蚊
ケン「…っ!」
バチン
ケン「逃がし…っ!」
バチン
ケン「…ぁぁぁあああ!!」
バチン!
部屋で思いっきり空を両手で叩くケンは、その苛立ちを叫びにする。室内に音もなく飛び回る蚊がいるのだ。
ヤマメ「にしても…本当に痒いわね…」
ポリポリと刺された手首を掻きながら部屋中を見渡すヤマメは、蚊を殺すのを諦めてペタンと座り込んでしまっている。しかし、蚊を発見してから1時間は経った今もケンは未だに諦めず、立って両手を構えつつ視界に蚊が映るのを待っている。
ケン「あの野郎…絶対にぶっ殺してやる!俺は肌が弱いんだ、痒くて掻いたら大変なことになるんだぞ!」
ヤマメ「玄関前に蚊取線香は置いた筈なのに…どうしたのかしら」
ケン「にしても蜘蛛の家に昆虫が踏み込むとはなんという自殺行為…ヤマメ!蜘蛛の糸を張って包囲網を作るんだ!」
ヤマメ「えぇ~。暑くてそれどころじゃないわ…団扇だって最近になって突然持つ部分が折れるし…。でも、今夜ケンが相手してくれるっていうなら…私頑張るけど…?」
ケン「おう頑張れ!全力を尽くすんだ!そうしたら俺も今夜頑張ってやる!」
ヤマメは両手から蜘蛛の糸をまんべんなく作り出し、壁や襖に張り付けていく。どんどん部屋が白くなり、最後は殆ど繭のようになってしまった。
ヤマメ「…出し過ぎちゃったわね」
ケン「そうだな…なんか、より暑くなったような気がする…」
ヤマメ「外に逃がさないように窓閉めちゃったし…その上から糸で塞いじゃったし…空気の入れ替えが出来てないのね」
ケン「ちょ、窓だけでも開けよう。暑苦しい」
糸に触れないように窓の縁を掴み、ガタガタとこじ開けようとするがヤマメに止められる。
ヤマメ「あまり乱暴にすると壊れるわ。それに今窓を開けたら、ケンを刺した蚊に逃げられちゃうかもしれないわよ?」
ケン「こんなに糸張ったんだ。きっと糸の下敷きになってとっくにお陀仏してるだろ」
そう言った瞬間。
プウウウゥゥン…
耳を掠める嫌な音。咄嗟に耳を塞ぎ、辺りを見回す。間違いない。奴は生きている。
ケン「チクショウ!アイツ生きてやがる!」
不快な音が耳に残り、それをかき消すように耳をボリボリと掻き毟るが効果は無い。蒸し暑さも合い極まってどんどん苛立ちの熱がグツグツと煮えたぎる。
ケン「フー!フー!」
息は荒く、目を血走らせて、視界の隅を現れては消え消えては現れる黒く小さい諸悪の根源を探し続ける。
一瞬だけ視界に現れる蚊を全力で掴もうとするが、すぐに逃げられてしまう。目の前を飛んでいるのを両手で叩き潰そうとしても、見失ってしまう。
ケン「ぐぅぅぅぅぉぉおおおあああああ!!!」
雄叫びが蒸し暑い室内に響き渡る。
狂ったように宙を叩くケンとは裏腹に、ヤマメは座り込んで服をパタパタと扇いでいる。
ヤマメ「本当に暑い…もう脱いじゃおうかな…」
汗が染み込んだ上着をバサッと脱いだ瞬間、ヤマメの太ももに黒いアイツが止まった。
ヤマメ「あ…えい」
プチ
瞬殺だった。ヤマメの一撃は簡単に蚊を捕え、その黒い身体を圧死させることに成功した。肌にへばり付くこともなく蚊はコロコロと床に落ち、ピクピクと小さく痙攣しながらその一生を終わらせた。
ヤマメ「ケン、蚊…倒したわよ?」
ケン「マジで!?どこ、どこよ」
キョロキョロと見渡すケンに、落ちている蚊を指差す。するとケンはその蚊の足を掴んで持ち上げ、宙に放り投げる。そしてそれを思いっきり両手でプレスし、トドメを刺した。
ヤマメ「うわぁ…手に跡残るわ、すぐに洗ってきなさい?」
ケン「あぁ…そうだな」
居間を出ていくケンは、一言だけ「ありがとう」と言って洗面所に向かった。
ヤマメ「ケンったら、やっぱり私には優しいわ…うふふ。にしても…この糸、どうしようかしら…」
部屋中を覆い尽くす白い糸を見て、深いため息をつくヤマメは、さっぱりしたケンとは感情が逆になってしまった。
その晩。
ヤマメ「さぁ…私を愛して…?」
ケン「スー…スー…」
ヤマメ「ちょ、ちょっと?!ねえ今晩私の相手してくれるって約束だったでしょ?起きてよぉ、ねぇケンってば!」
横で熟睡しているケンをユサユサと揺らしてみるが、全く起きる気配は無い。
ヤマメの苦悩は続く…。
夏場の蚊って、嫌ですよね。家の庭で3匹同時に見かけた時はビックリしました。
血を吸う蚊はメスだけだとうのは有名な話ですが、ワザワザ他人の血で栄養を取らなくてもいいじゃないですか。もっとこう…ハチとか蝶みたいに花の蜜を吸ったりでも…。
読者様につかの間の安らぎを
「kanisaku」




