イルダート 2
「えと、だいじょうぶ?」
一斉にふり返った男達と少女のまじまじとした視線を受け、当の少年は黒みがかった銀の髪を揺らし、こてんと首を傾いだ。
顔を青ざめさせたのは先まで我が身の助けを乞うていた栗毛の少女。
「お逃げなさい! 今すぐにっ!!」
助けを求めはした。
だがそれはこんなあか抜けない子供にではない。彼では斬り殺されるか、よくてもこの人さらいどもの餌食にされるだけだろう。
だが、少女の心配をよそに男達はすでに動いていた。
さっと、少女を捕らえていた、顔に傷を持つ男が仲間に目配せを送ると、もう一方の男が刃をかざして躍りかかったのである。
肩口からバッサリ切り裂く軌道で振り抜かれる短剣。
どう見ても生け捕りにする腹積もりを感じさせない。
少女を運ぶことを優先した男達は、目撃者の口を速やかに塞ぐことを優先したのだ。
「やめなさい!! その子は関係りませ――」
キィィイインッと、女の絶叫のような高い音が、少女の言葉をかき消す。
続いて、男と少女の耳にトスッと音が届いた。
たった今斬りかかった男と少年の側面に位置する木の幹、そこに男が持っていた短剣が突き立っていたのだ。
そして、少年の手には、
「どこから、抜いた・・・?」
さっきまで間違いなく丸腰に見えた少年が大きく振り払った腕の先には、陽光を照り返す長剣が握られていたのだ。
おかしい話だ。
少年の背丈であんな得物を持っていたら気づかないはずがない。
しかし実、少年は男が斬りかかってくるや短剣の側面に正確に長剣を打ち、弾き飛ばした。
斬りかかった男が後退し、予備の短剣を抜くが、所持しているのはこれだけ、リーチの差を思えば少年の懐に潜り込むには心許ない。ましてや、短剣の剣幅だけを誤りなく狙える技術を持つ相手ならばなおのこと。
――だがそれは、『一対一』ならばの話だ。
戦況の不利を悟るや、顔に傷を持つ男は栗毛の髪の少女を乱暴に地面に投げ、自らも戦列に加わったのである。
二側面からの同時攻撃。
これならば武器の優劣など関係ない。
どちらかに剣を振れば、振られた方は防御に徹し、もう一人が切り捨てればいい。
(さあ、どっち!!)
男達が刮目するのをよそに、少年は何かに気が付いたのか、こくりと小さく頷き、一歩後退して全く予想外の行動に出た。
「なっ!?」
驚嘆は誰のものか、少年を除いたこの場の全員のものだろうか。
視線は嫌でも追ってしまう。
くるりと回る、少年が宙へ放った剣を。
「おいきさまらっ! なにわたしのヴァルに向けて刃を向けているッ!!」
不意打ちに乱入者の声はつんざいた。
反応の間を許さず、白銀の髪をなびかせた声の主は幹から短剣を引き抜き投擲する。
吸い込まれるように男の内の一人の喉笛が裂けて血を噴いた。
もう一方の、顔に傷を持つ男がそちらに注目した時には既に生死は決していた。
地面を蹴った白銀の髪の少女が宙を踊っていた剣を掴み、そのまま大上段からふり下ろしたのだ。
痛みすら感じる暇は無かっただろう。
袈裟斬りに鮮烈を刻み、顔に傷を持つ男もまた絶命した。