺を見据えている。
「きみ、タダシさんを殺ったの?……仮にタダシさんが生きていたとしても、オレがおまえを殺してやる。オレらの事は覚えてなくていいよ……お前が恐怖を忘れた頃に現れて、そしてころしてやるよ」
そう言い残し2人は姿を消した。
kogetora_suguです。
高柳くんの第一章はここまでです。
次回からはもう一人の青年のお話。
高柳幸成が得た力はどんなものなのか、誰がどんな意図で授けたか等は彼の第二章から語っていきたいと思います。
その後霧島さんがどうなったのかも気になりますよね。
高柳ルートのお話は、もう一人の青年の第一章の後から再開です。
お楽しみにして頂けたら幸いです。
それでは次回からのお話も引き続き、宜しくお願いいたします。




