手折られる光
朔夜を私室に運んで寝かせてから、すぐに火傷を冷やした。
酷く焼け爛れている。かなり強く押し当てられた痕だ。また手ぬぐいを絞って冷やす。
志岐は拳を握りしめて唇を噛んだ。
「なんでお前ばっかり……こんな辛い目に合わされなきゃなんねえんだよ。神様っているのかよ。どっかにいるんなら、こいつをもっと守ってやってくれよ。……頼む、頼むよ」
未だ意識を取り戻さない朔夜の手首に残る痕も痛々しいのに、この火傷は酷い。この脆そうな細い体は傷ついてばかりだ。そしてそれ以上に心を傷つけられる。
初めて会った時、戦の真っ最中だった。
その中に圧倒的に強い男がいた。
小柄なのに敵をガンガン斬り伏せて行く。有利なはずの槍を持つ敵を、それこそ吹き飛ばす勢いで斬り伏せ、そのくせ周囲には次々と的確な指令を飛ばす。その存在感は何よりも際立っていた。
一瞬で魅了された。
一体あの兜の下はどんな男なのだろうかと。だが、その下から現れたのはまだ子供とも思える少年だった。
それも予想を裏切る飛びきりの優男。予想外で言葉を失った。
しかし話しかけた井戸端で見た瞳は、今まで見たどんなものよりも美しく野蛮で魅力的だった。そして屈服を知らない強い魂にも魅かれた。
誰かが意図して朔夜の強い魂を砕こうと画策しているとしか思えない。
光だった。朔夜は志岐の光だった。
自分と同じように己の出自を知らず、生きる術として人を殺めながら生きてきた暗い過去を背負いながら、それでも真っ直ぐに正しく清らかな心を持つ朔夜は光だった。
自分は笑うことで心を隠し、誰とでも浅く付き合うことで痛みを負わぬように生きてきた。
自分はとんだ臆病者だ。人と関わることを恐れながら、人から突き放されることを恐れ、どっちつかずの中途半端な付き合いをしてきている。
朔夜の生き方は衝撃的だった。
一つ一つにいつも真剣で、どんな壁があろうとも真っ直ぐに向かう。
心を偽らず、かといって自分勝手ではなく人の痛みを知った上で、正面から対峙してくる。
一つたりとも偽物のない生き方だ。
輝く綺麗な魂を持つ男を、隣で見ていたいと願った。
だが、誰がこの魂を手折ろうとしているのだ。
高時ではない。
今夜の事で傷を負ったのは高時の心の方だ。あの姿を見た途端に気が付いた。高時の心がひどく悲鳴を上げていたことに。
小さな呻き声を上げた朔夜を見下ろすと、微かに肩を震わせている。
冷やし過ぎたかと慌てて手ぬぐいを外し、それから垂水秘伝の火傷薬を塗り込んでやる。薬草の匂いがツンと鼻に付く。それを厭うたのか朔夜が身じろぎをして、また小さく震えている。
熱い。
掌から感じる。かなりの熱がある。
肩の傷のせいか、それとも昨晩冷え切ったままろくな夜具もない所で過ごしたせいか。いや、続けざまに精神を揺るがすような恐ろしい目に会ったせいかもしれない。
悪寒が強くなってきたのか、ガタガタと震えている。まだまだ熱があがるのだろう。
「ロクに夜具もねえのかよ」
普段から寒さの中で眠るのに慣れている朔夜はたいした夜具など部屋に置いてはいない。
竹筒から水を含ませてやってから、肩と腕をさすってやる。
「……さ……む……」
意識のないまま呟く。ほとんど聞き取れない声だが志岐はちゃんと受け取る。
そっと抱きしめてやると、震えが少し治まる。
志岐は意を決して朔夜を腕の中にすっぽりと抱きしめて自分も夜具の中に入り添い寝をする。
「狭いなあ。まあ我慢しろよな」
呟いて、熱の籠る朔夜の体を抱え込む。
こうしてみると、本当にまだ幼い。筋肉は付いているがまだまだ細い。元々屈強な体質ではないのだろう。首などは折れそうに細いし、背もまだ高くはない。まるで幼子のようだ。
外見からは分からない強い心、それが美しいのだ。
この美しくしなやかな獣を誰か心から受け入れてやってくれと、志岐は願いながら意識の戻らないままの朔夜をギュッと包み込んだ。




