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義信の言葉


「高時様?」


 義信の声に我に返る。

 対面座に座る義信が心配顔で高時を見ていた。


「朔夜の具合はそのように悪いのでしょうか? 珍しいことですが」

「いや……。実は火傷を負っていて、そこから熱が出たらしい。二、三日は安静にするようにと医者が言うていた」

「火傷? 熱が出るような酷い火傷を? それを隠して高時様の供をしていたのですか?」

 眉を吊り上げた義信に高時はバツが悪そうに目を逸らした。

「いや、俺も知っていた」

 すぐに首を振って目を閉じると、下を向いて呟くように告げた。

「いいや、そうじゃない。俺が火傷を負わせたんだ。俺のせいなのだ。それなのに俺に気を遣って平気なフリをしていたんだ」

 苦しそうに、まるで魂を苦労して吐き出すように告げる高時を痛ましげに見ていた義信が、堪らずに口を挟んだ。

「違います、高時様。考え違いをされてはいけません」

「……違う?」

 驚いたように上げた顔には、義信の言う意味が分からないと書いてあっただろう。


「はい。恐れながら高時様は考え違いをなさっておられます。家臣たるもの主の為には命を捨てるのを惜しむものではございません。たとえ高時様に是非があろうがなかろうが、我らは主のせいなどと考えるものではありませぬ。そして主を気遣うは家臣として当然のこと。それをおろそかにしては家内の統制は崩れ去ってしまいます。朔夜はその辺りを疎かにし過ぎて来たのです。今は高時様を唯一の主として我々が一丸となりその地位を確固たるものにして、他国にも知らしめる時機ではありませぬか」

「義信……」

「そもそも朔夜などは身寄りもない子供。それが高時様の側近として過分の引き立てを受けております。恩を返しても返しきれないほどではありませぬか。己の不調で主を足止めするなど言語道断。即刻供務めなど解任されても文句は言えぬ立場でしょう。どうぞ高時様、お迷いなされますな。朔夜は一家臣にございます。かように御心を揺らされることなどないのでございます」

 言葉もなくして高時はただ義信の顔を見つめていた。


(……考え違い? 俺の為したことは家臣に対して許容されることだったのか?)


 確かに主命で腹を斬らせることもある。主は家臣の命さえ奪うのであれば、火傷を負わせることは赦されることなのだろうか。

 あれは身勝手をし、その間に下の者が失策を犯した責を問うた結果として朔夜に対して下した沙汰とすれば、問題のないことなのだろうか。


 改めて義信を見つめる。


 掛川の領主である野間春義のまはるよしの妻が高時の乳母めのととして駿河本城に来て、高時の乳兄弟として十歳で高時に仕え始めた最も近しい家臣だ。

 いつでも穏やかに話す。それでいて内面は頑固で強い意思を持つ。

 すらりと高い背と優しげで甘い顔、それに似合いの甘い声。おなごにも事欠かないと噂を聞いた。そのくせに妖怪だの幽霊だのに滅法弱い野間義信。 高時と最も長く過ごしてきた家臣の眼を縋るように見つめると、義信は力強く頷いた。


「……義信、俺は……」

 俺のしたことは赦されることだったのだろうか。

 赦されるのだと言って欲しい。いや、俺は誰かに赦されなければならない地位にあるのではない。自分で自分を赦せばそれでいいのだ。

 そうだ俺は龍堂高時だ。

 誰にも屈服せず誰にも従わない。

 数多くの家臣を纏め上げるのが俺の務めであり責務である。

 誰にも俺を責める事はできない。そうだった。忘れていた。俺は主としてもっと泰然としているべきだったのだ。


 徐々に高時の瞳に力が宿る。義信の言葉の助力を得て高時の自信がみなぎってくる。

「高時様、私を美濃へお連れ下さい。必ずや高時様をお守りし、役立って見せましょう」

 強い瞳で義信を見据えて、それからゆっくりと頷いた。


 心に一つだけ刺さっている小さな棘に気がつかないふりをした。

 己を正当に仕立て上げる言葉だけを受け入れ、人を気遣う心を擲ってしまう自分の矮小さを見ないふりをして、威圧を纏いなおす。


「明日、美濃へ向けて出立する。その折には義信も供をするように」


 いつのようにきっぱりと告げる高時の声は、良く通って義信を平伏させた。  


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