第三十回
「まあ、山頭火の影響が大きかったんでしょうね。山頭火は禅のお寺に入ったとき、言われているんですよね。どこまでも歩けるか?って。でもある時、歩く事は疲れた、って随筆に書いてあるんですけれど」
祐介の語りに水木さんが応じる。
「その、祐介さんも歩く事が嫌になってしまったりしません?」
「どうでしょうか・・・。しかし、脳に良いという事は、主治医のお墨付きなので。歩いていないと、損しているかなって思っちゃう」
その様な調子で、祐介の家族会での語りは進行していった。
二十人くらいが集まっていた。皆、真剣に祐介の話に耳を傾けている。
その席でいう一番後ろ、そこに後の葉山香奈、つまり祐介の妻になる、香奈が座っていた。
祐介は話が悲惨にならないように、ユーモアも交えて話していた。彼が気になったのは、
彼女が、そのユーモアの部分を聞くと、すぐさま、嫌そうな顔をするからだった。もっと真剣に話せ、と言いたいのだろうか。つまらないのだろうか。
「ええっと、じゃあ今から葉山さんに対しての質疑応答の時間にします」
手が、二、三、挙がった。
「わたしの息子は、服薬が継続できないんですよ。薬を飲みたくないと思ったりしますか」
「そうですね。この薬を一生飲むのかって思うと、何か、気が遠くなりそうで嫌になりますね。しかし、そもそも、僕は色んな薬を試しているのですが、飲みやすい、飲みにくい、
ありますよ。飲みにくい薬を出されている可能性というのもありますね」
家族会での語りが終わった。皆、わいわいと情報交換している中で、水木さんから香奈を紹介された。
「どうも初めまして。葉山さん」
「香奈さんです」
「はじめまして。香奈さん」
そこにあるNPOの女性が分け入ってきた。
「お疲れ様でした葉山さん」
「あ、お疲れさまです」
「葉山さんね、今日は貴重なお話、ありがとうございました。そうしてね、ちょっとお願いがあるんですけれど、この原稿ね」
祐介は自作の原稿を頼りに語っていた。
「これ、まあ凄い、これを今、コピーさせてくれないかなぁ、と思うんですが」
水木さんはうーん、と考え込んでしまった。
祐介は、本当は断りたかったが、どう言えば正解なのかわからなかった。すると、香奈が
「駄目ですよ、駄目。この子が一生懸命書いたものなんですから」
と突っぱねた。祐介はそれにつられて
「ちょっとこの原稿はお目汚しですので」
と断った。
NPOの女性は
「そうですか、申し訳ありません。では、またお話聞かせて下さい」
と言って、祐介に名刺を渡した。
水木さんはニコニコしていた。この家族会の集まりは成功だったと言える、と思えたのだろうか。祐介には分からなかった。




