不穏な風
城主の千原丹波守は完全に顔色を失くしていた。 唇も青ざめ体は小刻みに震えている。
元来が小心者なのだろう。完全に高時の放つ尋常ならざる怒りの炎に怯えている。
「千原殿」
押し殺した高時の声に、ひいっと息を飲み込んで床に頭を擦り付けた。
「これはいかなる仕儀かご説明いただこうか」
正直、最初に迎えた時には年若い高時を侮っていた千原だ。酒を飲ませて美女を侍らせておけば、簡単に寝首を掻けるとふんでいたのだ。
ところがどうだ。
手練れの男を一瞬で斬り伏せる家臣を持ち、そして目の前で圧し掛かるような威圧を放つのは、本当に十八の若造なのだろうか。こんなに胆を冷やされるのは初めてだった。
顔を上げることさえも敵わない。
「説明せよと申しておる!」
響く声が伏せた背中に落ちる。まるで重石を乗せられて拷問を受けているかのようだ。
「も、申し訳ございませぬ。……こ、これは、その一部の者が、あの……勝手に画策したことで、はい。私はあの、関与してはいないことで……」
「たばかるな!」
しどろもどろで言い訳をする千原に業を煮やした高時の怒声が割ってはいる。
「斬られた男どもが既に申しておるわ。宝山公の命を受けたそなたが仕組んだことだとな。わが家臣は優秀だから、賊を簡単には殺しはしない。口封じなどさせぬためにな。それを踏まえて、宝山公がいかな命を申しつけていたかを説明せよと申しておるのだ」
「ひいい」
強い瞳に射すくめられて、千原は腰を抜かさんばかりに怯える。
見事なまでの怯えっぷりだ。そんな千原の無様な姿を睨みつけた高時が立ち上がった。
「もう良い。宝山公の意図が分かった。今からすぐに喜島城の宝山公に会いに行く。出立の準備を致せ! それからそこな城主も連れて行け。義信、すぐに誰ぞを本城に走らせて弘龍殿と友姫を国境の鷲山砦まで連れてくるように伝えろ。その際に兵五千を率いてくるように。本田に率いさせよ」
「た、高時様……。まさか美濃と戦を……?」
「そうなるやも知れぬ」
平伏し続ける千原を意にも介さずにその場を立ち去ろうとする高時を義信が引き留める。
「今は争うてはなりませぬ! 今は越後との戦に専念する時でございます。どちらかに力を注ぎ込めば、他方が攻められてしまいます!」
「うるさい! かような仕打ちを捨て置けぬわ。俺に意見をするな、義信! さっさと言われたことをやれ!」
独善的な威圧。
義信は圧倒的な迫力にごくりと喉を鳴らした。
朔夜は座ったままで目を伏せる。
風を起こしながら朔夜の前を足音荒く通り過ぎる高時の作った風に朔夜の垂らしたままの髪が揺れる。
夜はまだ深い。深く沈んでいる。
朔夜はそっと目を開けると星の瞬く深藍を見上げた。




