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第七回


 彼はアスファルトを踏みしめてあるお寺に向かっていた。ある商店を認めると、やっぱりそのお寺への方向性は間違ってない事に気づいて安心した。

 住宅街を抜け、こんな所に、という所、お寺の大きな門構えがある。入ると、柳の木が春風に吹かれていた。

 門を抜けても更に門があるという、二段構えになっており、その境内の大きさを感じさせた。実際、この寺の全体像は、一つの山を擁していた。


 日蓮上人修行の地であった。


 ここまで歩いてくるに、祐介、彼の頭には一つの思想というか、想念が浮かんでいた。

 それは生きる目的と、手段は明確に違う、という事であった。

 彼は歩いた。石段をどんどん上りつめていった。息が切れた。右脚の膝が痛んだ。

 ある休憩地に辿りつけば、更に目指すべき休憩地がある事は知っていた。そうして、最終的にそこは、今、公園になっている事も何度も来ているので知っていた。

 彼は小説を書いていたが、それをよすがとしつつ、生きる手段である事は自明の事であった。


 現在の世界情勢を機に、彼は今一度、人間の生きる目的とは何か考えてみたかった。

 彼は座り、ぼうっと、上から町並みを眺めていた。

 生きる目的とは、明確に、死、から距離を置く事ではないかとまず考えた。この考えは閃きのようなものがもたらしたものでなく、単純に行き当たった考えだった。

 生きる目的が、死、から距離を置く事であれば、人は幸福なのではないか。

 戦争で身を落とさずとも、日本では年間で相当の自殺者数がいる。加えて「なぜ、人を殺してはいけないのか」問われて、その答えに窮する人が多い事を加味すると、生きる目的を明言化する事は、彼にとって、緊急の課題でもあったのであった。そうして、日蓮上人修行の地をハイクしつつ思考しつつ、それは特定の宗教、宗派への信仰、に収まらない形で、論理化したかったのである。

 そもそも、生きる目的が、死と距離をとる事であるならば、誰も人に死を与えてはならぬ。

 彼は口をゆすぎ、吐いた。

 先の意見は一見、地味だ。そもそも、当たり前の事を、明文化しているようにしか思えない危惧を彼は感じていた。しかし、だからこそ、肌感覚で、的を得ているといえるのではないだろうか、と彼は考えなおした。

 結構な石段を歩いてきた。

 すっかり陽が傾いている。

 彼の妻、香奈は、もう夕飯を作ってしまった事だろう。今日は焼きそばだと言っていた。

 今度は石段をどんどん、どんどん、下りていった。

 下りきって、門を二つくぐって、商店の所まで歩いてゆくと、自動販売機で、冷たい缶コーヒーを一本買って飲んだ。

 山では全く見られなかったので、それが今考えると不思議だったが、桜の木があって、少し花をつけていた。彼はスマホでその桜の花の写真をとると、又早々に地を踏んで、自宅に帰っていった。


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