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7-1 仲間

 トール・ガーグル、ゲーム「華の学園」に出てくる中ボスである。


 悪役令嬢と一緒になって街の平安をかき乱す、典型的な悪役の一人だ。豚公爵と組んでさんざん暴利をむさぼってきた女衒という設定だった。


 とはいえそれはゲームの話。

 豚公爵ウィリアムの記憶の中にこの男はいない。今までに一度も会ったことはない。

 ということはこれが悪役同士の初めての出会いということなのか。

 それにしては遅すぎる遭遇だろう。確かコイツの裏ネットワークを使っていろいろなあやしいお薬を売るのが豚の資金源だったはずなんだ。もっと早く出会っておかなければそんなことができるわけはない。


 わたしとトールはしばらくお互いに見つめ合っていた。

 両方が穴が開くほど熱心に互いを見ている。これが美形同士だったら絵になるところなんだが、あいにくむさい男と豚の組み合わせだ。

 よく似た別人、というわけではないよね。本物だよね。


「豚公爵、だよな。俺たち初対面、だな」

 トールもまじまじとこちらを見てから小さく肩を落とした。

「なぁ、ひょっとして、あんたも“転生者”か?」


「どうして、それを・・・」いきなり言い当てられて私は動揺する。

 “転生者”か? 本当のところは憑依者とか、憑依されたものとか、そういう表現の方が正確だ。でも、こちらの方が通りがよくわかりやすいネーミングだ。


「反応を見てればわかるさ。お互い初対面にもかかわらず互いに顔と名前を知ってるわけだろ。ああ、あんた、自分みたいな存在に会うのは初めてか」

 トールは悪相をゆがめて笑った。うん、悪役だね。怖いね。


 うれしいのか、悲しいのかよくわからない感情の波にわたしは揺れていた。


 同じような仲間に会えたのはうれしい。このゆがんだゲームの世界で実のところ途方にくれていた。どこの誰だか知らないけど、ゲームの設定を熟知している人みたいだ。同じ境遇の人同士きっと協力できるよ。仲間ができるのは本当に頼もしい。


 でも、どうして悪役同士で出会うのかな?このゲーム、美形の攻略キャラがたくさん出てくるので有名だったんだよ。顔ランキングではワーストを争う同士でこんにちは。 せめて普通顔といわれていたキャラと会いたかったよ。


「初めまして、俺の名前はトール・ガーグル、向こうでの名前は倉田一郎。よろしく、でいいな」

 男が手をさしのべる。わたしも手を差し出した。ウィリアムの部分がためらったが私は押し切る。トールは仲間なんだよ。下民じゃないよ。


「知っているとは思うが、わたしはウィリアム・ゴールドバーグだ」それからわたしは本名を名乗った。


「へぇ、翼っていうんだ。なんだか、豚には似合わねぇな。あ、すまないね。そのなりとはかけ離れていて、ちょっとね・・・」男は葉巻をくわえて火をつけた。

「そっちの姉ちゃんは、ひょっとしてお人形さんか? 彼女も? そうか、違うのか」

 話の見えない話題に不安そうなクラリスを見て、少しがっかりたようにトールはいう。


 トールは豚公爵に椅子にかけるように勧めた。幸いにも丈夫な椅子だったようで豚の重みにも耐えている。

 クラリスはというと、大きく目を開いて、それでも黙って隅の椅子の上で小さくなっていた。

 彼女はほとんど私たちの話を理解できていないに違いない。


「ひょっとして、わたしたちの他にもこういう人はいるのか?」

 おそるおそる期待も込めて聞いてみる。

 私の問いにトールはあっさりとうなずいた。


「ああ、何人かいる。俺が把握しているのはほんの数人だけどな。え。会いたい? ちょっとまて、今から彼らを呼ぶから」


 トールは手下に声をかけて誰かを呼んだ。呼ばれた名前は聞いたこともない名前だった。この感じだと攻略キャラではなさそうだ。


「それで、あんたはいつからこの状態なんだ?」


 私はトールの問いかけにわたしはぼつぼつと自分の状態を話し始めた。相変わらず豚の小さい声だがトールは耳がいいのかわたしのいうことがわかるようだった。


「なんだ、最近かよ」トールは頭をかいた。「じゃ、まだ豚の意識とあんたの意識が混ざってないな」


「わかるのか」

 実のところ不安だった。わたしは豚という意識は希薄だし、豚もわたしであるという意識はない。互いが互いにとりついているような状態で、頭の中がごちゃごちゃになるのだ。“転生者”がこの憑依したような状態を通るのが当たり前のような口ぶりに少し安心する。


「ああ、みんなそうみたいだな」

 そういってトールは自分の話を始めた。

 彼がこちらの自分に気がついたのはまだ幼い時だったそうだ。

 気がつくと、水の中でおぼれかけていたらしい。なんとか自力で這い上がったとき、自分のからだが縮んでいるのに気がついたという。

「あれだよ、体は子供、心は大人ってやつ。何が何だか本当にわからなかったよ」


 その気持ちはよくわかる。わたしも豚に取り憑いているとわかったときはどうしていいのかわからなかった。ウィリアムが半分死んでいるような状態でなかったら、そのあたりを走り回っていたかもしれない。


「俺の場合はトールの意識がまだ幼かったからな。ずっと俺優位で徐々に融合してきたんだ」


「わたしはまだ・・・慣れていない」

 ぼそりとわたしはつぶやいた。


「そうだろうな。こっちに来てまだ日が浅い。まだまだ混乱してる時期だな。わかるよ、俺もそうだったからな。俺はもう何年もこちらで過ごしている。だから、俺は完全にこっちの人間だ。向こうで過ごしたのと同じくらいの時間をこちらで生きてきたからな」

トールは椅子にもたれかかって足を組んだ。


 そのとき誰かが扉をたたいた。


「ボス、お呼びでしょうか」

「ああ、はいれ」


 -*扉が開いてむさ苦しい男どもが3人はいってくる。

 もう一度いおう。むさ苦しい、男どもだ。


 もちろん、私は彼らを知っていた。彼らもゲームの中に出てくる登場人物だったからだ。

 向こうも私を見て、お、というように口を開けた。向こうも私のことを当然知っていた。


「紹介しよう、こちらからカーク、シャーク、ダークだ」

 なんだか韻をふんでいる。すごくいい加減につけた名前のような、気のせいではないよね。


「こちらは・・・」

「ああ、豚公爵だ!」

 スキンヘッドのいかにもエロゲーモブといった感じの男が私をさして叫んだ。

「えー、本物? 本物なの?」

 ぴょんぴょんとその場で手を組んで跳ねる。


「あら、ありさちゃん、失礼ですよ」

 隣にいたマッチョな男がとても女らしい口調で注意した。

「豚、とか、人をさして呼んだら駄目ですよ。それは差別用語です。本当のことでも傷ついてしまうでしょ」


「姐さん、それって地味にディスってますよ」

 その隣の本当にどうでもいいモブ顔のおとこがつっこむ。


「あらそうかしら、ごめんなさいね、豚さん」

 マッチョは身をしならせて口に手を当てて笑った。

 いや、だから、豚って繰り返さないで・・・ウィリアムが地味に傷ついているよ。


「見てわかるだろう。彼らはまだこちらに来たばかりでね」頭をかきながらトールはいう。「ちょっと見た目は悪いが、心は乙女なんだよ」


「そうなの、そうなのよ」スキンヘッドがこちらに身を乗り出してきた。

「あたしたち、あるときからいきなりこいつらの中にはいっちゃってでられなくなったの」

「ほんとひどいわよね。あるとき気がついたら男になっていたのよ。それもよりによってモブ、それも悪役側のどうでもいいモブよ。せめて美形になりたかったわ」

 マッチョな姐さんは片肘をついてふうとため息をついた。


 シュールな光景だ。とてもそっち方面には思えない風体の二人が野太い声で女子トークをしている。二人でああでもないこうでもないと手を取り合って慰め合っている。


 怖い。怖いよ。


 トールとモブ顔男は慣れているのかこの様子を見ても平然としている。クラリスはというと隅のほうで固まっていた。


「でもねぇ、私たちはただのモブ。豚公爵の中に入るよりはましよね」

「そうですよね、姐さん、あたしもそう思います」

「ねえねえ、豚でいる気持ちってどんな感じ?前はもちろん豚じゃぁなかったのよね。え?多少太めだったかもしれない?」

 思い切り同情されていた。いや、これはいじられているのだろうか。


「すまないな、いつもこの二人こんな感じなんだよ」

 ああ、とか、うーとかつぶやいてわたしはうなずいた。言葉が何も見つからない。


「おい、おまえたち、自己紹介しろよ」


「はい、俺はモブAことダークです。本名は片桐良一です。モブAの職業は料理人見習い、嫁さんと三人の子供がいます。前はN大の学生でした」モブのくせにリア充らしい。


「あたしはカーク、飯沼ありさです。JKです。今もそのつもりです。けしてその辺で喝上げしている悪い人じゃないから。好きなキャラは蒼伯爵。薄い本を書いたこともあります。ありさ、って呼んでね」

 確かこのスキンヘッドはバッドエンディングで主人公(ヒロイン)を強姦するモブだった。それが、ありさちゃん。ありさちゃんって・・・。


「わたしはシャークこと佐藤えりよ。前は専業主婦だったわ。家族構成は夫と幼稚園に通う女の子と大学生の男の子の四人家族よ。よろしくね。豚公爵さん」

 マッチョな大男が慎ましく笑う。いいところの奥様の風情が漂ってくる仕草だ。彼も確かカークと一緒に主人公(ヒロイン)に悪さをする役だったはずだ。奥様はマッチョ・・・、奥様は・・・。


「自己紹介もすんだところで、ちょっと込み入った話にはいろうか」

 トールが奥の部屋から大きく丸めた紙を持ってきた。


「第25回円卓会議だ」

「26回でしょ」

「24回だよ」

 マッチョとスキンヘッドがそれぞれに訂正する。

「まぁ、何回でもいい。豚公爵、これをみてくれ」


 彼は紙を広げて壁に貼り付ける。

 そこにみっちりと書かれていたのは「華の学園」の攻略チャートだった。

 どこで誰が何をしていて、そのイベントがどの出来事のフラグになるのか。どこのシーンで誰がどこにでているのかが細かく紙に描かれている。


「すごいな」感心して褒めると、トールも得意そうに笑った。

「すごいだろ、みんなの記憶を掘り起こして頑張ったんだ」


 今は「お茶会」イベント真っ最中らしい。主人公とその周りの取り巻きの動向が事細かに書いてある。


「実はだな。俺たちは前から豚公爵一家に接触しようとしてたんだよ」

 トールはとてもきまじめな顔になって説明する。

「俺たち、悪役やモブはそれぞれに死亡フラグが立っている。おまえや俺はいうまでもないけれどな。その中で一番早いイベントがそろそろ起きるはずなんだ」

 トールは赤線が弾いてあるイベントを指した。


「このイベントだ。豚公爵の犯した最初の悪事ともいえる記念すべきイベントだな。モブAひき逃げ事件だよ」


「そんなイベントあったかな?」


「あるんですよ。あるんだよ」どこにでも居そうなモブ顔男、カークが顔をゆがめた。

「ほら、お茶会で主人公が悪役令嬢と同列の順位になって、怒った豚が馬車を飛ばして帰るシーンがあったでしょ。あそこで馬車にはねられる町の人、あれ、モブAこと俺なんですよ」

 そんな絵があったような気がする。かすかな記憶の中だけど。馬車にはねられる町人の顔なんて覚えていなかったよ。モブだから仕方ないんだけど。


「それが今わかっている“転生者“の中で一番早いイベントなのよ」とシャーク。

「そうなんですよ。ひどいですよね。馬車ではねるなんて」ダークことモブAは顔をゆがめる。


「でも、いいじゃない。モブAがそのあと出てくるのはたいしたことないイベントなんだから。わたしたちは主人公がバッドエンドに行かない限り、ひどい最期を遂げるのよ。処刑されたり、剣で頭をたたき割られたり」

「そうよ、そうよ。あたしたちのほうがよほど深刻なフラグがたってるのよ」

 カークとシャークは慰めているのか、責めているのか。


「とにかく俺たちはそのときがいつ来るのか知りたかったんだ。それでいろいろなつてをたどっておまえの家を調べてた」

 まさかご本人様に会えるとは・・・とトールは苦笑する。


「で、そのイベントはいつ起こりそうなんですか?」皆一様に真顔に戻って問いかけてくる。

 わたしは平民のぶしつけな視線に身をすくませた。


「よくわからない。私は、ウィリアム・ゴールドバーグは・・・ゲームの中のウィリアムじゃないんだ」


 わたしはためらった。今からわたしが彼らに説明しようとしていることを豚は知らない。わたしと豚の間にはまだまだ超えられない境界がある。彼とわたしの感じていることが一致していないということだ。

 豚は自分がどんなにひどくおかしい環境におかれているか理解していない。彼の中では今の生活は普通なのだ。どれくらい自分の今の状態がゲームとかけ離れているか、一般の人と違っているか。

 今ここで話すことは今の狂った状態を教えることになる。

 いくら無気力な豚でもさすがに少しは動揺するだろう。


 それでも、話さなければならない。


 わたしは思い切って今の豚の状態をトール達に打ち明けた。

 ゲームとは違って豚は全く悪事に荷担していないこと。ゴールドバーグ家を率いて悪さを企むほどの体力も気力もないこと。ほとんど軟禁状態におかれていて、とても無気力なこと。


「あんなことしたり、こんなことしたりしたルートはどこに行った?」

「ない、まったくそんなことはしない」


「え? じゃぁ、エリザベート様と接触はないの?」

「全くない。学園に入る前に挨拶に来たくらいだな」

 娘と禁断の関係どころか、宝石のように大事に思っていることを伝えると皆天を仰いだ。


「だめじゃん。そんなの豚じゃない」

「鬼畜な豚はどこに行ったの?」

「エロルート抜きの豚はないでしょ」

「娘とのエッチシーンもなしなの。楽しさ半減じゃない」

 ・・・みんな、何を期待しているのだろう。


「失礼な、わたしが大切な娘にそんなことをするはずがないだろう」

 普段何に対しても無関心なウィリアムは娘のことになると過剰に反応する。彼のいらいらと怒りにわたしまでも心がささくれ立つ。


「参ったね」トールだけが眉根を寄せていた。「それじゃぁ、豚公爵は他の貴族とも全くつきあいがないのか」

「昔はあった・・・」わたしはまだおこっているウィリアムをなだめる。そして必死で知り合いを思い浮かべようとした。「今は、今はいないな」


「いつ頃からそんな生活をしてるんだ?」

「いつ頃・・・かな。わからない」

 本当にわからないのだ。豚の記憶は最近のものになるほど曖昧で。

 わたしがウィリアムに憑依してからは、はっきり覚えているのだが、それ以前の生活は霧の中だ。


「じゃぁ、誰がゴールドバーグ家を動かしているのかな。一応エリザベート嬢は悪役令嬢として振る舞っているんだよね」

「ああ、どうもそうみたいだ。あっちのシナリオは順調に推移している」

「豚がこの有様だということは、裏で手を引いているのは豚嫁かしら」

「豚嫁って確かブランドブルグ帝国の皇室の血を引いているよねぇ。そっちが黒幕か」

「まずいわね。それはゴールドバーグ家が国を売ったというシナリオのフラグ立てをせっせとしているようなものじゃない」

「豚が堂々と黒幕をやっていたら、そのあたりのことを説明して手を引いてもらうとか考えられたんだがなぁ。嫁相手じゃ連絡のとりようがないな」


 私が黒幕? ウィリアムはいままで悪霊の与太話だと思っていた“ゲームのシナリオ”が現実に起こりうるかもしれないことを悟り始めていた。

 私が、反逆者になる? 裏切り者として処刑されるかもしれない?


「私は死ぬのか?」小さな声が口をついて出た。私からの問いかけではない。豚の心の声だった。私の意思とは関係のないところで体が震え始める。

「私は死ぬのか・・・」


「ここにいるみんなそうよ」モヒカン男のありさちゃんが不審そうな目を向ける。「あなただって知ってるでしょ」


 私は机に広げられたイベント表を見た。イベントの最後に豚公爵の処刑イベントと書かれている。いくつものルートがあるが、そのどれにも豚死亡の文字が躍る。


 そしてその直後に書かれているのは。


 二年後に私は死ぬ。

 そしてエリザベータも死ぬ。


また長くなりましたので、2分割します。

一話5000字目安です。

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