着替え女子会
案の定、やってきたのは城仕えの侍女で、適当なドレスとそれに見合う宝飾品を収納した衣装人形を持参していた。
衣装人形は、ここ数年で開発されたばかりの魔道具で、王城と仕立屋以外ではほとんど使われていない。というのも、それ以外では必要ないのだ。
外見は木製マネキン、キーとなる呪文を唱えると収納・取り出しができる代物だ。マネキンの胸部が小さなクローゼットとなっており、ここに魔法で縮んだドレスと宝飾品が収納される仕組みである。
クローゼット部分は衣装箱という魔道具をそのまま組み込んだものだ。衣装箱自体は上層の士族邸であれば必ず一つや二つある。衣装人形は、取り出した時に見せるためのものであり、持ち運びがしづらい。そのため単なる持ち運びを目的とするならば、衣装箱の方が都合よいのだ。
衣装人形は衣装人形で、マネキンそのものも縮めてしまう改良版を開発中らしいが、噂を聞く限りまだ先の話だろう。商品を見せる仕立屋と、宴席等のために衣装部屋と予備の衣装を用意している王城以外では、見かけることはないのが現状だ。
そんなわけで、ミスリア嬢は初めて見るそれにきょとんとし、それから侍女がキーを唱えマネキンがドレスを纏うと、驚きと共に瞳を輝かせた。
「わぁ……!」
「ふふ、衣装人形は初めてでしょうか?」
「はい!私、魔力扱うの本当にだめで、だからこういう魔道具を人が使ってるの見るの好きなんです。お恥ずかしい話、魔道具もまともに扱えなくて……。」
城仕えの侍女は軽く驚いたようだったが、私は納得した。
魔道具はゲームでは全く出てこなかったが、使えない理由は察しがついた。彼女は、幼い頃の記憶を兄とその従者によって、無理矢理魔法で封じられているのだ。
魔法とは、この世界では、目に見えぬ理に干渉して一時的にねじ曲げる行為だ。例えば人は鳥にはなれないという理に干渉して、翼を生やしたり。大樹の成長には何十年もかかるはずという理に干渉して、数時間で成長させたり。
ただし理はしなやかで、力を加えられている間はなびいてしまうも、加えられた力がなくなれば途端本来あるべき姿に戻る。高名な魔術師いわく、力を加えている間もねじ曲げているつもりが実はうまい具合に受け流されており、人が理に干渉できる程度など柳に風と変わらないらしい。
つまり、魔法によって起こした変化をそのまま保つのは、難しいのだ。
当然記憶を封じるとなれば、封じた瞬間だけ魔力を流せばよいのではなく、そのままの状態を保つべく、魔力を流し続けねばならない。忘れるはずもない大事な思い出、それを完全になかったこととして消されている状態なのだ。ではそのための魔力はどこからきているのか?――彼女自身だ。
ゲームでは、その封印を破れるかどうかが、ルート分岐のポイントとなる。……まあゲームの内容については後で帰ってから考察するとして。
とりあえず、そんなわけで彼女は魔法を使えない。使おうにも、自身の魔力は勝手に自らの記憶を封じるべく働きかけており、他にうまくまわせないのだ。魔力をうまく流せねば、誰でも手軽に使える魔道具だろうとどんなに簡単な魔法だろうと使えないのが、ねじ曲げられないこの世の理である。――なんという矛盾か。
私がそんな思考に耽っている間に、目の前では順繰りに趣の違うドレスが取り出されていた。全5着、一通り見せて、城の侍女が尋ねた。
「どれをお召しになりますか?」
「あ、えっと……あの、私このままでも……。」
「ミスリア様、王城の宴で用意されているこうした予備の衣装は、伝統的な王妃様の気遣いとも言われています。謙虚は美徳ですが、。あまり無下になさるものではありませんよ。」
「あ……そうなのですか。」
「はい、二代王の正妃ミリア様が、当時のリュウ領ご令嬢を気遣ったのが始まりです。」
微笑みながら話す侍女はさすが王城仕えだ。その気遣いを受け、招かれた士族は自らの衣装を用意するようになったことや、今やお色直しの様相をていしている現実には欠片も触れない。
もちろん私も、余計なことを言うつもりはなかった。
「あの、リーヤさんは、どれがいいと思いますか?」
「そうですね……ミスリア様でしたら、二番目の青いドレスか、最後のオレンジ色のドレスがお似合いになるかと思います。」
一番目の緋色のドレスは、彼女には派手すぎたし、逆に四番目のモスグリーンのドレスは地味すぎた。三番目のピンクと白のドレスは似合わなくはないだろうが、幼い印象になってしまう。
――と、私が思うままに答えても、なお彼女は迷っており、さらに意見を求めた。
「うーん、参考までに……あ、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「王仕のジルダと申します。お好きなようにお呼びくださいませ。」
「じゃあジルダさん、は、どれがいいと思いますか?」
「リーヤ殿と同じ意見ですが、今現在お召しになっているドレスを考えますと、こちらの青いドレスの方が印象が大きく変わるかと思います。」
「なるほど。でも誰に見せるわけでもないし、こちらはその……肩とか出ているのが……。」
「気になるようでしたら、ショールもございますよ。“黒のリリア“に命ずる、纏え“満開の青に咲く銀のバラ”。」
唱え終わると同時に、最後に出されたオレンジのドレスが引っ込み、あっという間に人形は青いドレスをまとった。最初に見た時とちがい、胸元のバラ飾りからリボンと揃いの色のショールがふんわり広がっている。確かにこうして見ると、今着ているドレスが先ほどまで出ていたオレンジと同じ淡色系なのに対し、こちらは青を基調に紺で引き締め、バラや淵飾りなどポイントで銀色を使っており、受ける印象は全く違った。
と同時になんとなく、先ほどまで出ていたオレンジの方が、本人の好みに合う気がする。……そういえばゲームでも、主人公は淡色系のドレス姿が多かった。
案の定、ミスリア嬢はまだ迷っているようで、青いドレスを見つめてうなった。
「うーん……好きなのはピンクかオレンジのかな、と思ったのですが。でも自分じゃ選ばないものを着てみるのもありですよね。」
「もしお待ちいただけるのでしたら、ご要望にあわせて他のものをお持ちするのも可能ですよ。」
「いえ、ただでさえ迷ってるのにこれ以上持ってこられても……。それに早く決め帰らないと、リーヤさんにもご迷惑でしょうし。」
「むしろうちのお嬢様が元々の原因ですし、迷惑だなんて、とんでもありません。それに呼ばれない限りは待機しているのが役目ですし、ミスリア様が気になさることはありませんよ。」
さすが主人公、うちのお嬢様とちがってなんといい子ちゃんな発想なんだろう。
ただ一連のやりとりから、キネア領令嬢として、いくらなんでも謙虚が過ぎる気がした。……そしてそのせいで、余計うちのお嬢様とは反りが合わないだろうと感じた。なにせゲームでも丁寧口調が印象的な天然ちゃんなのだ。実物を前にするとなおさらだ。であれば、好意的に捉えて辛うじてつんでれなうちのお嬢様と、反りがあうはずもなかった。
そのあと結局、青いドレスとオレンジのドレス、そしてピンクのドレスを取り出し代わる代わるあててみて、青いドレスが選ばれた。ジルダ殿は髪結いに使う小道具も持ってきてくれていたので、せっかくだからドレスに似合うように結った。
――結論、たとえワインをこぼされたりしていなくとも、絶対今の方が人目を惹くにちがいない。
いや、前のドレスが悪いわけではないのだ。そこはさすがあのキネア公の妹君が召すドレス、上質だしセンスもいい。ただ淡色系の元々着ていたドレスよりも今の青いドレスの方がはっきりした印象を与えるし、短時間とはいえ私もジルダ殿も腕によりをかけて仕上げた結果がこれだ。
ミスリア嬢もまんざらではないらしく、完成した姿を鏡で見て、体を回転させて、それから嬉しそうな顔を見せてくれた。謙虚が過ぎるせいで機会は少ないようだが、着飾ること自体は嫌いではないらしい。面倒がる素振りなく、楽しそうな様子を見せていた。
「――お召しになっていたドレスは修繕後、後日お届けいたします。」
「すみません、何から何まで……。」
「何度も申し上げておりますようにお詫びですから……。」
苦笑が漏れてしまう。前世の影響もあるが、この短時間で私はミスリア嬢を大分好きになっていた。多分それは、ジルダ殿も同じだろう。守ってあげたくなる可愛らしい、女の子だった。
「私はこちらを片付けますので、失礼させていただきます。」
「ジルダさんも素敵なドレスありがとうございました。」
「それこそ私どものお勤めですから。では。」
一礼して、衣装人形を抱える。先回りさて扉をあけ、目線だけで見送った。
「では私どもも参りましょうか。馬車までお送りいたします。」
部屋に備えつきの鍵を持って、先導するように部屋を出る。
馬車までの道中、ミスリア嬢はアリア様を筆頭としたお嬢様軍団に会うのではないかと、多少緊張した面持ちだった。が、特にそのようなこともなく、無事馬車まで送り届けることができたのだった。
三連休中にまったくどの作品も更新できなかったお詫びに、もうしばらく寝かせとこう思ってたストック放出しました。
一応予告通り、繋がれた誓いシリーズ書き進めています。今週末にそっちも更新できるかな?という感じです。