差し延べた手
高時の訪れにすぐに義信が駆け付ける。だが義信の迎えを待たずに高時はすでに家臣へと指示を飛ばしていた。
「すぐに部屋を用意しろ。俺ではない、朔夜の部屋だ。床を延べておけ。それと医者を呼べ。すぐにだ」
「朔夜が何かありましたか?」
独特の甘い声で、駆け付けた義信が問いかけた。
「具合が悪い。今夜はここで休むから頼むぞ義信」
朔夜の方を見れば、馬からずり落ちるように下りたところだった。
手綱を命綱よろしく握りしめて馬にもたれかかっているが、足元がふらついて息が上がっている。
こんな朔夜を初めてみた義信は少なからず驚いた。
痩せこけた薄汚い浮浪児だった朔夜だが、体の細さに似合わず丈夫な子供で、一度たりとも風邪をひいたり寝込んだりしているところを見たことはなかった。いつも人を威嚇するような強い瞳とそれに負けぬ強い姿が鼻につくほどだったのに、それがこんなにも不安定に揺れている姿に驚いた。
まだまだ幼い。
その時、義信が感じた朔夜の姿だった。
ぐらりと朔夜の体が傾ぐ。さっと手を出して高時が支えた。
驚いたように目を見開いた朔夜だが、すぐに手綱を手放して高時に体重を預ける。
「済まない。今だけ手を貸してくれ」
「構わない。いつでも俺を頼ればいい」
熱があるのだろうか。荒い息をしている朔夜の体を支えながら高時は城へと歩き出した。
*
医者が呼ばれて朔夜を見終わるまで、高時は自分以外の誰も部屋には入れなかった。
医者は火傷を見て驚いていたが、手早く手当てを施すと薬を処方した。
手当てを終えた朔夜はいくらか血の気が戻った顔を高時に向けて「心配かけて済まない。もう大丈夫だ」と軽く頷いて見せた。
痛ましかった。
多分、高時の為に無理をしたに違いない。
火傷は思った以上に酷く、綺麗な肌はそこだけ爛れて赤い肉を焼いていた。
狂気じみた鬼畜な所業、それを己が為したとは信じられなかった。それを一言も責めず、恨みごとも言わず、傷つけた張本人の高時を気遣うのだ。痛ましい。朔夜の魂の強さが痛ましかった。
言い訳が出来るならば、いくらでも言える。
弘龍と珠姫の事で我を忘れていた。あるいは志岐の責を負わせたが思わず我を失った。もしくは朔夜のその瞳が挑発したように感じたから。
いくらでも湧いてくる。謝罪の言葉だっていくらでも言える。
だが、そんなのは己の心の責任逃れでしかない。
いくら言い訳を言っても、しでかした事が消える訳でもない。そんなもの、自分の罪を軽くするための飾り付けでしかない。下手をすれば自分は悪くないと正当化しようとさえする行為だ。
謝罪の言葉などに何の意味もない。
謝って、それで許された気になる気休めの呪文でしかない。自分が許されたいから言う言葉だ。そんなことで罪が消えるほど便利な言葉などない。
それでも、と高時は思う。
それでも朔夜はそんな自分に身を預けてくれた。
決して人に触れることを良しとしない朔夜だから、きっと具合が悪くても何とか自分で歩こうとするだろう。
今までもそうだった。誰かの手を借りることをとても嫌がっていた。それが素直に身を任せてくれた。
この手を取ってくれた。
朔夜の心にあるのが、自分への恨みや憎しみでないのが感じられた。それがひどく嬉しかった。
酷い仕打ちをしておきながら、そんな事に喜ぶ自分に眉を寄せた。




