思わぬ策
夕刻、早速主な者を集めて軍議を開いた。
早期決着を求めている龍堂軍にとって籠城は手痛い。
もたもたしているうちに美濃はもとより、飛騨からも援軍が来る。さらに三河からは背後を狙われてしまう。宝山はもちろんそれを狙っているのだ。
だが越後との睨み合いを解いて軍をこちらに回しても、すぐに越後勢に攻め込まれるだろう。
話せば話すほどに、今、美濃と刃を交える不利を感じずにはいられない。
空気が重い。
まだ雨が降り続く。
激しくはないが、気がつけばじっとりと全てのものを湿らせているような密やかで間断ない雨が降り続いている。
さらさらとささやかな音を立てる秋雨を開けはなった部屋から見つめていた朔夜が、ようやく軍議に顔を向けた。そして大した興味もなさそうな緊張感もない口調で重い空気の論議に口を挟んだ。
「俺が行く」
皆、ぽかんとした。
急に何を言い出したのか、その場の全員が分からなかった。
他の誰にも目を遣らず、ただ高時だけをきつく見つめる。久しぶりに鋭く獰猛な瞳に見つめられて高時は息を飲む。
「垂水の志岐が来ている。忍びの術をもって喜島城に潜入してくる」
ここでようやく朔夜の言いたいことに気がついた皆が目を剥いた。
「まさか内部から混乱を?」
「門を開かせるのか?」
「情報を集めてくるのか?」
口々に問いかける将を高時が手を上げて制する。
「何をするつもりだ、朔夜」
まだ真っ直ぐに見つめてくる朔夜に、僅かに目を細めて見返す。
しばし沈黙を落としてから、はっきりと宣言するように告げた。
「宝山の寝首を掻いてやる」
全員、息を止めた。
「お前の寝首を掻こうとした奴の、その寝首を掻いてやる」
強い言い方に、迷いも不安もない。かといって自信に満ちているのでもない。ただ簡単に、花でも取ってきてやると告げるかのようだった。
「そ、そんなことを……」
二の句が継げない高時の後を引き継ぐように義信が口を開いた。
「な……かような事、無理に決まっている。無茶を言うな」
「無茶ではない。志岐は既に喜島城の城絵図を手に入れた。それに、霧雨を連れてきてくれた」
「霧雨……」
今や高時の家臣で霧雨の名を知らぬ者はいない。
人の血を欲する妖刀、それを扱う夜叉の如き少年。
霧雨の名は、まるで全てを平伏させる宣司だった。
(出来るのか?)
(妖刀なら、出来るかもしれない)
バラバラと視線が朔夜に集まり出す。高時はじっと無言で朔夜を睨んでいる。
皆に見つめられても少しも怖じることもない朔夜の瞳は、獣そのものだった。
「……分かった。お前に任せよう。だが簡単に出来ることではない。あくまでも戦略の一つとして使うだけだ。我らは籠城をどう攻めるかの議論を続ける。朔夜は下がって志岐と話を詰めて、後で報告に来い」
「分かった」
軽く一礼して軍議の輪から下がった。
それを皆息を詰めたまま無言で見送り、華奢な背中が部屋から見えなくなって初めて吐息を洩らした。
**
帯に巻いたままの霧雨を差し出された時に心を決めた。
志岐は強く反対した。
籠城している城に忍び込むことは容易く出来ることではない、死ぬ気なのか、と声を荒げた。それでも朔夜は既に決めていたのだ。
別に宝山の首が欲しい訳でも、褒賞が欲しい訳でもない。そんな物になんの興味もないが、ただこれから起きる無謀な戦で多くの命が散るのを見たくないだけだった。
はっきり言ってしまえば、今回の戦は無謀だ。
美濃は手強い。それは以前伊勢の名倉家を弘龍と共に戦った時に分かっていた。
統制の取れた軍、勇敢で怖じない兵士。
主要な戦力を越後に割いている現状、たった五千ほどの兵では到底勝てない。
志岐には悪いと思った。もし上手くいかなければ死ぬことになる。
それを告げた時、志岐は諦めたような困ったような目で笑った。
「しゃあねえなあ。そん時はお前と一緒に死んでやらあな」
そして諾も否も言わずに立ち上がると、すぐに捕らえられている千原の部下から喜島城の城絵図を手に入れて来てくれた。
*
宛がわれている部屋に志岐を呼ぶ。
いつものように笑いながら座ると、早速朔夜の前に色々な道具を並べた。
「どうせ明日やるんだろ? 準備しといたぜ。これが鈎縄、撒菱も一応持っとけ。気休めにしかなんねえだろうけど万一俺とはぐれても大丈夫なようにいくらかお前も装備しとけ」
決行は明晩にでも、と思っていたが志岐にはまだ伝えていなかったが、それをちゃんと汲んでくれていたのだ。
志岐はいつもそうだ。朔夜の欲しいと思うものを過たずにもたらしてくれる。
「助かる。明日は月も無い、しかも相手もまだ万全の準備も整わない。明晩がいいと思っていた」
「だな。俺もそう思った。霧雨は鞘が無いから、こうやって帯で袋作った。背中に背負っていけ。それと」
霧雨の袋を渡しながら、顔を上げると
「足手纏いになるなよ」
とニヤリと笑った。




