デジャブ
ヤ「遂に出来たわ!私の病気が効かないケンにさえも効く超強力な惚れ薬が!」
小瓶の中に詰まった真っ黒な液体を掲げながらヤマメは喜んでいた。ケンは居間で昼寝していて無防備だ。
笑みを浮かべながらケンに近づき、指で頬をつついて目覚めさせる。
ケ「んぁ…?」
ヤ「ケン♪これ飲んで?」
ケンは寝ぼけていてろくに考えもせず、言われた通りそれを飲んだ。
ヤ「ありがと。これで…ケンは、完全に私だけを見てくれるわ…」
もう一度眠りについたケンの頭を撫でながら不敵に笑うヤマメにケンは気付いてはいない。ヤマメの目には、ケン以外の物は何も映っていない。ただ、愛しい人が次に目を覚ますのを想像して期待に胸を膨らますだけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・。
それから3時間後。ケンは、もどかしいような感覚に襲われてケンは目を覚ました。
ケ「…ヤマメ?」
怯えたように辺りを見回したケンは、寝室に繋がる襖の隙間からヤマメの姿を捉えた。そしてその場から逃げるかのようにヤマメの元へ向かい。母親に甘える小さな子供みたいに膝の上に頭を乗せる。
ヤ「あら、ケン。おはよう」
ケ「おはよう。大好きだよ。ヤマメ」
まるで、機械が言うかのように感情が籠っているのかいないのか、そんな曖昧な口調だった。しかし、そんなことを気にせず、甘えてくるケンをヤマメは女神とも言える優しさで包み込む。片手で抱き寄せ、もう片方で頬や頭を撫でる。
ケンもそれを嬉しそうに受け、二人だけの幸せな時間だった。
ヤ「ねぇ、私の事好き?」
ケ「大好きだ。そんなの当たり前じゃないか。大好き、大好き、大好きだよ」
ヤ「嬉しいわ。ふふ…私も大好きよ。ケン」
薬は成功した。ケンは自分にベタ惚れだ。これで絶対に他の女に渡ることは無い。色仕掛けをしてきたとしても、自分が始末してやる。
そう思いながら、ヤマメは猫みたいにじゃれるケンを愛おしそうに撫で続けた。
・・・・・・・・・・・・。
それから、何時間経っただろうか。不思議と空腹や喉の渇きは無く、ただケンと一緒に居れるだけで満足だった。ケンが一体何度「ヤマメが好きだ」と言ったことだろうか。自分もそれに答えて「ケン、大好きよ」と言ったが、何度も言ったため回数は忘れてしまった。
ケ「ヤマメ好きだ」
ヤ「ケン、私も…」
もう何度となく繰り返されてきたやり取り。二人は、甘味な時間をもっと長く味わっていたいと思っている。
そんな時。ケンの腹がグゥゥっと鳴り、空腹だと知らせてきた。
ヤ「あら、お腹すいたの?じゃあ何か作ってくるわね」
ケ「そんなのいらない。ヤマメが居れば十分だよ」
ヤ「ふふ…そう?じゃあ、もうちょっと、こうしてましょうか…」
ギュッとケンを抱き寄せ、濃厚なキスをする。もちろんケンも拒むことはせず、積極的にヤマメの舌に自分の舌を絡ませて愛情を示す。
しかしその間も、ケンの腹は鳴りっぱなしで、少し心配してきたヤマメがもう一度言った。
ヤ「ねぇ、やっぱり何かご飯食べた方が…」
ケ「何言ってるんだ。さっきも言っただろ?ヤマメ以外何もいらないって」
ヤ「そうだけど…」
ヤマメの脳裏には、何時も自分の作った料理を美味しそうに頬張るケンの姿が浮かんだ。しかし、今のケンはそんな物は望んでいない。ただ、ヤマメと一緒に居れることだけを考えている。
ヤマメの心配を余所に、ケンはヤマメに愛を囁き続ける。その間も絶え間なくケンの身体は栄養が足りないとSOSを発し続けている。
ヤ「…ちょっと、ご飯作ってくるわ。だってケン、いらないなんて言っても、ずっとお腹鳴ってるじゃない。身体に悪いわよ」
ケ「要らない。ヤマメ、ここに一緒に居てくれ。頼む。行かないでくれ…」
ケンはすがるようにヤマメを抱き寄せる。ヤマメも、ケンの為なら離れなければならないのは分かっている筈なのに、ケンを目の前にすると動くことが、離れることができなかった。
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それからどのくらい時間が経っただろう。ケンの身体は、見る見る痩せ衰えてきた。頬骨が少し浮き出てきて、まるで衰弱死直前の老人のようだった。心配してヤマメが台所へ行こうとするたびに、その細い腕を伸ばしてヤマメを引き留めるのだ。
惚れ薬は失敗だった。強すぎたのだ。「ヤマメだけ」を愛する効果のせいで、他の欲求を全て殺してしまっていたのだ。食欲も、睡眠欲も、はては性欲すら無くなってしまっていたのだ。その事を理解して、ヤマメは恐ろしく後悔した。
ヤ「ねぇお願い、離して…。ケンが、ケンが死んじゃう…」
ケ「ヤマメ…大好きだから…行かないでくれ…」
ヤ「何よ、逝きそうなのはアナタの方じゃない。離してよ…まだ間に合うわ…」
ケ「ヤ、マメ…。だい…す…」
壊れかけたロボットみたいに、途切れ途切れながらヤマメへの愛を言うケンは昔とは見る影もなく弱っていた。ヤマメももう動くことができず、泣き続けるしかなかった。
そして、ついにヤマメの腕を掴んでいたケンの腕がズルリと落ち、ケンが息を引き取ったことを宣告した。
ヤ「嘘…ちょっと…ねぇ、ケン、ケン!死なないで!死んじゃヤダ!ねぇ!」
目を瞑って反応の無いケンはとても冷たかった。昔、ケンと二人で取りに行った冷気を出す植物がすぐ近くにでもあるような冷たさが、容赦なくヤマメの心を壊していく。
ヤ「ぅぅ…うああああああああああああああああ!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ケ「おい!起きろ!ヤマメ…おい!」
冷たい世界から目を覚ますと、そこには昔と変わらないケンの姿があった。ホッとした表情で
ヤ「ケン…?」
ケ「ん?なんだ?」
ヤ「…お腹、空いてない?」
ケ「えっ?…そうだな、寝起きだから空いてるかな。何か美味しいもんでも作ってくれ」
そうか、あれは悪い夢だったんだ。それを理解した途端。大粒の涙がジワリと浮かび上がり、ヤマメの顔を落ちていった。
ヤ「ねぇケン…私の事、好き?」
ケ「好きだな。大好き」
夢の中のケンと同じ言葉。何かさびしい気もする。このケンも、夢の中のケンのようになってしまうような気がしてならなかった。
しかし、ケンは続けた。
ケ「いや…大好きどころじゃないな…超好き?いや超超超好き?好きすぎるな。そんな好きすぎるヤマメちゃんも起きなきゃ。もう朝ごはんの時間じゃなくなるぜ。ヤマメの次にヤマメの作るご飯が好きかな」
良かった。何時ものケンだ。それを確信し、ヤマメは安堵の息を漏らした。
前回(29話)はちょっと成功でしたが。今回は失敗したみたいですね。夢の中で、自分を好きな人が、自分を愛するあまり死んでしまう…。なんか嫌ですよね。一緒にご飯を食べ、一緒に寝て、一緒に笑う…それが良いんですよね。
読者様につかの間の安らぎを
「kanisaku」




