始まりは羽衣 2
奇妙な女性と遭遇したその晩、ヨウスケは本を読んでいた。時間も10時を回っていて、その彼女のことなどすっかり忘れていた。そして程よく眠くなってきたので本を置いて布団に入って眠りについた。
・・・・・・・・・。
ドンドン ドンドン
戸を叩く音が聞こえて目が覚める。誰だろうと思っていると、その扉を叩いている人物は言う。
衣「ヨウスケさん…私です。衣玖です。開けてください…」
ヨ「!?」
衣「もっとアナタとお話がしたくて…開けてください」
何故自分の居場所がばれているのだろう。そういえば空から見ていたと言っていたが…あれは本当のようだ。
このまま無視して居ないフリをするのも考えたが、相手は空から来た怪しい女性。扉を無理矢理壊してでも入ってくることなど可能だろう。それに、いつの間にか家の中に入られても困る。
扉の前に立ち、扉越し話すことにする。絶対に中に入れないように注意することにした。
ヨ「なんです…こんな夜中に…」
衣「すみません。やっぱり諦めきれなくて」
ヨ「…俺は、アナタとは付き合えません」
このままでは埒があかないだろう。どうすれば引き下がってくれるだろうか…。
そして、頭の中に一人の女性の姿が思い浮かんだ。それは人里の茶屋で働いている一人娘だった。その子は優しく。仕事から帰ってはよくお茶を貰っていたものだ。
ヨ「残念だけど、俺にはもう好きな人がいるんだ。人里のお茶屋の一人娘…。あの子の事が好きなんだ。その内告白しようとも思ってる。だから君とは付き合えない…」
衣「…」
彼女からの返事は無い。しかし、茶屋に娘が居るのは確かでその子と何度も会っているのは本当だが。彼女には既に婚約者がいる。その子と結婚などする気はないのだ。けれどもそう言わないと、この女性は引き下がってくれないだろう。
衣「そうですか…わかりました。夜分遅くに、すみません…」
彼女はそれだけ言うとザッザッザと、足音を残して去って行った。姿は見えなかったが、彼女の悲しそうな顔が目に浮かぶ。
少し悪いことをしてしまっただろうか。しかし、相手が相手だ。もしかしたら、自分を油断させておいて食い殺すのが目的かもしれない。そう考えると自分の今の行動はとても正しいように思えてきた。…次の日までは。
・・・・・・・・・・・。
次の日。一軒の店の前で多くの人だかりができているのが目に入った。
ヨ「どうしたんですか?」
男「なんでも、ここの娘さんが、雷に打たれたそうでね…燃えて、死んじまったそうだ…」
女「可愛そうに…、まだ16だっていうのに、それに。確か結婚もしてたんでしょ?本当に、同情するわ…」
ヨ「…」
昨晩自分が名前を出した子が死んだ。偶然かもしれないが、死に方が不自然すぎる。背の高い山や木は人里の周りにいくらでもあった。けどその雷が彼女を狙って落ちてきたように思えてしょうがない。今朝からそんなことを聞かされて、仕事をする気力も削がれてしまう。
ヨ(今日は…ジッとしていよう。山はまたあの女がいるかもしれない…)
家に帰って、外は明るいが窓や戸を全部閉め切って、今朝の出来事を無理矢理忘れさせるかのように居間で本を読み漁る。しかし、どれだけ文字に目を向けてもその意味が頭に入ってこない。それどころか、どんどん今朝の出来事が鮮明に思い出されていく。
冷や汗がジワリと出る。本を持っている手が小さく震える。寒くもないのにカチカチと歯がなって止まらない。
まるで蛇に睨まれた蛙。龍を目の前にした人間。どうしようも無い恐怖。
おそるおそる後ろを振り向く。廊下と居間の間を隔てる襖。閉めていた筈の襖を開けて、あの女性が妖艶に微笑みながら立っている。
桃色のフリルのついた長そでの上着、黒いスカート。自分が盗もうとしてしまった羽衣…。それらを身に着けた恐怖で動けない自分に、彼女はゆっくりと自分に歩み寄る。
衣「邪魔者はいなくなりました。さぁ、アナタが地上に縛られる事はありませんよ?一緒に行きましょう」
ヨ「あ…あぁ…うぁ」
何が言いたい訳でもない。只々、自然と声が出てしまっていた。
衣「さぁ…」
彼女が手を差し伸べる。細く美しい筈の彼女の手が、今はとても世界で一番恐ろしい物に見える。そこから見える彼女の顔も、とても綺麗な顔なのだが、この世のモノではないという感じがした。
ヨ「う、うわああぁぁぁー!!」
差し出された彼女の手を払いのけ、彼女を突き飛ばすように横を通って廊下を走る。
玄関までもう少し。靴を履こうともせず、扉に手を伸ばす…。
しかし、いつの間にか自分は床に倒れていた。焦げ臭さが鼻を強く刺激する。身体を動かそうとしても全く動かない。
ヨ「…?」
衣「ふふ…逃がしませんよ?アナタ…」
指先からパチパチと小さな電気を放つ彼女を最後に、意識は途絶えた。
竜宮の使いに魅入られた男性は、抵抗も虚しく空に連れて行かれる…。
自分も、衣玖さんにこんな感じでさらわれたいです。衣玖さん大好き。
文字数を1930字(衣玖さん)にした甲斐もあって、満足しています。
読者様につかの間の安らぎとフィーバーを
「kanisaku」




