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雨中の再会


 翌日。朝から細かい雨が降り続いて一段と冷え込んでいる。

 駿河本城から本田頼興が率いてきた兵が到着した。

 疾風の如き移動だ。

 弘龍と友姫は駕籠で運ばれてくるのでまだ到着はしていないが、姫はそのまま喜島城まで送られる予定になっている。この雨でいくらか到着は遅れるであろう。


「いよいよ美濃の宝山公と同盟が破れますか」

 本田は気難しそうに眉を寄せた。

「ああ、親父様が結んだ同盟を俺が叩き壊してしまうのだな。お前にとっては苦々しいことだろう」

 本田は高時の父・時則に長く仕えており、美濃との同盟には奔走したのはこの本田であった。だが本田は高時の言葉に軽く笑んだ。

「いえ、それでこそ時則公の跡継ぎと、頼もしく思います」

「ふん、それは本心か?」

「もちろんです。生前、時則公は言うておられました。わしのものを易々と受け継ぐだけの跡継ぎはいらぬと。時則公のものを受け継ぎながらも壊して新たに手に入れる者こそ、あの時則公の跡継ぎに相応しい」

「そう言うてくれるか。頼もしいことだ」

 すでに貫禄を備えている。本田も輝くような力溢れる高時を目を細めて見る。

「して、いつ軍を発しますか?」

「整い次第すぐにだ。宝山公もすでに兵を揃えている。それ以上に越後との戦を控えた今、長びくのはマズイ」

「しかし宝山公は籠城ろうじょうの構えを見せているそうで。これでは早期に決着を付けるのは難しいですな」

「そうだな。あの喜島城は堅牢だ。いかにして攻めるか、それが問題だな」

 高時と本田が話しているところに、呼び出された朔夜と義信が姿を現した。


「おお、義信殿、姶良殿」

 着座した二人に本田は丁寧に挨拶をした。

「かなり早くお着きになられましたな。正直、驚きました」

 義信が柔らかく微笑んだ。すると本田は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。

「実は高時公が美濃へご出発した後にすぐ戦支度を整えておったのだ」

「また、それは用意周到な……」

「当然のことだ。あの食えぬ狸の伊藤宝山公に手を焼いたのはこの本田、一筋縄では行かぬとふんでおった次第」

「さすがあの親父様に長く仕えていただけはある。痒いところに手が届くとはこの事を申すのだな」

 高時の言葉に本田が頭を下げる。そのやり取りをただ黙って朔夜は見ていた。その朔夜にふいと向き直った本田が

「姶良殿、今回はどうしても姶良殿の元にと望む者が多くて、姶良殿の兵百余りが付き添うて参っておる。あとで声を掛けておいてやってくれ」

 思わぬ言葉であった。


 少し目を見開いたが、すぐに元の鋭い目に戻る。

「そうか」

「ああ、貴殿は相当慕われておるようだな。かなりうるさく請われたぞ」

「……俺には過ぎた者達だ」

「まあそう卑下なさるな。貴殿の戦い振りに心酔した者ばかりだ。良き将である証しぞ。あの生意気な子供が良い男に育ったものだな」

 快活に笑う本田に朔夜は眉をひそめた。

「買いかぶりだ。良き男とはこの義信のような男にこそ相応しい。俺になど使う言葉ではないな」

 驚いて義信が朔夜の方へ顔を向ける。



 昨日も義信の事を誉めていた。

 そんなに互いを知っている訳ではないが、今まで誉めたり貶したりと人に関する事など、朔夜の口から聞いたことなどなかった義信だ。ましてや義信は高時の為にならぬのではないかと朔夜を疎んじているのに、その相手を誉める。

 どうにも昨日の夜から様子がおかしいと義信は眉を寄せて朔夜を見つめた。だが一番良く知っているはずの高時は何の疑問も感じなかったようで快活に笑って告げた。

「おおそうだな。本当に義信は良き男だ。俺も頼りにしている。今度の戦も働きを期待しているぞ」

 微妙な表情のまま義信は平伏した。



 高時の元を辞した朔夜は若い兵が集まっているところまで来て驚く。

「志岐!」

 朔夜に呼ばれて背の高い男が振り返り、雨をも打ち払うような明るい笑顔を見せてから軽く手を上げた。

「なぜお前まで来ている?」

 問いかけた朔夜にあっけらかんと志岐は言い放つ。

「今の俺はお前の下についてるって言っただろ。垂水の頭領にも許可貰ってっから気にすんなって」

 言いながら近寄ると、すぐに肩を触る。

「……つっ」

 触れられて顔を歪ませる朔夜を見て溜息をついた。

「やっぱ無理してんだな。まだ痛むんだろ? ちゃんと薬は塗ってんのか?」

「切れた」

「え?」

「痛み消しの丸薬が切れた」

 思わず志岐が絶句した。

 それから朔夜の肩を掴んだまま俯いて喉の奥から呻きにも似た押し殺した声を上げながら顔を歪めた。


「お前、馬鹿か! どんだけ無理してんだよ! あれだけの薬を飲みきるほど辛いんならちゃんと休め! 死にたいのかよ! 高時様は知ってて無理をさせてんのかよ! 何してんだ、馬鹿!」

 怒りながら、まるで自分の落ち度だと責めているように辛そうな顔をする。そんな志岐に手を伸ばすと朔夜は志岐の腕をそっと掴んだ。

「志岐、来てくれて有難い。お前がいれば気持ちが落ち着く」

 顔を上げると朔夜の目が優しい光を宿していた。


 唸るような野獣の瞳は野蛮で強くて美しいが、その対局にある優しい瞳は驚くほど柔らかくて妙なる光に満たされており、思わず惹きつけられてしまった。


 肩に置かれた手からそっと抜け出して、朔夜は若い兵士の集まりへと行ってしまった。

 その場に取り残された志岐はしばらく動くことも出来なかった。


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