第71話:完璧な試写会と、不穏な影
「ふぅ……やはり極上の魔導映像鑑賞は、ドライ・ルビーの除湿効果が効いたカラッとした空気と、ルードが調整した極上の音響に限りますね」
私はふかふかのソファに深々と身を沈め、安堵の息を吐き出しながら、アリスが淹れてくれたアイスロイヤルミルクティーを口に含みます。
厳選された極上の茶葉が持つ爽やかな渋みと、絶妙なミルクのコクが、乾いた喉を優しく潤していきます。
ここは、私の快適な生活を支える絶対不可侵の要塞――のリビングルームを特別に改装したプライベートシアターです。
窓の外の過酷な外界とは完全に隔絶され、室温は常に21.5度、湿度は45%に厳密に管理されています。この数値こそが、私にとっての精神安定剤であり、最高の贅沢なのです。
足元では、天界龍のルルがふかふかのラグマットの上で丸くなり、喉をゴロゴロと鳴らしながら微睡んでいます。
そして、その周囲では――ルードやガルム、そしてジメルといった面々が、手際よく投影魔導具の結界水晶を丁寧に磨き上げたり、配線の微調整を行ったりしていました。
かつての凶悪な覇気や殺気は微塵もありません。彼らは今や、私の快適なインドアライフを鉄壁の守りで支える、極めて優秀で真面目な裏方スタッフです。
「アレク様、次の名作シネマの準備が整いましたよ」
私がそんな平和な光景に目を細めていると、専属掃除係であるアリスが穏やかな笑顔を浮かべて手元の起動魔導具へと歩み寄ってきました。
彼女はこの要塞の管理を一手に引き受けてくれている心強いパートナーであり、私が何を快適と感じるかを常に察し、先回りして完璧な環境を整えてくれます。
「そうですか。では、そろそろ続きをお願いできますか。ちょうど波の音だけが静かに響く、お気に入りの場面だったのです」
「はい。それでは投影を開始しますね」
アリスがふわりと微笑み、起動魔導具のスイッチに指をかけようとした――その時でした。
『ガラガラガッシャーン!!!』
世界が引き裂かれるような、耳をつんざく爆音が要塞の深部にまで響き渡りました。
それは我が要塞の幾重にも張り巡らされた防音・防壁の結界を力ずくで踏みにじり、さらにあり得ないほどの高出力を誇る「聖なる光の激流」を伴って、玄関扉を木端微塵に吹き飛ばす凶行だったのです。
「っ……なんという耳障りな騒音と、目に突き刺さるような光ですか……!」
あまりの不快感に、私はこめかみを押さえ、ソファの背もたれに深く頭を預けて小さく息をつきました。
せっかくドライ・ルビーで完璧に調律していた空気感が、外から流れ込んできた下品な魔力波のせいで完全に台無しです。頭の芯がずきずきと痛み始め、私のマイペースな平穏が音を立てて削られていきました。
「アレク様……!」
アリスが瞬時に表情を引き締め、侵入者に対する警戒を強めます。
ですが、私は面倒くさそうに片手をひらひらと振って、彼女の緊張を軽く制しました。
「アリスさん、わざわざ構えなくていいですよ。それよりも、あの目に優しくない眩しいものをどうにかしていただけますか。本当に頭痛がしてきます」
「承知いたしました。すぐに綺麗にしますね」
アリスは私の意図を即座に汲み取り、ふわりと一歩前に出ました。
静まり返った部屋の中で、吹き飛ばされた玄関の向こう側から、足音が近づいてきます。
無駄に派手で、そして目に優しくない黄金の光をまとった影が、立ち込める爆煙の向こうに姿を現そうとしていました。




