不味い酒と静かな夜
「また無茶やらかして。酒、持ってきたぜ」
隣にどさりと座ると、柱にもたれて呆れた笑い顔を見せる志岐が手にした杯を差し出した。受け取って口をつけて呟く。
「不味い」
「何だよ、それ宴席からかっぱらってきた良い酒だぜ。不味いってんのならお前の気持ちが不味いからだろ」
「そうだな。その通りだ」
二人きりで静かに酒を酌み交わすと、そこには穏やかな気が満ちる。
朔夜は心地好さそうに志岐が凭れている柱に自分も背中を預けた。
高時の刃を止めた事を聞いた志岐が酒を手に朔夜のところに来た。なぜ止めたのかなどとは聞かない。ただ黙って酒を差し出すのだ。朔夜のした事に対して問い詰めたりはしないのが志岐だ。
その志岐が耐えかねたように口を開いた。
「……お前……本当にどうするつもりだ?」
「高時に刃を向けた沙汰のことか?」
「違う。今回の潜入、あれは無茶を承知で行ったのだろう。死ぬ気だったな」
「死ぬ気はないさ。覚悟はして行ったが死ぬつもりはなかった」
「だから、結局のところそこまでしたってことは、お前、高時様の事を――」
言いかけた志岐を振り返った朔夜が、自分の唇に指を立てて、しゃべるな、との意思表示をする。
「言葉にするな。言葉には力がある。口に出した言葉には力が宿る」
「……分かった」
諦めたように、志岐は体の力を抜いてまた酒を口に運んだ。
飲み込んだ言葉は、今しばらく眠らせておこう。まだ時機ではないのかもしれない。そう納得させて口を噤んだ。
「志岐……今回の件はお前がいてくれて本当に助かった。だが次に同じようなことがあれば俺を囮にすることに躊躇するな。判断を間違えてはいけない」
厳しい眼差しを向ける朔夜を見つめ返す志岐の太い眉がぴくりと吊り上がる。
「俺は判断を間違えてはいない」
「なぜだ? あの場合は俺を残してお前が脱出するのが一番だ」
「普通はそうだろう。だが俺はもしあの時そうしてお前を残したとしたら、一生俺が後悔していた。使命は遂行出来ても一生後悔するようなことをしでかして、それが正しい判断だとは思えねえ」
「それは屁理屈だ」
「違う、朔夜。お前は使命のためならば、俺やお前の隊の皆を死ぬと分かっている中にほっぽり出して自分だけ戻れるのか? ええ? 答えてみろよ」
「……無理、だ。……そんなこと、無理に決まっている」
項垂れて呻くような声で答える朔夜に、志岐は小さく笑みを零した。
「だろう? 俺だって無理だ。いや、今までなら出来ると思っていたしやってきた。だがお前を残す事だけは無理だったんだ。これは理屈じゃない。感情だ。多分感情なんてものは使命を遂行するのにもっとも厄介なものだ。だが俺はこれを大事にしたい。今まで持っていなかったこの感情というものを大事にしたいと……」
そこで言葉を途切らせると、感極まったように拳を握りしめて拳に強く額を押しつけた。
「お前が……お前が俺に与えてくれたんだ。感情を持たない俺を……。こんな厄介なものを与えたお前を……俺は恨むぞ。絶対に恨んでやる」
「ああ……恨めばいいさ。存分に恨めよ」
志岐の言葉の重みを肩に受けながら、朔夜は空を仰ぐと口元に小さく笑みを浮かべた。




