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上洛


 うっすらと雪化粧を施した京の町には、多くの民衆が若くて勇ましい高時の姿を一目見ようと道を埋め尽くしていた。

 まるでお祭り騒ぎのようである。


 その中を威風堂々と進む。

 着込んだ甲冑の緋色が白く染め上げられた京の町に一際目立つ。

 風のない良き日。

 延々と続く龍堂の軍に民衆は圧倒され、そして頼もしげに見送る。


 情報に敏感な民は皆知っている。

 今や大大名に育った高時の強さと、その後に布かれている善政を。

 だから誰もが歓待している。搾取ばかりを考える大名を知る者は特に。


 馬上の高時は誇らしげで、それに続く友三郎や野間義信も誇らしげだ。反対を声高に唱えていた野間春義も満更でもない顔で馬を進める。

 沿道の人並みは新たなる邸まで途切れることなく続いていた。


 守ってくれる者のいなかった京の民が、いかほど不安であったかの表れだろう。高時に寄せられる期待は大きいのだ。

 それを身に沁みて知った家臣は、もう誰も京に本拠を移すことに異を唱えることはしなくなった。



 京の冬は底冷えがするのだと言われていたが、まさにその通りだった。

 朝には晴れていても、昼過ぎにはどんよりと曇り始め、夕方、日が沈んでしまうと一気に風が冷たくなる。雪はさほど多くはなかったが、冷たい比叡おろしが吹き付ける。


「この寒さでは御所の帝もお寒いであろうな。炭が不足されておらぬか、足りぬ物があればなんなりとこの高時に申しつけよとお伝えしてきてくれ」

「はい。では左大臣の藤原道親ふじわらのみちちか様にすぐにお取り次ぎをして参ります」

 京に着いてから高時は、細々と御所への気配りも忘れずに行っていた。

 また公卿の面々とも出向いては挨拶に回り、存分の手土産を配って回った。その甲斐あってか、なかなかに一癖も二癖もある公卿からも、内心はともかくとして快く受け入れられていた。


 上洛してから一ヶ月が経ち、そろそろ京の邸も高時自身も落ち着いて来た。

 季節は間もなく三月を迎えようとしていた。


 御所の梅林が見事に紅白艶やかに咲き誇り、時折公卿の邸で催される観梅の宴にも幾度か招かれて出かける日々。やがて仄かな梅の香りも終わりに近づき、桜のつぼみがほころび始めた日、その日は急に暖かくなり一気に春めいた日の午後遅くのことだった。


 鶯が庭に植えられた蕾の膨らむ桜の若い枝でさえずっているのを、庭に降り立ち穏やかな笑みを浮かべた高時が機嫌良く眺める。

 その後ろに控える友三郎の顔にも、時折吹いてくる心地良い風に自然と笑みがこぼれる。


「……高時」


 背後から掛けられた朔夜の声に、振り返ることなく「なんだ」と鷹揚に返事をする。

 庭に面した縁に立っていた朔夜が静かに座る気配がして、ようやく高時は後ろを振り返った。

 一筋に高時の姿を見つめる朔夜の瞳。その獰猛さを秘めた獣の瞳を見て高時は瞬時、強烈に惹きつけられた。


 忘れていた感覚だった。


 寺で初めてこの瞳を見た時の戦慄にも似た感覚を、まざまざと思い出して、しばし獣のように輝く鋭い瞳を凝視した。


 互いに無言の時を落とす。一声、鶯が慣れぬ声で鳴いた。



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