7-2 仲間
私は死ぬ。そしてエリザベータも死ぬ。
私はその紙を穴が空くほど見つめた。一番下のほう、最後に私は死ぬ。
そして、続けて躍る文字はエリザベータが処刑される、修道院に送られる、娼館に売られる・・・
震える手で前後をたどると、裁判、断罪、婚約破棄のおどろおどろしい文句が踊る。
「どうしたの? なんで、豚公爵震えてるの?」
「わたしは震えていない。止められないんだ」
わたしは自分の衝動を止められなかった。心に恐怖が広がっていく。ウィリアムの恐怖がわたしにも伝染していく。
「ウィリアム様」
クラリスが椅子から立とうとした。それよりも早く大きな腕がわたしの巨体に回される。
「大丈夫よ。豚さん。わたしたちも同じだから」筋肉隆々の肉体が崩れそうな肉体を支える。
「ここにいる人、みんなそうだから」
「わたしは、大丈夫。ただ、公爵が」
駄目だ。豚の感情に飲まれてしまう。
私は死ぬのか?
これは何回も繰り返したゲームの記憶だ。さまざまな場面の絵が流れる。
いけない。
豚はわたしの記憶からゲームの知識を引き出そうとしている。私がなるべくウィリアムには見せないようにしてきた残酷な絵の数々。
裁判で泣きわめく私の絵。火あぶりになる私の絵。見るも無惨にやせて鉱山で死ぬ私の絵。
裁判で裁かれるエリザベータ。婚約破棄を言い渡されるエリザベータ。処刑台の前に立つエリザベータ。燃える炎の中に消えていくエリザベータ・・・
もう、やめよう。
わたしは抵抗しようとしたが、豚の強い意志に流される。
だめだ、みてはいけない。
私は逃亡の末、虐殺されて、エリザベータは処刑される。
私は暗殺されて、エリザベータは処刑される。
私は焼かれて、エリザベータも焼かれる。
私は鉱山に送られて、エリザベータは娼館に売られる。そして、死ぬ。
・・・私も死んで、エリザベータも死ぬ。処刑される。
エリザベータが死ぬ。
わたしは水から出た魚のようにあえぐ。息が苦しい。
シャークのたくましい腕がわたしの巨体をがっちりと支えてくれなかったら、わたしはひっくり返っていたと思う。
頼むから、気を静めてほしい。この肉体は豚だけがつかっているわけではないのだ。
背中をなでてくれる手はとても大きくてごつごつしていた。
「落ち着いたか?」しばらくしてから、トールが声をかけてきた。
「すまない。取り乱してしまった」
こんなことは今までなかったのに。ウィリアムの心が暴走することはわたしの想定外だった。
「気にするな。みんな一度は通る道だ」トールはわたしに同情の目を向ける。「あんたたちは一緒になってまだ日が浅い。だから、うまく意思の疎通ができていないのだと思う。もう少ししたらたぶん互いに歩み寄って混じり合うと思う。おまえなんかまだましな方だ。アリサちゃんや姐さんの時はもっと大変だった」
「そうなのよ。わたしったら取り乱してしまったの」優しく背中をなでながら、シャークはいう。「だってこんな体でしょ。いきなりびっくりするわよね」
大丈夫かしら、とシャークはわたしの顔色を見る。
「ああ、大丈夫だ」わたしはシャークの手を力なくはらう。
豚はどうしてしまったんだろう。こんなことで取り乱したりして。
こんなこと・・・じゃない。大切な、大切なことだ。
エリザベータは死ぬ。
「無理はしないでね」えりさんは母親のようにわたしの頭をなでる。「豚さんはわたしたちと違って翼君がメインで動かしているのかしら。ここはずいぶんあちらとは違うから、大変だと思うの。基本あの人達がメインで動いていた方が楽よ。耐えられないようなひどいことがここでは多くって」
誤解がはいっているようだが、その優しい心根が大きな手から伝わってくる。
「いいのよ。ここでは豚公爵として振る舞う必要はないから。互いに頑張っている必要もないから」
「取り乱したり、震えたり、叫んだり、わたしたちもしてるの。今だってそうよ」
ねぇ、と“中身が女”組が顔を見合わせた。
「だってね、聞いて、くさいの」ありさが涙目で語る。「ここに人たち、基本お風呂に入らないの。タオルで体を拭いたり、水をかぶったりするだけ。不衛生な環境で不衛生なものを食べて不衛生な暮らしをしてるの。ネズミとかゴキとかその辺を這いずり回ってても全然平気だし、あたしが悲鳴を上げたら、気が違ったみたいな扱いをするの。平気で人を脅してお金を取り上げるし、けんかをするし、女の子の裸をみてエロい妄想をするし」
「それは仕方ないと思うの。ありさちゃん。すてきな女の子をみたらどきどきするのはね。男なら当たり前よ。わたしたちだってそうでしょ。あなたの蒼様を生で見たらときめくでしょ」
「えー蒼様とその辺の娼婦はちがいますよぉ、姐さん」
野太い声ではしゃぐ二人は不気味だったが、その不気味さがかえってわたしの気持ちを和らげてくれた。わたしの気をそらそうと、わざと大げさに話しているのかもしれない。
ありがとう、仲間ってありがたい。
「あー、わたしのイベントなのですが、豚夫妻の乗っている馬車にひかれるというものなんです」ダークが自分に関するイベントを打ち明けた。
「今の話じゃ、豚夫妻で馬車に乗ることはないみたいだな」
「ない」わたしは小さな声で同意した。「わたしが馬車に乗ることも、あまりないと思う」
「じゃぁ、あとは嫁豚の馬車にひかれるのか?嫁の行動は、わかりそうにないな」
こちらの顔色を見てトールがため息をついた。
「ずっとどこかに引きこもっておくというのはどうかな。イベントの期間は一月くらいのものだろう」わたしはおずおずと提案してみた。
「そんなことしたら、嫁と子供が飢え死にしてしまいますよ」モブ顔のダークが首を振る。
「君はどこで働いているんだい?」
「学園の調理部ですよ。あそこで平民用の学食の料理を作ってるんです・・・ひっ」
私が猛然と男の手をつかんだために男はおびえる。
「が、学園で働いているのか。娘の通っている、あそこで・・・む、娘をみたことがあるのか」
「落ち着けよ。豚公爵」トールが慌てて豚を引き離した。
「す、すまない。豚公・・・ウィリアムは娘のことになると自制が効かなくて」
わたしも焦って体の制御を取り戻しにかかる。わたしが身を引こうとする一方で豚はしっかと男の腕をつかんで放さない。なんだか二人羽織をしている感じだ。
ようやくわたしが体の支配権を得たときには、ダークやトールまで豚を押さえつけるのに汗をかいていた。
くたびれた、どっとくたびれた。もういい、帰って寝たい。
「あんた、大変だな」トールが強い酒を注いでくれた。
「ああ、ウィリアムはね、娘のことになるとあんな感じ。抑えが効かなくなるんだよ」
わたしは椅子にもたれかかって宙をみつめた。
すっかりすねてしまった豚は心の奥の方に引き込んで、でてこない。
「そもそも、ここに来たいといったのは、ウィリアムで、その用件というのは学園に庭師として入れてくれないかという話だったんだよ」
「なに! おまえ、ひょっとして前に多額の金を渡して学園に忍び込もうとしたりしなかったか?」
わたしがうなずくと、トールが椅子を後ろに引いた。
「町中でストリップをするロリコン変態貴族って、おまえのことか」
ちがう、断じて変態ではない・・・ただ単に学園の中に入りたかっただけだ。いささか強引な手段ではあったけどね。
「庭師たちがもうおびえて、おびえて、変態につきまとわれたといってここに駆け込んできたんだ。また現れたら知らせるようにといっておいたんだが。そうか、それで今日ここに変態豚が来たのか」
変態じゃないし・・・
「えー、あのロリコン貴族って豚のことだったんだ」シャークとカークもこの話題に食いついてきた。
「デブの露出狂が現れたって聞いてたのよ。どこかの偉い変態貴族だって。危ないから小さい子は外に出たらいけません、とか、変態貴族にさらわれるとか、いわれてたけど。本当だったんだ」
違う、全然違う。どうしてわたしが小さい子たちを誘拐しないといけないんだ?
わたしはただ、娘の姿を見ていたかっただけなのに。
「ウィリアム様はそのような方ではありません」
意外にも予想外のところから救い主が現れた。
「ウィリアム様は変態豚なんかじゃありません。そのような人倫にもとる行為をなさる方ではありません」
おとなしい女と思っていたが、どうして。
人として壊れてしまった彼女しか知らないものたちがぎょっとして彼女を注視する。
「豚が・・・変態じゃない」
「人倫にもとる行為をしない・・・」シャークとカークが呆然と繰り返す。
「と、ということは、人形さん、豚はあなたにまだ手を出していないということですね・・・あなたはまだ処女ということですか」ダークが彼女ににじり寄る。「いやぁ、僕、あなたのファンだったんです。もう、大好きで、大好きで、あなたの出てくるところは夜のおか・・・いや、何度も見直していました。好きです。結婚してください」
おい、モブA、おまえリア充で結婚しているんだろ。それなのに、言い寄るのか?
クラリスが露骨にいやがっているじゃないか。
あ、はたかれた。
彼女の兄が何者か知らないわけじゃないないよね。
「なぁ、本当に手を出してないのか? 嘘だろ。あんな美人なのに」トールまで耳打ちをしてくる。
「するわけないだろう。わたしは変態じゃない。学園に入りたいのも娘に会いたいためだよ。そうでもしないと、彼女の姿を見ることができないだろ」
「おまえ・・・親だろ、大貴族だろ。なんとかならないのか?」
首を振るわたしをみてトールはため息をつく。
「わかったよ。庭師として入れるようにあいつらには話をつけておく。ただし仕事のえり好みはなしだ。ああいうことは本来貴族のやることじゃないんだがな」
「ありがとう」これはウィリアム本心からの感謝だった。
「これでもこのあたりを仕切っている人入屋だからな。そのくらいのことはできるさ」
「え?あんたの職業は女衒じゃなかったかな」
たしか、トールはただの日雇いの元締めではなかったはずだ。物語の中では人身売買込みで女を束ねる非道な悪党だったはず。
「俺も死にたくないからな。地雷とおぼしい職業に誰が就くものか」トールが忌々しそうに吐き捨てる。「これでもいろいろ頑張ってみたんだよ、いろいろとね」
それから今度のことについて皆で話してみたものの、モブA の事故死を防ぐよい提案は出なかった。
彼の死を防ぐためには豚嫁がいつ馬車に乗るかが鍵となる。
だが、それがいつかというのは実は作中にえがかれていない。とってつけたようなエロパートの前振りで、豚夫妻が人をはねてそのまま立ち去るという意味不明なシーンなのだ。
だから、トールたちはゴールドバーグ家に接触してその予定を聞き出そうとしていた。
でもごめんね、わたしは何も知らないんだよ。
わたしがこちらに来てから一度も豚嫁に会ったことがない。遠目で確認しただけだ。豚本人の記憶でも豚嫁と最後にあったのはだいぶ前のことである。そんな女の予定がわかるわけない。
豚公爵がぶいぶい悪役道に進んでいる状態ならともかくこんな有様じゃあ、探りに行くこともできない。今の状態は豚小屋で飼育されているんだよ、人として機能していないんだよ
。
とにかく何かわかったらトールに知らせるということで、会議はお開きになった。
一つだけ収穫があった。わたしも庭師としてアルバイトだけれど働くことができるようになったのだ。
娘に会うことができることがわかったウィリアムはとてもご機嫌だった。先ほどまでの狂乱状態が嘘のようだった。
最もその上機嫌なのは心の表面だけで、中では不安と恐れが渦巻いていたのだけれど。
「ようございましたね」クラリスも喜んでくれた。
彼女には今日の話がなんなのかよくわかっていないと思う。それでもわたしに協力して庭師としての仕事に行くのを手伝ってくれると約束してくれた。さすがは声つきの登場人物。なぜかそのあたりのことには察しがいい。
ともかく豚邸に戻って、体を休めよう。今日は一日、よく動いた。
まだ悪役としてのイベントの少ないこの頃のんきに笑いながら会議をする余裕があったのだ。
わたしは気がついていなかった。
このゲームを模した世界の理不尽さに。




