プロローグ
初めまして。
書きたくても書けなくてうずうずする事ってありませんか?
そんな心持ちでネット投稿に挑戦させていただきました。
別に書いているお話の筆が止まってる間、投稿できたらと考えています。
よろしくお願いします。
月は見えない。
重々しい暗い雲は薄暗い森のなかをいっそう陰鬱としたものにさせていた。
そのなかを、
「はあ、はあ――」
少年は走っていた。
繁った葦と若草は容赦なく幼い少年の素足を絡めとり、傷つけ、
痛々しい赤を刻んでいく。
それでも少年は足を止めなかった。
「はあ、んっ、はあ、はあ――」
粗末な麻の襤褸に点々とある赤の斑模様は柄ではない。
血痕。
少年の背後にいまだに止まない悲鳴と怒号のなかで付着したそれは、酸化して赤黒くなってはいるもののまだじんわりと湿っていて、暗い森のなかでも褪せることはなかった。
少年が首だけでふり返る。
あれだけの混乱だ。少年一人を追うものなどあるはずもないのに、少年は何度も何度も血走った目で後ろをふり返っては木々の間に視線を忙しなく漂わせた。
あるいは人ではないのだろうか。
少年が畏れて逃げ出そうとしている『それ』とは、『恐怖』そのものなのだろうか。
より一層厚い雲が天を閉ざす。
兆しすら差さない闇は、まるで少年を哀れんで隠そうとしているようだった。
「はあはあはあ、っんく、あ、はあ……」
どくどくどくと、打ち破らんばかりの鼓動を鳴らす心臓にむち打ち、少年はひた走る。
再び後ろをふり返ったときだった。
「……あうっ!」
突きだした木の根に大きく蹴躓く。
勢い余って浮く矮躯。
近づく固い地面。
ぎゅっと瞼を引き絞る。
そのまま受け身もとれずに鼻っ柱から飛び込むかに思われたその時だった。
とんっ、来るべき衝撃の代わりに、柔らかい温もりが少年を抱き留めていた。
「大丈夫か?」
涼やかな声であった。
しかしそれは冬の高原に吹き荒ぶ鋭い刃のごときそれではない。
夏の日のふとした時に頬を通り抜けたような、そんなくすぐるような凛風に似る。
「あ、えっ、あ、あう」
どの音を出すべきか、判断がつかないまま意味のならない音を絞った喉。
おそるおそると、少年が抱き留められた胸元から顔を上らせた。
すぅと、風が抜けた。
夜天を払う箒が雲を散らせ、月光が枝葉を縫って降りそそぐ。
照らし暴かれたのは二つの影。
少年と、少女。
傷だらけの少年が鈍色のごとき黒銀の髪ならば、少女の髪は空に浮かんだ目映い月天のごとき白銀。
少女の対の宝珠が青玉の紺碧ならば、少年は紅玉の緋色で見つめて返す。
相反する二つの煌めきを混じり会わせたあと、少女はそっと少年の肩から腕を回して抱き締めたのである。
「そんなに怯えなくていい。君が危険なときはわたしが真っ先に駆けつけよう。君が寂しいときはわたしがそばで手を握っていよう」
「だから」と、少女は続けたのだ。
「もう泣くな。わたしが君と在ろう。わたしが君を守ろう」
子を抱く慈母であった。
恋慕を燃やす乙女であった。
決意を染み込ませるように、強く、少女は少年と胸の鼓動を重ね続けた。
混乱と逡巡、そして最後に訪れた安寧を確かなものとするように、少年は戸惑いがちに這わせた手で、ぎゅうっと、少女の腕を握った。
月明かりばかりが煌々と照る喧騒と寧静の入り交じった夜。
二人が出会った夜。
とある世界が終末への歯車をぎちりぎちりと動かし始めた夜でもあった。