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ヤマメとの生活  作者: kanisaku
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乗り越えた先へ

斜面の洞窟内には既に薄らと病気の霧が漂っている。ヤマメの周りに発せられていたものに比べれば濃くは無くて目を凝らさないと見えない程薄いが、ケンやヤマメ以外の妖怪や人間が吸えば、数日は高熱で寝込んでしまうような強力な病気の霧だ。

様々な病が混ざり合ってとても危険な霧。これ以上に危ない物はそうそう無いだろう。広い地底を覆ってしまえる程の量。いくらヤマメでも無事かどうかは保証できない。


ケ(ヤマメ…。待っててくれ。死ぬんじゃないぞ…)


口元に当てているズボンの切れ端だってこんな状況ではあまり意味は無い。だが気休め程度にはなってくれる。

転ばないように慎重に、でも急ぎ足でヤマメの救出を急ぐ。


・・・・・・・・・・・。



洞窟を通り抜けるとついに旧地獄街道に続く橋にたどり着いた。未だに地底には明かりが残っているが、霧のせいで辺りの視界は悪くなり、全ての明かりはボンヤリとした不鮮明なものばかりだ。

ヤマメと最後に別れてしまった場所を目指して急ぐ。たしか旧地獄街道の奥の方の大通りだ。ズカズカと蹴るように早歩きで進むケンは、突然の苦しさで何度も咳き込んだ。

ヤマメの病気が効かなかったのは、ヤマメがちゃんとコントロールできていたからなのだろう。只々周りの人妖を脅かし続けるだけの病気の霧はケンにも容赦はせず、ジワジワとケンの体を蝕んでいく。


ケ(ヤバい…。俺、ヤマメの病気効くじゃん…。でもヤマメは効いてないって…、どういうことだよ)


ゲホゲホと咳き込むと余計に霧を吸い込んでしまう。急いで口元をズボンの切れ端で塞ぎ、無理矢理咳を止めにかかり、ヤマメと別れた場所に進む。


ケ(ヤマメ。大丈夫かな、俺、最後までヤマメと居れてあげれなかった。俺が居ない時のヤマメがどうなるか、俺が一番わかってる筈なのに、どうして傍で見守ってあげれなかったんだ。

悔しさと、自分を引っ張っていた妖怪達を殴ってやりたいという気持ちがフツフツと湧き上がる。しかし、妖怪達も自分の身を案じて引っ張ってくれたのだろう。彼らなりの優しさだったんだ。そう思うと、怒りは少し収まった。


そんなことを考えているうちに、ヤマメが倒れていた場所に着いた。しかし、肝心のヤマメの姿が無い。慌てて辺りを見回すが、人の姿などどこにもなかった。その現状に焦り、冷や汗がドッと出た。目を見開いて何度も確認する。目の前にはヤマメと一緒に入ろうとした八百屋がある。店の名前も間違っていない。反対側には本やがあり、それも覚えているので間違いない。ヤマメだけ居ないのだ。


ケ「っ!?げほっ!げほっ!がぁぁ…!」


肺が苦しくなる。服の上から心臓を鷲掴みにしするが効果などあるわけがなく、どんどん痛みは増してくる。その痛みを荒い息で耐えていると、ゆっくりではあるが元に戻って安堵の息をついた。


ケ(ヤマメが行きそうな場所…。俺が居そうな場所…。家か!)


地底に入った時の威勢はどこに行ったのか、フラフラとした足取りで来た道を戻る。借家はここから10分程歩いた場所にある。それまでにヤマメを見つけないと、自分まで野垂れ死んでしまう。



・・・・・・・・・・・・・・。



道中何度も倒れそうになった。ちゃんと歩いているつもりなのに、突然ガクッと足の力が抜ける。片手をついて持ちこたえるが、もう限界だった。しかし、目的地の借家はもう目の前だ。最後の力を振り絞って、小さく震える脚に鞭打って無理矢理前に進む。


二階に上る階段の手すりに寄りかかるように一歩一歩を必死にあがる。病気の霧のせいなのか、喉が痛んで口から小さく血を吐き出す。そろそろ本格的に危なくなってきた。脚だけじゃなくて体中に鞭を打ち、ヤマメがいるかもしれない自宅を目指す。

やっとの思いで階段をのぼりきると、前のめりになりながら扉にタックルするような形で家の前にたどり着く。

動き一つ一つに力を入れなければ体が動いてくれない。歯を食いしばって扉を開ける。

玄関からは居間が見えるようになっていてるが、居間にはヤマメの姿が無い。だが諦めずに家の中に入る。地底に充満しつつある霧は容赦なくケンの体力と気力、意識を奪っていく。それでもケンは愛するヤマメを助けに前進する。


ケ「ヤ、マメぇ…。はぁ、はぁ…。どこに…」


居間に入った瞬間…。横にある寝室の布団の上にヤマメは横たわっていた。その姿を見つけて、すぐさま駆け寄った。ついに見つけたヤマメは、疲れ切った表情で眠っている。きっと自分と同じく、なんとかここまで来たのだろう。


ケ「ヤマメ…!ヤマメ!しっかりし、げほっ!げほっ!」


ヤマメの近くは霧がより一層濃くなっている。それを吸い込んでしまい何度も咳き込むが、その声でヤマメが静かに目を覚ました。


ヤ「…ケ、ン?」

ケ「ヤマメ…、そうだ、俺だ!ヤマメ、しっかりしてくれ!ヤマメ!」


ポケットから指輪の箱を取り出す。それを開けて、薄目でボーっとしているヤマメに見せる。


ケ「ヤマメ!指輪…持ってきたぞ!交換するんだろっ!?俺の指輪くれよ!ヤマメ!結婚するんだろ!?」

ヤ「ケン…。そう、よね…私達…結婚…するのよ…ね…」

ケ「そうだ!だから、俺の指輪をくれ!」


ヤマメは懐からケンと同じ黒い宝石の箱を取り出す。それを開けると、ケンがつける予定のラピスラズリの指輪が姿を現す。奪い取るようにそれを指にはめて、ヤマメにはスフェーンの指輪を付けてあげる。

そして、ヤマメの手を両手でギュッと握って、目を強く瞑って祈る。


ケ(ヤマメ、お願いだ、死なないでくれ…)


ヤマメは力無くグッタリとしたままだ。そんな状況が続き、ヤマメの死を恐れたケンはポツリとつぶやいた。


ケ「死ぬなら、俺も死ぬ…、ヤマメだけ死ぬなんて嫌だ…」

ヤ「…ケンが死ぬのは…嫌…!」


ヤマメが涙の溜まった目を見開く。すると二人のいる寝室だけ、突然と霧が消滅した。

しかし、ケンは気付いていない。


ヤ「ケン…死ぬなんて言わないで…、ケンが死んだら、私が悲しいわ。それに今言ってくれたじゃない…。結婚するって、ケンを残して死ぬなんてしないわ…絶対に…」

ケ「ヤマメ…!」


元気を取り戻しつつあるヤマメを強く抱きしめると、ヤマメも涙を流しながらケンの後ろに両手を回す。

ヤマメの能力が戻りつつあるのだ。

コントロールされた病気の霧は一か所に集まり、やがて消滅した。地底を脅かしていた霧は、ケンのヤマメに対する愛によって解決したのだ。


ヤ「ケン、ありがとう。ケンが来なかったら、私も霧のせいで死んでたわ…本当にありがとう。大好き…」

ケ「俺もだ、ヤマメがあの時指輪を交換しようなんて言わなかったら、俺はここまでこれなかった…」


二人は再開と愛情を喜び合い、キスをする…。




・・・・・・・・・・・・・・・。




霧の事件から一週間。二人は新婚生活7日目に入っていた。


ヤ「ケン、今日は新婚祝いをしたいんだけど…」

ケ「また~?昨日もしたじゃないか。昨日も、一昨日も、おととといも」

ヤ「おととといなんて言葉無いわよ…。いいじゃない。ケンが私を救ってくれたお礼に…何か美味しいものでも作らせて?」

ケ「そうだな…やっぱりハンバーグとかかな」

ヤ「ふふ、子どもっぽいわね」

ケ「なんだよ~。いいじゃん、美味しいんだから。ヤマメが作ってくれるハンバーグが食いたいっ!」

ヤ「分かってるわよ。愛しいケンの為なら何でも作ってあげるわ。どんな手を使ってでも、どんな食材を使ってでも…」

ケ「どんな食材でもって…俺は雑食じゃないから食材は選んでくれよ」

ヤ「冗談よ冗談…。ふふふ…」

ケ「冗談に聞こえない…」

ヤ「使うとしても、せいぜい人肉が限界だから」

ケ「人を材料にするなよ」

ヤ「ケンの為なら…尊い犠牲よ」

ケ「誰かが死んでまで食べる料理なんていらないぜ」

ヤ「ケンは優しいのね」

ケ「いや当たり前だろ」

ヤ「冷徹なケンも、優しいケンも…全部大好きよ。それにこの指輪を見てるとね、あの時の事思い出すの…。ケンが一番必死に私を助けようとしてたあの時の姿が…。もう、たまらなく好き」

ケ「ふーん…。まぁ大変だったよね。俺だってあれから2日は寝込んだし」

ヤ「そうねぇ…。でも二人とも無事で良かったわ…」


居間で座って話をするヤマメは、ケンをそっと抱きしめる。



ヤ「これからも、ケンは私の愛を受け止めてくれるわよね…?」

ケ「もちろん」

ヤ「愛してるわ。ケン…」


二人の生活はこれからも続いていくみたいですが、これ以上彼らの生活をのぞき見するのは無粋なようです。今後は本当に二人だけの生活をさせてあげましょう。

愛しく思い合う二人は、きっと今まで以上に幸福な日々を送るでしょう…。



100話まで書き上げました。長かったです。3か月弱ですね。最初は軽い気持ちで書いていたのですが、閲覧数が伸びる度に頑張ろうという気持ちに駆られ、ここまで続けることができました。見てくださった読者様の方々、お気に入りにしてくれた読者様の方々…本当に、ありがとうございました!

また何か機会があれば、ご会いしましょうっ!



読者様の方々に愛と安らぎを

            「kanisaku」

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